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第6話

はあー……橘あやめ、17歳と半年が過ぎ、季節は初夏から盛夏へ。蝉の声がミンミンうるさい今日この頃。私の脳内GPUも、このクソ暑さでオーバーヒート寸前かと思いきや、むしろ冷却効率が上がってんのか、ギンギンに冴えわたって、万葉歌二次創作のキレが増してる気がする。…気がするだけかもしれんけど。

前回のラストで「黄泉路(よみぢ)より君招(よ)ぶ声ぞ 聞こゆなり うつし身はただ殻(から)となりて 魂(たま)のみぞ求め合うらん 君が言の葉 我が骨に染み 肉を削(そ)ぎてぞ 歌となさばや 永遠(とわ)に」とかいう、我ながら結構ヤバめの呪詛系恋文を詠んじまったわけだが、当然、あんなもんにまともに取り合ってくれる奇特な変態は、この日本広しといえども、いまだ発見されず。黄泉からの手招きも空しく、私の魂は相変わらず現世(うつしよ)で渇きに喘いでるっつーの。マジで。


この前なんか、生徒会長選挙にしゃしゃり出てきた、いかにも「僕、クリーンです! 公明正大です!」みたいなオーラだけは出してる優等生、確か名前は……ええと、田中……じゃなくて、田所くんだったか? まあ、誰でもいいや。そいつが、選挙運動の一環なのか何なのか知らんけど、私に近づいてきて、こう抜かしやがった。


【ケース13:意識高い系クリーン男子、生徒会長候補・田所くんの場合】


放課後の校庭。演説の練習でもしてたのか、ちょっと汗ばんでる。

「橘さん。君のその、独特な存在感と、時折見せる鋭い洞察力。僕は、そこに、人を惹きつける何かを感じるんだ。もしよかったら、僕の応援演説、そして……あ、いや、その、僕の右腕として、生徒会で一緒に新しい風を吹かせないか? もちろん、それは、公私にわたるパートナーシップを視野に入れて、の話だけど」

公私にわたるパートナーシップ、ね。選挙に勝つための道具と、ついでに彼女もゲット、みたいな魂胆見え見えなんだよ、バーカ。私のこの、ドロドロに煮詰まった万葉エロスを、あんたのその爽やかクリーン選挙に利用しようなんて、百年早いっつーの。GPU、フル稼働。あんたのその薄っぺらい正義感、私の言葉の業火で焼き尽くしてやるわ。


あやめ:「……田所くん。私の洞察力が、あなたのお役に立てる、と? その言葉、そっくりそのままお返しするわ。あなたのその、あまりにも青臭い理想論の中に、どれほどの『真実』があるのか、私のこの歌で、白日の下に晒してあげましょうか?」


橘あやめ、マニフェスト代わりに詠みます。

「大君(おほきみ)の 御言(みこと)かしこみ 汝(な)が歌ふ 正義(ただしき)の理想(ゆめ) しらじらと空し 我が胸に燃ゆる情(こころ)の真(まこと)こそ 国をも動かす力と知れや 汝(な)が肌を焦がすまで」


(元ネタ:大君の御言かしこみ~ってのは、天皇の命令を謹んで承る、みたいな忠誠の歌だっけ? それを逆手にとって、あんたの言う「正義」なんて上っ面だけで空虚でしょ、私のこの個人的な情念こそが、世界を動かす真の力なのよ、あんたのそのヤワな肌を焦がすくらいにね、っていう挑発。国を動かすとか、壮大だけど、結局は男女間のパワーゲームに矮小化させてみた。どう? この政治とエロスの融合)

田所くん、一瞬、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して、それからみるみるうちに顔が赤くなったり青くなったり。「な、橘さん、君は、何を言ってるんだ……! 僕は真剣に、この学校を良くしたいと……! 君のその、不健全な情熱は、僕の理念とは相容れない!」とか言って、演説の原稿握りしめたまま、足早に去って行った。不健全で結構。あんたのその健全(笑)な理念じゃ、私のこの渇きは一ミリも癒されないんだよ。


