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万葉集オタクの女子高生ってやつ
万葉集オタクの女子高生ってやつ
深海インク
現実世界青春学園
2025年05月28日
公開日
4万字
連載中
橘あやめは万葉集オタクのJK。誰かに告白されると脳内GPUがギンギンに起動、万葉集を元ネタにしたエッロい歌をバーン!とぶちかまして相手をドン引きさせるのがお約束なの。爽やか系もインテリ系も「何言ってんだこいつ!?」って逃げてっちゃう。 でもあやめ的には、引かせたいわけじゃない。その強烈な歌に対し「ほほう、なかなかやるな…ならばこの歌でどうじゃ!」みたいな、魂を震わすパンチの効いた「返歌」をくれる猛者を待ってるの。年齢不問、ガチで。美術部の田中先輩とは一時付き合ったけど、彼の返歌は言葉だけで、あやめの求める生々しい魂のぶつかり合いからはほど遠く自然消滅。軽音部や文学青年気取りも挑戦(告白)してくるけど、「胸の双峰の火照りは止まず」とか「甘き沼へと誘わん」的な歌にはついてこれず玉砕。国語の吉田先生は面白い反応するけどTPOとか言って踏み込まず、図書委員の斎藤くんは言葉だけなら「おっ?」ってなったけど、結局「そうじゃねーんだよ!」って感じ。 あやめが求めるのは言葉と魂のギリギリの繋がりで、普通の恋愛じゃ全然満足できない。だから歌も「黄泉路(よみぢ)」とか「うつせみ」とか、どんどんディープでヤバい方向にエスカレート。「私のこの歪んだ性癖に、真正面から向き合って、さらに強烈な一撃を返せる猛者はいませんか!?」って、渇きと孤独とイラつきを募らせる毎日よ。 そんな中、ちょっと気になるヤツが現れる。転校生の雨宮くん。無口で、いつも古文読んでるような、マジ「サムライくん」。この雨宮くんがね、たまにボソッと言う言葉が、なんかめちゃくちゃ深いの。あやめも、雨宮くん相手だと、いつものエロ万葉歌じゃなくて、ちょっとだけ素直な、切ない感じの歌が浮かんじゃったりして、自分でも「あれ?」ってなってる。「私のこの魂の渇き、もしかしてこの人なら…?」みたいな、淡ーい期待が芽生えちゃってるわけ。 果たして、あやめのこの「返歌プリーズ!」な魂の叫びに、雨宮くんは応えてくれるのか!? それとも、やっぱり彼もドン引きして逃げちゃうのか!? 「人恋ひて 言の葉尽くし 身も魂も 焦がれ果てなむ 君待つ宵に」なんて、しおらしい歌も詠んじゃうあやめちゃんの、この面倒くさい恋の行方、気にならない? …ってか、あやめ本人も、なんだかんだ言って、次の展開、気になって仕方ないみたいよ?

第1話

どーも。橘あやめ、17歳。花も恥じらう……ってか、こっちが恥ずかしいわ、そんな古臭い表現。まあ、そこらへんにいる、ちょっとだけ万葉集オタクの女子高生ってやつ。自分で言うのもなんだけど、容姿は中の上、いや、上の下くらい? 告白はそこそこされる。でもね、問題はそこじゃないのよ。問題は、私の、この、特異体質? みたいなやつ。


誰かに「好きです!」とか「付き合ってください!」とか言われるじゃん? そうするとさ、私の脳内GPUがね、勝手に起動しちゃって、万葉歌をベースにした、こう、なんていうの? 官能的? 情欲的? な和歌を、電光石火のスピードでひねり出しちゃうわけ。で、それを相手にぶつけちゃう。うん、ぶつけちゃうの。意図的に。


【ケース1:爽やか系イケメン、山田くん(サッカー部エース)の場合】


夕暮れの屋上。王道だよね。山田くんは、汗でちょっと濡れた前髪をかきあげながら、言った。

「橘さん。前から、ずっと好きでした。俺と、付き合ってくれませんか!」

まっすぐな瞳。眩しい。でも、私のGPUはもう、ギンギンに稼働中。


あやめ:「……山田くん。そうね……。君がそんなにも熱く、私を求めるというのなら……」


橘あやめ、詠みます。

「あかねさす 君の眼差し 熱く身を焦がし 胸の双峰(ふたお)の火照りは止まず やわ肌を 揉(も)みしだく君が指先 想うだに 甘き疼(うず)きに 身も世もなしと」


(元ネタ:あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る 額田王)

ほら、一気に雰囲気変わったでしょ? 「紫野行き」が「君の眼差し」に、「野守は見ずや君が袖振る」の清純さが、どろりとした情景に。山田くん、ぽかーん。口、半開き。数秒後、真っ赤になって、「な、な、な、何言ってんだよ橘っ!?」って叫んで逃げてった。まあ、そうなるわな。爽やか系には劇薬すぎたか。


