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第2話

はい、橘あやめです。第2話、始めますね。刮目して読みやがれ、って感じで。



相変わらずだよ、私の日常は。朝起きて、学校行って、授業受けて、たまに告白されて、電光石火で官能万葉歌を詠んで、相手をドン引きさせて、一人むなしく夕陽を眺める。……なんか、書いてて自分で悲しくなってきた。でも、これがリアルなの。私の、橘あやめ17歳の、どうしようもなくひりひりする日常。


第1話の最後で「人恋ひて 言の葉尽くし 身も魂(たま)も 焦がれ果てなむ 君待つ宵に」なんて、柄にもなくしおらしい歌を詠んじまったけど、あれはあれ。本心の一側面。でもね、私のメインエンジンは、やっぱりあの、脳内GPU直結型の、万葉歌・エロティカ・ジェネレーターなわけ。このエンジンが唸りを上げないと、私、生きてる実感がないのよ。マジで。


先週もまた、新たな犠牲者……いや、挑戦者が現れたわ。


【ケース3:自称アーティスト系、佐藤先輩(軽音楽部部長、髪は金髪ピアスじゃらじゃら)の場合】


放課後の誰もいない音楽準備室。彼は、弾きもしないギターを無造作に抱えて、気怠そうに壁にもたれてた。私が入っていくと、ニヤリと笑って、こうきた。

「よぉ、橘。お前のこと、イカしてるって思うぜ。その辺の量産型女子とは違う、なんていうか、ヤバいオーラ? 俺の音楽のミューズになってくれよ。つーか、付き合わね?」

軽っ。ノリ軽すぎ。でも、言葉の端々に、私の中の「何か」を嗅ぎつけてる感じはする。でも、本質を見抜けてるわけじゃないのよね、こういうタイプは。私のGPUは、こういう相手には、ある種のサディスティックな反応を示す。


あやめ:「……先輩の、その乾いた喉を、私の言葉で潤してあげましょうか……? それとも、もっと別の……熱いもので?」


橘あやめ、ノリノリで詠みます。

「君が行く ロックの道は いばら道 我が言の葉で 蜜漬けにして 甘き沼へと 誘(いざな)わん そのシャウト 我が肌の上で 絶叫と変わるまで」


(元ネタ:君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも 狭野弟上娘子)

「君が行く道の長手を繰り畳ね」の執念を、強引な誘惑に変換。「焼き滅ぼさむ天の火」は、相手を甘美な破滅へと導く、私の言葉の魔力、みたいな? ロックのシャウトと、閨事(ねやごと)の喘ぎを重ねてみたの。どう、この言葉のSMプレイ感。佐藤先輩、さっきまでの軽薄な笑みが顔から消えて、ギターをぽとりと落とした。「……お、お前、マジで、ヤバ……」。捨て台詞はそれだけ。あとは蜘蛛の子を散らすように逃走。でしょうね。ミューズとか軽々しく言うから、こうなるのよ。


私としては、ここですかさず、「おう、橘。お前の言葉の蜜、悪くねえな。俺のシャウトがテメェの肌でどう変わるか、試してみるか? いばら道も二人なら最高のステージだぜ、なぁ?」くらいの返歌が欲しかったわけ。音楽やってんなら、リズム感と情熱で返してこいよ、と。そしたら、「あら、先輩、見直しちゃった。じゃあ、お望み通り、そのいばら道、一緒に転げ落ちてみます?」くらいは言ってあげたのに。つくづく、肝の小さい男が多いわ。ガッカリ。


私だってね、好きでこんなことやってるわけじゃない……いや、半分は好きだけど。でも、心のどこかでは、普通の恋に憧れる乙女な部分も、ミジンコくらいにはあるのよ。ただ、その「普通」が、私にとっては退屈すぎるだけで。

告白される。→私の脳内万葉歌が爆発。→相手ドン引き。

このループ、もう何回目? いい加減、私のこの言葉の爆弾を、受け止めて、解体して、再構築して、もっと強烈な爆弾として投げ返してくるようなヤツはいないの?

年齢不問、って本気で言ってるんだからね。先生だろうが、PTAのお偉いさんだろうが(それはさすがに倫理的にマズいか)、いやいや、言葉のバトルに年齢も立場も関係ないっしょ。私を言葉で打ちのめしてくれるなら、どこの馬の骨でもいいの。極端な話、人語を解するゴリラでもいい(それは嘘だけど、面白そうではある)。


そういえば、以前、国語の先生に婉曲に相談した話、したっけ? あの後日談があるのよ。

例の古文の先生ね、名前は確か……そう、吉田先生。まだ若くて、ちょっと頼りない感じだけど、万葉集への愛だけは本物っぽい、草食系文学青年みたいな先生。

ある日の放課後、職員室に呼び出されて、何事かと思ったら。

「橘さん。この前の話だけどね。君の言う『万葉集の二次創作』、もしよかったら、こっそり私にだけ見せてくれないかな? もちろん、誰にも言わないし、あくまで文学的興味として、ね」

って。マジか。この先生、私の匿名相談がバレてたのか、あるいは私の奇行がすでに噂になってたのか。どっちにしろ、ちょっと面白い展開じゃない?