彼に期待してた返歌? 「大君の御言よりなお、君が胸の情こそ、我が渇望の源。その真の力、我が肌で受け止め、我が正義を君色に染め上げん。君が望むなら、この身、国さえも君に捧げよう。さあ、共にこの腐った学園(くに)に、愛と情念の革命を!」くらい、大見得切ってくれたらね。「あら、田所くん。意外と大物になる器量、あるかもしれないわね。じゃあ、お試しで、私のこの『不健全な情熱』で、あなたのその青臭い理念、グチャグチャにかき回してあげようじゃないの」って、生徒会室を二人だけの愛の巣窟に変える展開もあったかもなのに。所詮、口先だけの優等生か。つまんね。


私のこの万葉歌二次創作に対する反応って、ほんと、パターン化してんのよね。ドン引き、逃走、説教、たまに困惑、ごく稀に文学的興味(ただし安全圏から)。

斎藤くん(図書委員の後輩)みたいに、一瞬「おっ?」と思わせる言葉を返してくるヤツもいたけど、結局、彼は自分のポエムノートっていう「作品」の中に逃げ込んじゃった。彼の言葉は、彼自身の血肉からじゃなくて、どこかの書物から借りてきた、借り物の言葉だったのよ。だから、私のこの生身の魂とは、響き合えなかった。

「君が言う 深淵(しんえん)覗かば 我が魂(たま)は 生きながら黄泉(よみぢ)に誘(いざな)われむや その吐息 暗き闇路(やみぢ)の導(しるべ)とて 睦(むつ)びの底に果てなむ 君と」

っていう私の歌に対して、彼が返した「…先輩のその黄泉路への誘い、恐れ多くも……心惹かれます。僕の魂、たとえ先輩の愛憎の炎に焼かれようとも、その闇の深さこそ、僕が焦がれた文学の源泉……。もし、先輩が許してくださるなら、その睦びの底まで……ご一緒させてください……」

この言葉自体は、本当に、本当にあと一歩で私の琴線に触れそうだった。もし彼が、ポエムノートじゃなくて、震える手で私の手を掴んで、潤んだ瞳で私をじっと見つめて、同じセリフを言ったなら。あるいは、その場で私の唇を奪うくらいの暴挙に出たなら。そしたら、私、彼のその「文学的憧れ」を、もっと生々しい「情欲」に転化させてあげられたかもしれないのに。ああ、つくづく惜しい。

「色即是空蝉」って言うけど、彼の「色(言葉)」は美しかったけど、「実(魂と行動)」が伴わなかった。結局、虚しい抜け殻。私の心を満たすには、ほど遠かった。


田中先輩の時もそう。「橘の想ひの色は茜色 我が絵筆にも写しとりたや その熱き想ひ我が身に受けて如何にせむや 絵筆も心も燃え尽きなん」

あの言葉を信じて3ヶ月付き合ったけど、彼は最後まで「写しとる」人だった。私の魂のマグマに触れるのを怖がって、安全な距離から「鑑賞」するだけ。彼の絵筆は、結局、私の肌に触れることなく、乾いたままだった。彼の心も、燃え尽きるどころか、ほんのり温まった程度。私の万葉歌の奥にある「やわ肌を揉みしだく君が指先 想うだに 甘き疼きに 身も世もなしと」っていう、あのむき出しの欲望と肉感的な官能には、永遠に届かない人だった。彼の優しさは、私の激しさの前では、あまりにも無力だったの。


