それは、木こりにとっては寝耳に水だった。
「こんにちは……ん?」
いつものように馬車を走らせてきた木こりは、村の集会所で村人達が集まって何かを話し合っているのを目にする。
(どうしたのかしら? いつもなら村の入口で今か今かと待ち構えているのに)
「もしかして、村で何かあったのかしら?」
僅かに眉を顰めた木こりは、いつもの場所に馬車を止めて御者台から降りた。
そして、村人と真剣に何かを話している村長に声をかける。
「こんにちは」
「あっ、あぁ……前か。もう来ていたんだな」
(あれっ? いつもの嫌味が飛んでこない。珍しいわね)
村長の反応を見て、木こり不思議そうに首を傾げる。
すると、村人達とアイコンタクトを交わした村長が、いつになく真剣な表情で木こりに向き合う。
「いいか。
(あぁ、私。一応、この村の住人だったんだ)
そんな明後日なことを考えていた木こりに、一瞬口を噤んだ村長が酷く思いつめた顔で口を開く。
「来週から、この村の近くにある騎士団の駐屯地に王都の『近衛騎士団』って呼ばれる騎士団が訓練に来られるんだ」
「近衛騎士団が、ですか?」
(王族や王宮を守護することが主な任務の近衛騎士団が、どうしてこんな田舎の駐屯地に訓練に来るの?)
「あぁ、今朝、俺の家に王都から伝令が来てな。何でも、近衛騎士団長様が唐突に決めたことらしい」
「なるほど」
難しい顔をする村長と、こちらを不安そうな顔で見ながら荷物を運んでいる村達を一瞥した木こりは、考え込む素振りをして口を閉じる。
(今代の近衛騎士団長様は、随分と型破りな考えを持たれている方なのかしら? そうじゃないと、わざわざこちらに来るわけ……って、今の私には関係ないわね)
小さく溜息をついた木こりの耳に、酷く悔しそうな表情の村長の愚痴が聞こえた。
「ったく、ここ数年は騎士団なんてものが来なかったのにどうして今になって来るんだ?」
近衛騎士団が来ることを快く思っていない村長に、視線を上げた木こりは再び首を傾げる。
(確かに、王都に常駐している近衛騎士団が、辺境近くの村近く来ること自体珍しいことなのかもしれないけど、こちらから関わらなければ嫌悪する必要は……あっ)
「もしかして、騎士団がこちらに来られるのですか?」
木こりが口にした瞬間、村の雰囲気が一気に冷めた。
(なるほど。だから、来ることを心底嫌がったのね。でも……)
村の様子を見て納得した木こりだったが、頭の中にある疑問が浮かんだ。
「ですが、挨拶だけならそこまで嫌そうな顔をされなくてもいいのでは?」
(いくら余所者に冷たくても、挨拶だけなら邪険しなくてもいいはず)
すると、冷たい目をした村長が呆れたような溜息をついた。
「そう言えばお前、
「えっ?」
(『知らない』とは一体……)
「あのな、騎士団がこの村近くの駐屯地に来るってことは、俺たち平民は訪れた騎士様達に対して
「はい?」
(毎日の生活でやっとな平民しかいないこの村が、騎士団に対して無償で食糧や魔石を提供する? それも滞在期間中は毎日? 一体、何の冗談なの? だって、騎士団には……)
ここから少し遠くに見える大きな建物を一瞥した木こりは、小さく咳払いをすると無表情のまま村長に問い質す。
「コホン。お言葉ですが、駐屯地の方でも騎士団の来訪に合わせて既に大量に備蓄されているのではないのですか?」
(そうよ。わざわざ平民に無料提供を強いらなくても、駐屯地には巨大な備蓄用倉庫はあると思うから、騎士団だけで賄えるはず)
すると、村長から乾いた笑いが漏れた。
「ハハッ、そんなことだったら良かったんだけどな」
村人達を見回した村長は、静かに拳を握ると眉間に皺を寄せた。
「あいつら、
「えっ?」
(そんなの騎士としてありえないはず……あっ、でも)
「それは、訓練の一環でわざと1日分しか用意していないとかでしょうか?」
(他国では確か、より過酷な状況でも問題無く対応出来るよう、訓練の一環として騎士達に1日分の物資しか持たせていないと聞いたことがある)
「いいや。奴らは俺たち平民を甚振るために、わざと1日分の物資しか用意せず、残りの日を駐屯地近くにあるこの村から物資提供をしてもらうのさ」
「っ!? そんな……」
(この国の騎士はそこまで落ちぶれてしまったというの?)
唖然とする木こりに、村長といつの間にか村人達は、怒りに満ちた顔で静かに頷く。
「本当だ。奴らは『この国を守っている俺たちに奉仕するのは当然の行いだろ?』と偉そうな態度で物資提供を強要してくるんだ」
『だから俺たちは、騎士達が駐屯地に来ることは嫌なんだ』
顔を歪ませた村長の呟きに、木こりはゆっくりと顔を俯かせるそっと拳を握った。