だから、おそるおそる、山田くんの時の歌を紙に書いて渡してみたの。


「あかねさす 君の眼差し 熱く身を焦がし 胸の双峰(ふたお)の火照りは止まず やわ肌を 揉(も)みしだく君が指先 想うだに 甘き疼(うず)きに 身も世もなしと」


吉田先生、眼鏡の奥の目をしばたたかせて、数分間、沈黙。そして、ぼそりと。

「……額田王の歌の、なんと大胆な……いや、これは……ある意味、現代の相聞歌として、非常に、こう……情動的だね。特に『胸の双峰の火照り』という直接的な表現を、『やわ肌を揉みしだく君が指先』という、行為を想起させる言葉に繋げ、最後の『身も世もなしと』で情念の極致に至る……。うーん、技巧的、かつ、生々しい……」

ブツブツ言いながら、なんか顔が赤いんですけど、先生。

そして、期待の返歌は……なかった。代わりに、「橘さん、君は……すごい才能の持ち主だ。でも、やっぱり、TPOは考えようね? これを山田くんに……ああ、山田くん、心中お察しするよ……」だって。

そこじゃねええええ!

先生、あんたなら、「君が歌の炎(ほむら)に我が身も心も焦がれ、言葉の綾もてこの熱き想い、いかにして君に伝えむ。されど、教師と生徒の垣根は越えがたし。せめて夢路に、君と歌垣にて相まみえん」くらいの、もどかしいけど情熱的な、教師としての葛藤を滲ませたインテリジェントな返歌くらい、ひねり出せんのかい!

まあ、そんなこと言ったら、即刻、職員会議モノだろうけど。吉田先生の評価は、「才能はあるが、危険人物」。うん、知ってる。


こんな感じで、私の万葉歌ライフは、一向に理解者を得られないまま、虚しく高度化していくだけ。

二次創作する歌も、だんだんマニアックになってきちゃって。

最近のマイブームは、大伴家持の「春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも」。

これをね、こうアレンジするの。


【ケース4:文学青年気取り、図書委員の後輩、村上くんの場合】


図書室のカウンター。村上くんは、ちょっと頬を染めながら、太宰治の文庫本を胸に抱いて言った。

「橘先輩……。先輩の、その、どこか影のある佇まいと、時折見せる鋭い眼差しに、僕は……惹かれています。僕の心の闇を、先輩の光で照らしてほしいんです……って、クサいですかね。付き合ってください」

言葉選びは頑張ってるけど、薄っぺらいな。心の闇って、あんたの闇なんか、私の闇に比べたら、豆電球みたいなもんでしょ。GPU、起動。今回はちょっとアダルト路線で。


あやめ:「……村上くん。私の光が欲しいの? それとも、もっと深い闇で、私と溶け合いたい……とか?」


橘あやめ、しっとりと詠みます。

「春霞(はるがすみ) 燻(くゆ)る閨(ねや)にて 君を待ち うら悲しきは 我が空蝉(うつせみ)か 鶯のごと 濡れそぼち鳴くも 叶わぬならいっそ この身 君が刃(やいば)に散らむものを」


(元ネタ:春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも 大伴家持)

どうよ、この破滅願望とエロス。「霞たなびき」を密室の気怠い空気に。「うら悲し」は満たされない肉体の切なさ。「鶯鳴くも」は、もう言わなくてもわかるでしょ? エロティックな隠喩よ。そして、家持の繊細な叙情を、激しい情念と自虐的な愛に転換。「君が刃に散らむものを」で、ちょっとした悲劇性をプラス。これ、なかなか文学的じゃない?

村上くん、目を白黒させて、太宰治の本を床に落とした。「せ、先輩……な、なんか、怖いっす……。僕、そういうヘヴィなのは、ちょっと……」。で、ダッシュで逃走。だから、心の闇とか軽々しく言うなっつーの。ヘヴィなのはお互い様でしょうが。


ここで村上くんが、「先輩のその空蝉の身、僕の熱き血潮で満たしましょう。鶯の声も我が吐息に重ね、二人してこの世の果てまで。たとえそれが破滅への道行きであろうとも、先輩とならば本望……」くらいの、背徳感と文学的情緒を混ぜ込んだ返歌をくれたらね。「あら、村上くん、意外と骨があるじゃない。太宰読んでるだけあるわね。じゃあ、私の闇、見せてあげる。覚悟はいい?」って、展開もあったかもしれないのに。