私としてはね、別に引かせたいわけじゃないの。この歌の後に、彼がどんな「返歌」をくれるか、それを期待してるわけ。例えばさ、「君が肌の温もり、なおもこの胸に残りて、夜もすがら燃え盛る想ひ、いかで鎮めむ。逢瀬の熱、吐息の湿り、この身に刻まれし記憶、消し去る術やあるまじ」くらいの、ねっとりとした、それでいて文学的な香りのする返歌を期待してるわけよ。そうしたら、「あら、山田くん、やるじゃない。ちょっとお試しで、どう?」ってなる可能性だって、ゼロじゃない。マジで。年齢不問だし。つまり、歌が魂を震わせるなら、どこの誰でもいいってこと。まあ、さすがに屋上でそんな返歌ができる高校生はいないだろうけどさ。期待だけは、してる。


【ケース2:クール系インテリ、鈴木くん(学年トップ)の場合】


放課後の図書室。これもまた王道。鈴木くんは、読んでた哲学書(たぶんニーチェ)を閉じて、私に言った。

「橘さん。君の知性、そして……その、奥に秘めた情熱に惹かれている。僕と、思想を交わすように、深く付き合ってはくれないだろうか」

言葉選びがいちいちインテリ。でも、私のGPUは、もうオーバークロック状態。


あやめ:「……鈴木くん。言葉の海で、私と溺れたい、と。そういうことかしら……?」


橘あやめ、また詠みます。

「梓弓(あずさゆみ) 引きし弦(つる)のごと 君が言葉の楔(くさび) 胸の奥処(おくが)に突き刺さりて 熱き吐息 漏れ出づるを 止(とど)むる術(すべ)なし 深き夜(よ)の闇に二人 溶け合ひ果てむを」


(元ネタ:梓弓 引かばもろとも によらむと…… みたいなやつあったよね? ちょっとうろ覚え。でもいいの、インスピレーションだから)

どう? 今度のは、言葉による結合、みたいな。鈴木くん、眼鏡の奥の目が、カッと見開かれた。彼はしばらく黙って、それから、ふるふると首を横に振った。「……僕の理解を、超えているようだ」。そして、静かに図書室を出て行った。うん、だろうね。インテリでも、こういう生々しい「情」の応酬は、専門外だったみたい。残念。彼なら、もう少し小難しい言葉で、私の「胸の奥処」について分析的な返歌をしてくれるかと思ったんだけどな。「君が言う胸の奥処とは、フロイトの言うリビドーの奔流か、あるいはユングの元型が……」とか、そんな感じでさ。そしたら「つまんない男」って即却下だけど。


なんでこんなことしてるかって? わかんない。気づいたら、こうなってた。たぶん、私、普通の恋愛じゃ満足できない体質なんだろうね。言葉で、魂で、もっとギリギリのところで繋がりたいの。万葉集ってさ、意外とストレートで、情熱的で、時には官能的な歌が多いんだよ。それを、現代風に、私風にアレンジすると、こうなっちゃう。私の中の、何かドロドロしたものが、反応しちゃうんだろうね。


最近じゃ、ちょっといい感じの返歌っぽいものを捻り出してくる男子も、ごく稀にいる。

例えば、美術部の田中先輩。「橘の想ひの色は茜色 我が絵筆にも写しとりたや その熱き想ひ我が身に受けて如何にせむや 絵筆も心も燃え尽きなん」とか。

悪くない。悪くないけど、惜しい! 「写しとりたや」じゃなくて、「その熱き想ひ、筆先濡らし、キャンバスの上で交わり、新たな色を生み出さむ」くらいまで踏み込んで欲しかった。言葉の奥の、その先の景色まで見せてほしい。結局、田中先輩とは試しに1ヶ月付き合ってみたけど、美術館デートはいいんだけど、その後の展開がね……。なんていうか、淡白? 私のあの歌の世界観はどこへやら。彼は彼で、私の詩的な部分に「憧れて」いただけで、実際にそれを体現するようなパッションはなかったみたい。自然消滅ってやつ? まあ、そんなんばっか。


だから、イラッとしてる。かなり。

私の万葉歌二次創作って、実は招待状なんだよね。「私と同じくらい、言葉の深淵を覗き込める変態さん、いませんか?」っていう。あるいは、「私のこの歪んだ性癖に、真正面から向き合って、さらに強烈な一撃を返せる猛者はいませんか?」っていう。

相手の年齢は問わない。教師でも、近所のおじさんでも、なんなら宇宙人でもいい(それは嘘)。いや、嘘でもないか。とにかく、言葉で私を打ちのめしてほしい。打ちのめされて、恍惚としたい。そして、「ああ、この人となら……」って、心から思いたい。


私の理想の返歌って、なんだろうな。

たぶん、「君が紡ぐ愛(かな)し歌に、我が魂(たま)の緒(お)は狂おしく震え、応(こた)えむ言葉も忘れ、ただ君が熱き唇を求め、夜(よ)もすがら貪(むさぼ)り合いたいと願うばかり。如何(いか)にして、この燃ゆる心、君に捧げむ」みたいな? いや、もっとこう、直接的で、生々しくて、でも気品があって……。うーん、難しい。

