夜になると
国は五つに大きく分かれており、それぞれ
一族の長は宗主と呼ばれ、その嫡子を公子と呼ぶ。一族に仕える者を従者、また一族の門下に入り術を修めた者を、総じて術士と呼んだ。
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小さいが手入れの行き届いた庭には年季の入った桜の木が一本と、赤と白の模様の鯉が二匹泳ぐ小さな池があり、その周りには季節ごとに色とりどりの花が咲き乱れそこに住む者の穏やかさを感じさせた。
邸からはいつものように奇妙な笛の音と、繊細な琴の音が奏でられている。
春。疎らな薄紅の花衣をつけた桜の木の下で目を閉じ、適当な音程で気のままに横笛を吹いているのは、額から鼻の先を覆う白い仮面を付けている少年だった。十代半ばくらいの見た目で上下黒い衣を纏っている。長い黒髪は赤い髪紐で結んでおり、細身で小柄な印象があった。
そこからさほど離れていない向かい側の邸の縁側で、でたらめな笛の音に合わせて琴を奏でているのは少年の母である。大きな翡翠の瞳が特徴的な美しい容貌の穏やかな女性だが、少女のようなあどけなさも垣間みえる不思議な魅力があった。
ふいに琴の音が止まり、少年の笛の音も遅れて止まる。見れば母が立ち上がり両手を胸の前で組み、丁寧に頭を下げる仕草をしていた。
(珍しいな。父上がこんな時間にここに来るなんて。奉納祭の打ち合わせとか? にしては、なんだか難しそうな顔をしてるみたい······)
母の視線の先に現れた人物に少年も慌てて同じように立ち上がり、やや雑だが胸の前で腕を上げて囲いを作り頭を下げてお辞儀をする。
まだ朝から昼の間くらいの刻であった。事前の連絡もなく突然訪問してきた宗主を、母が縁側から降りて自ら歩み寄りいつものように出迎える。
「
皆の前で見せる厳しい
邸の中に入り各々腰を下ろす。
はあ、と嘆息した宗主の顔はどこか疲れた様子だった。
「父上、なにか困りごとですか?」
少年の視界は仮面に覆われているため狭く、その狭い視界の中心はよく見えるので宗主がなにか言いにくそうな顔をしているのが解った。
「······もしかして、奉納祭の件ですか?」
母も勘付いたのか大きな翡翠の瞳を細めて気を遣いながら優しく問う。口ごもっていた宗主はもう一度小さく息を吐き、困ったように頷いた。