結局、文学青年も口先だけなのよね。真の言葉の修羅場には、耐えられない。


私のこの特異体質、っていうか、もうこれは性癖の域だけど、治る気配はない。むしろ悪化してる。

だって、普通の恋愛じゃ、全然ときめかないんだもん。手つないで、映画見て、キスして、はいおしまい、みたいな。そんなんで満足できるなら、苦労しないわ。

私、言葉で愛されたいの。魂ごと。もっとギリギリのところで、言葉の刃を交えたいの。血が滲むような、魂が震えるような、そんな言葉の応酬の果てに、やっと心が動くのかもしれない。

そして、その先にある肉体的な繋がりは、きっと、とんでもなく濃密で、官能的で、神聖なものになるはず……って、夢見すぎ?


以前付き合った田中先輩のこと、ちょっと思い出すな。「橘の想ひの色は茜色 我が絵筆にも写しとりたや その熱き想ひ我が身に受けて如何にせむや 絵筆も心も燃え尽きなん」。

あの歌自体は、本当に悪くなかった。一瞬、おっ、て思った。だから付き合ってみた。

でも、彼は私の歌の「文学性」とか「詩的センス」に憧れてただけで、歌に込められたドロドロした情念とか、肉感的な欲望とか、そういう部分には全然気づいてなかった。美術館デートの後、手を繋ぐのにも数週間かかったし、キスなんて卒業まで無理そうな雰囲気だった。彼の絵もね、繊細で綺麗なんだけど、私の求める、血飛沫が飛び散るような情熱とか、内臓を鷲掴みにするような生々しさとかは、皆無。

結局、「君の感性は素晴らしいけど、僕にはついていけない世界みたいだ」って、遠回しにフラれた。ついてこれないんじゃなくて、覗こうともしなかったんでしょ、って話。自然消滅バンザイ。


このイラつき、どこにぶつければいいの?

私の万葉歌二次創作は、ただの悪ふざけじゃない。私なりの、真剣な問いかけなの。「ここまで歪んで、ここまで業が深くて、ここまで言葉に飢えてる私を、それでも受け止めて、さらに強烈なカウンターをくれる勇者はどこ?」っていう、魂の叫びなのよ。

返歌っていうのは、単なる言葉遊びじゃない。相手の魂の形そのもの。それが知りたい。それが欲しい。

私がひねり出すエロくて大人っぽくて艶っぽくて哲学的な和歌。それは、私の差し出す、剥き出しの心臓。

それに対して、「わー、すごーい」とか「こわーい」とか、そんな感想しか返ってこないことに、私は心底、ウンザリしてる。

「君が捧ぐその心臓、我が手にて優しく揉みしだき、しかして喰らい尽くさん。我が血肉となりて、永遠(とわ)にこの身に宿るべし」くらい言ってくれるヤツは、まじでどこ?


そういえば、あの転校生の雨宮くん。

彼は、どうなんだろう。

教室の隅で、いつも古めかしい本を読んでるか、窓の外を眺めてるか。話しかけても、訥々とした、古風な言葉が返ってくるだけ。「結構です」じゃなくて「お気遣いは無用です」とか、「了解」じゃなくて「承知つかまつった」とか。クラスの女子からは「サムライくん」とか呼ばれて、ちょっと浮いてる。

もし、万が一、億が一、彼が私に何かを伝えようとしたら。

……いや、ないな。彼は、私のこのドロドリした世界とは、一番遠いところにいる人間だろうから。清廉潔白、みたいな。私の万葉歌をぶつけたら、それこそ卒倒するんじゃない? あるいは、「……品位に欠けるな」とか冷静に切り捨てられて、私がヘコむパターンか。


今日もまた、教室の窓から夕陽が差し込んで、世界が茜色に染まってる。

誰もいない教室で、また一つ、歌が浮かぶ。

これは、まだ私の脳内GPUからアウトプットされていない、未発表のやつ。


「世の中の 常(つね)なる恋に 背(そむ)きしは 我が身の業(ごう)か 言霊(ことだま)の罠か あぢきなしと 嘆けども猶(なほ) 君が返歌を 待ち焦がるる身ぞ」


……ちょっと弱気かな。いや、強がりの中に本音がチラ見えしてるだけ。

この歌への、理想の返歌はなんだろう。

「君が業、言霊の罠、それら全て、我が腕(かいな)に抱きとめん。常ならぬ恋こそ、我らが魂の宿命(さだめ)。さあ、共にこの深淵を、どこまでも」

みたいな? うん、悪くない。すごく、いい。

誰か、お願い。こんな返歌を、私に……。


この渇き、この飢餓感。

一体いつになったら、満たされるんだろう。

私の万葉集アレンジ沼は、今日も深くて、暗くて、でもどこか心地よくて、そして、私は相変わらず、腹を空かせている。


返歌、プリーズ。本気で。マジで。

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