結局、私自身も、自分が何を求めているのか、はっきりとは分かってないのかもしれない。ただ、現状のぬるま湯みたいな告白と、それに対する私の過激な歌、そして相手のドン引き、っていうこの一方通行なサイクルには、ほとほとウンザリしてる。


そういえば、昨日も一人、 жертва(ギェールトヴァ:ロシア語で犠牲者の意)が出たんだっけ。名前は……覚えてない。たぶん運動部の、筋肉質な子。彼の告白も、定型文だった。「好きです! 俺の彼女になってください!」

で、私はいつものようにGPUをフル回転。


あやめ:「そう……そんなに、私の体が欲しいのね……?」


橘あやめ、心頭滅却して詠みます。

「ちはやぶる 神をも凌(しの)ぐ 君が猛(たけ)き腕(かいな)に抱(いだ)かれし時 我が胸の衣(ころも)はだけて 雪肌(せっき)に触れる君が指先 宵闇(よいやみ)に 重なり合いて 果てなむや幾度(いくたび)も」


(元ネタ:ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは 在原業平)

ちはやぶる、の使い方間違ってる? まあいいや、勢いだから。この場合、「神をも凌ぐ」は相手の筋肉への賛辞(?)。雪肌は私のお肌(想像)。竜田川の紅葉の代わりに、男女の情念を重ねてみたわけ。どう? エロくない? エロいよね? でも、言葉自体はそんなに下品じゃない。はず。


案の定、その筋肉くんも、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して、脱兎のごとく走り去った。ふう。またか。虚しい。本当はさ、こう返して欲しかったんだ。

「ああ、その雪肌に我が猛き印(しるし)を刻み、ちはやぶる魂のままに幾夜も語り明かさん。竜田川の流れ尽きるとも、我らが情熱は尽きることなし」みたいな。ちょっとクサい? でも、これくらいの熱量で返されたら、少しは考える。マジで。


結局のところ、私は言葉で愛されたいのかもしれない。肉体的なものも嫌いじゃない。むしろ好き。でも、それは言葉による精神的な高ぶりの延長線上にあるべきだ、と。そんな面倒臭いことを考えている。

万葉集って、ストレートな恋歌もあれば、技巧を凝らした歌もある。素朴さと洗練さが同居してる。そして何より、生きてる人間の「ナマ」の声が聞こえる。そこがいい。私がやってるのは、その「ナマ」の部分を、現代の私のフィルターを通して、さらにドロドロに煮詰めてる感じ。だから、普通の人には理解されないんだろうな。


この前なんか、国語の古文の先生に、ちょっと相談してみたんだ。匿名でね。「万葉集の情熱的な歌が好きで、つい自分で現代語訳や二次創作しちゃうんですけど、周りに引かれちゃうんです」って。そしたら先生、「それは素晴らしい感性ですよ。ただ、TPOは考えましょうね。昔の人々も、歌垣とか特別な場で大胆な歌を詠み合ったのであって、日常生活ではもっと婉曲的だったかもしれません」って。

TPO。はいはい、わかってますよ。でも、告白って、私にとっては一種の「歌垣」みたいなもんなんだけどな。魂と魂がぶつかり合う、聖なる儀式。なのに、相手は普通の恋愛ゲームのつもりで来るから、温度差で風邪ひきそうになる。


この前、ちょっと気になったのは、転校生の男の子。雨宮くん。無口で、いつも窓の外見てて、何を考えてるのか全然わかんないタイプ。でも、ふとした瞬間に、ものすごく古い言葉を使ったりする。「それは『遺憾(いかん)』だな」とか、「実に『雅(みやび)』な風景だ」とか。

もし、もし彼が私に告白してきたら?

彼の口から、どんな言葉が紡がれるんだろう。

そして、私はどんな万葉歌二次創作を彼にぶつけるんだろう。

そして、彼は……彼は、どんな返歌をくれるんだろう。

まさかね。彼に限って、そんな俗っぽいこと、しないか。


今日もまた、誰かが私に告白してくるかもしれない。その度に、私の脳内万葉歌生成装置はフル稼働する。そして、虚しい返歌(あるいは無言の逃走)が返ってくる。このループ。いい加減、この渇きを癒してくれるような、強烈な一撃が欲しい。私の言葉の刃を、受け止め、さらに鋭い刃で返してくれるような、そんな相手。


はあ……。万葉の風は、今日も私の心に吹き荒れてる。でも、いくら吹いても、私の喉の渇きは癒えない。むしろ、乾く一方。

誰か、私と魂で歌を詠み合える者はいないのか。

私のこの、エロくて、大人っぽくて、艶っぽくて、でもどこか哲学的な魂の叫びを、受け止めてくれる器量のあるヤツは、一体どこにいるんだろうな。


夕日が教室を茜色に染めている。もう、誰もいない。

ふと、机に一首、落書きしてみる。これは、まだ誰にも見せていない、私だけの歌。


「人恋ひて 言の葉尽くし 身も魂(たま)も 焦がれ果てなむ 君待つ宵に」


…ちょっと素直すぎたか。いや、これが今の私の、本当の気持ちなのかもしれない。

返歌、求む。切実に。

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