「では早速、始めようじゃないか」
ルベルの言葉に小さく頷いたフェビルが、後ろに控えるシトリンに目を向ける。
「シトリン、頼んだぞ」
「ハッ!」
普段の温和な笑みを潜めたシトリンは、真剣な表情で敬礼をするとその場で静かに目を閉じた。
「では、ルベル団長。私の手を取ってくれませんか?」
「あっ、あぁ……分かった」
シトリンに言われるがまま、ルベルは彼から差し出された手を取る。
「ありがとうございます。それでは、目を閉じてこの場にいる人達に見せたい場面を想像してください」
「それはつまり、カトレアが平民に対して魔法を撃った時のことを思い浮かべれば良いんだな?」
「そうです。お願いします」
(これでカトレアの言い分が本当だと証明出来るなら、あの時のことをいくらでも思い出してやる!)
目を閉じたルベルは、魔物討伐の時にカトレアがカミルに魔法を放った時のことを思い出す。
すると、ルベルの頭の中に蘇った光景がシトリンの頭の中に流れ、僅かに眉を顰めたシトリンの周りに黒色の魔力が渦を巻き始めた。
「団長。これが、闇魔法の魔力なのですか?」
「あぁ、そうだ。闇魔法を出すとき、必ずあの黒い魔力が出てくる」
「なるほど」
闇魔法と認定されている非属性魔法は、魔法を展開する時に必ず黒色の魔力が出てくる。
そのため、新しい非属性魔法を見つけた場合、魔力の色が黒か白かによって害が無い非属性魔法か闇魔法かの指標にもなっている。
そして、シトリンの実家であるジャグロット家は、代々あらゆる時を操れる時魔法が使える魔法師を排出してきているが、その危険性から闇魔法と認定された。
シトリンが放つ黒色の魔力に、フェビルとメストが目を奪われているのを一瞥したジルは、後ろに控えているザールに小声で話しかける。
「分かっていると思うけど、透明な魔力は放たないでね」
「分かっております」
(ん? 何だか後ろから聞えた気が……)
聞こえてきた声に不思議に思ったメストが後ろを振り向こうとしたその時、闇の魔力を纏ったシトリンがゆっくりと目を開いた。
「では、行きます。《パストビジョン》」
シトリンが小さく詠唱した瞬間、纏っていた闇の魔力が一気に森に広がり、木漏れ日が差し込んでいた昼の森が一気に闇深い夜の森へと変貌した。
「「っ!?」」
「ほう、これが時魔法ねぇ」
「…………」
突然変わった光景に各々が反応していると、小さく息を吐いたシトリンが目を閉じていつルベルに目を向ける。
「ルベル団長。ゆっくりと目を開いてください」
「あぁ……っ!? これは!!」
突如として現れた夜の光景に、シトリンから手を離したルベルは言葉を失う。
そんな彼を見たシトリンは、辺りをゆっくり見渡すと近くいるフェビル達に状況を説明し始めた。
「これは、ルベル団長が魔物討伐の際に見た光景を再現して時を止めた状態です。ルベル団長、この光景で間違いないですか?」
「あぁ、間違いない。俺はこの森で、カトレアが平民に向かって魔法を放っているところを見たんだ」
正気に戻ったルベルは、何かを探すように周囲を見回すと、お目当てのものを見つけたかのように視線を定める。
その視線の先には、鬱蒼と茂っている夜の森に入ろうとするカミルに向かって、火属性魔法を放とうとするカトレアの姿があった。
「本当に、カトレア嬢が……」
(あの2人は仲良しだったはずなのに)
目の当たりした光景にフェビルが唖然としていると、あの時のことを思い出したメストが険しい顔で頷いた。
「えぇ、私もルベル団長と同じタイミングで気づきましたが、カトレア嬢はカミルに向かって魔法を放とうとしていました」
(今思い出すだけでも、カトレア嬢に対する怒りと、それを止められなかった自分の愚かさに頭がおかしくなりそうだ)
悔しそうに顔を歪めたメストが小さく拳を握ると、シトリンの手がメストの肩に優しく乗った。
「でも、カトレア嬢はそれを自分の意思でやっていないと言った。それを証明するためにも、証拠を探さないとね」
「あぁ、分かっている」
(これが本当にカトレア嬢の意思でやっていないか証明しなければ)
無表情で森に入ろうとするカミルを一瞥したメストは、深く息を吐いて怒りを鎮める。
その様子を見ていたルベルは、事情聴取の時に聞いたカトレアの話を思い出した。
『確か、耳元でダリアの声が聞えたんです』
『ダリア嬢の声が聞えた?』
『はい。その場にいるはずがないのになぜか聞こえて……その瞬間、意識と体が乗っ取られたような感覚に陥ってしまい、気がつけばあの平民に魔法を撃っていたのです』
(カトレアの話が本当だとすれば、この場にいるはずがない人物がいることになる。そして、その人物は間違いなく闇魔法を使っている)