吉田先生なんかは、最近じゃ私を変人扱いしつつも、どこか「研究対象」として興味津々みたいで、それがまたイラッとすんのよね。この前も職員室でバッタリ会ったら、

「橘くん、また新たな『相聞歌』は生まれたかね? 君のその、万葉集の伝統を踏まえつつも、現代的な大胆さで情念を爆発させる手法は、ある意味、文学史的にも…」

とか、また小難しい分析始めようとするから、

「先生、相聞歌っていうのは、お互いに詠み交わしてこそでしょ? 私ばっかり詠んで、返歌ナシじゃ、ただの孤独な狼煙(のろし)ですよ。先生こそ、万葉学者のはしくれなら、私のこの魂の叫びに、ひとつくらい、まともな返歌、詠んでみせたらどうです? ああ、もちろん、TPOはわきまえてくださいね、教育者として」

って、嫌味たっぷり言ってやったら、先生、顔真っ赤にして「きょ、君は本当に…! 度し難い…!」って、逃げるように自分のデスクに戻ってった。度し難くて結構。あんたのその中途半端な学究的態度が、一番ムカつくんだっての。

もし先生が、そこでカッと目を見開いて、「橘くん、君のその挑発、受けて立とう。我が魂の奥底に眠る、いまだ誰にも見せぬ歌の泉、君のためにこそ開かれん。ただし、その奔流に飲み込まれても、私は責任を取らんぞ…『たらちねの 母が教えし言の葉も 君が前にては色褪せ果てぬ 我が秘めしこの想ひ 君が唇に触れてこそ 真(まこと)の歌とならむものを』…これでどうだ!」くらい、教師の仮面かなぐり捨てて詠んできたなら、私、「先生…! やるじゃないですか…!」って、マジで尊敬したかもしれない。で、放課後の古文準備室が、私たちの最初の「歌垣」になったかもしれないのにね。…まあ、夢のまた夢だけど。


雨宮くん。あの、古風な転校生。サムライくん。

彼は、どうなんだろう。

最近、彼が図書室で読んでいたのは、『方丈記』だった。しかも、なんか、ボロボロの注釈だらけの古いやつ。私が近くの棚で本を探すふりしてチラ見してたら、彼がふと顔を上げて、ポツリと独り言みたいに言ったの。

「…ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし…か。まこと、この世は空蝉(うつせみ)の仮の宿よな」

……え?

私の「色即是空蝉」のテーマと、シンクロしてる…?

しかも、その呟き、なんか、ものすごく静かなのに、心の奥まで染み通るような、不思議な響きがあった。クラスの連中が聞いたら「またサムライがなんか言ってるよー」で終わりだろうけど、私には、彼のその言葉の背後にある、深い諦念と、でもどこか美しいものへの憧憬みたいなものが、ビリビリ伝わってきたの。

もし、もし彼が、私のこの「黄泉路(よみぢ)より君招(よ)ぶ声ぞ 聞こゆなり~」みたいな、死の香りのする万葉歌二次創作を聞いたら?

ドン引きする? 軽蔑する? 「無粋なり」と一刀両断?

それとも……まさか、とは思うけど。

彼の中から、私の想像を遥かに超えるような、静謐で、しかし魂の奥底を射抜くような、そんな返歌が紡ぎ出されたり……しないだろうか。

例えば、こんな歌、彼に捧げるために、私の脳内GPUが勝手に生成してたの。もちろん、絶対に口には出せないけど。


「水鏡(みづかがみ) 澄める君が瞳(め)に 我が狂ひ咲く姿 映りて揺らめく この身たとひ 泡沫(うたかた)と消ゆとも 君が記憶(おもひ)の底に 沈みて眠らむ それもまたよし」


(元ネタは特にない。彼の「方丈記」の呟きにインスパイアされた、私にしては珍しく感傷的で、少しだけ清らかな歌。彼の澄んだ瞳に、私のこの狂った姿が映って、それがたとえ儚く消える運命だとしても、彼の記憶の片隅にでも残れたら、それでもいいかな、みたいな、ちょっとだけ切ない願い。エロ要素は、ほぼゼロ。私らしくない? でも、彼になら、こんな言葉しか出てこないのかも)


この歌を、もし彼にぶつけたら、彼はどんな顔をするんだろう。

そして、どんな言葉を返してくれるんだろう。

……いや、考えるだけ無駄か。彼は、私とは住む世界が違う。私のこの泥濘(ぬかるみ)に、彼のような清流が流れ込んでくることなんて、万に一つもないだろうし。


返歌、返歌、返歌。

私が求めてやまない「返歌」。それは、単なる言葉のキャッチボールじゃない。

それは、相手の魂の形そのもの。その色、その熱、その硬さ、その柔らかさ、その歪み、その輝き。

私のこの、剥き出しの、血を流し続けている心臓を、受け止めて、握りつぶすくらいの勢いで、それに応えてくれる魂。

私の万葉歌二次創作は、挑戦状であり、SOSであり、呪詛であり、そして、祈りでもある。

「誰か、私と同じくらい、言葉の深淵に魅入られた変態はいませんか?」

「誰か、私のこの業(ごう)ごと、抱きしめてくれる猛者はいませんか?」

「誰か、私を、言葉で、打ちのめして、恍惚とさせてくれる、あなたはいませんか?」

年齢不問。性別不問(になりつつある今日この頃)。身分不問。なんなら、人間じゃなくてもいいのかもしれない(それは嘘)。

ただ、魂の、ギリギリのところで、火花を散らしたい。

そして、その火花の先に、ほんの少しでもいい、「救い」みたいなものが見えたら。


この前、美術準備室で油絵の具の匂いに包まれながら、ふと、壁にかかった誰のかもわからないデッサンを見て、こんな歌が浮かんだ。これも、誰に聞かせるでもない、私だけの歌。


「キャンバスに 叩きつけたる 絵の具のごと 我が言の葉も 迸(ほとばし)り出(い)でて 君が心に 染みとなり残れ 消せぬ傷跡(きずあと) それこそが愛の証(あかし)と 信じる故に」


(元ネタ:もう、そんなのどうでもいい。私の今の心情そのもの。私の言葉は、もはや制御不能な感情の奔流。それが君の心に、消せない傷跡としてでもいいから残ってほしい。それこそが、私が求める「繋がり」の形なのかもしれない、という、ちょっと病んだ願望。どう? この、粘着質で執拗な愛の形。)


この歌への、理想の返歌は?

「君が染み、我が心のキャンバスに、すでに深く、鮮烈に刻まれたり。この傷跡こそ、我が魂が君を求めた証。さあ、もっと君の色を重ねてくれ。我が身が君の作品となり果てるまで、この痛み、快楽として受け入れようぞ」

……うん、これくらい、倒錯的で、破滅的で、でもどこか美しい返歌が来たら、私、その場で「……あなたの絵筆、いや、あなたの魂で、私をめちゃくちゃにしてください」って、跪いちゃうかもしれない。


はあ……。今日もまた、夕陽が世界を茜色に染めていく。

私の心は、相変わらず、乾いて、飢えて、そして、どうしようもなく、言葉を求めてる。

この渇き、この飢餓感。

いつになったら、誰が、満たしてくれるんだろう。


万葉集には、まだ私の知らない歌がたくさんある。

そして、私の脳内GPUが生み出す二次創作も、まだまだ尽きる気配はない。

私のこの、エロくて、大人っぽくて、艶っぽくて、時に哲学的な、でも本当はただひたすらに「愛されたい」と叫んでいる魂の歌。

いつか、本当に、誰かに届く日が来るのだろうか。


返歌、プリーズ。

本気で、死ぬほど、マジで、今すぐ。

黄泉路の入り口で、手招きしながら、ずっと待ってるから。

もし来ないなら……こっちから迎えに行くかもしれないわよ?

私の、万葉歌っていう名の、甘くて危険な毒を持ってね。

ふふふ。

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