その後の数日間、御門宗一は珍しくずっと家にいた。
朱音の機嫌が悪いのを察したのか、彼としては滅多にないことに――御門梨花に謝罪させた。
「……朱音さん、ごめんなさい。あの日はちょっと、感情的になりすぎちゃって――」
梨花は朱音の前に立ち、、心のこもってない声で言った。
朱音は彼女を一瞥し、返事すらせず、踵を返してそのまま部屋に入り、
バンッ!と扉を乱暴に閉めた。
びくりと肩を震わせた梨花は、すぐに宗一にすがりついた。
「お兄ちゃん……朱音さん、また私のこと叩いたりしないよね……?」
宗一は彼女の背を軽く撫でて、優しく答えた。
「大丈夫。お兄ちゃんがいる限り、誰も君を傷つけたりしない」
その言葉が終わった瞬間、朱音の部屋からガタガタと物音が響いた。
宗一が眉をひそめ、様子を見に行こうとしたそのとき――
ドアが乱暴に開かれ、朱音が大きなダンボール箱を抱えて出てきた。
彼女は宗一に一瞥もくれず、そのままリビングのゴミ箱の前へ行き――
箱の中身をすべて放り込んだ。
宗一の目が、かすかに揺れる。
――箱の中身は、彼女がこれまで大切にしてきた、宗一にまつわるすべての物だった。
手書きのメモ、使いかけのコップ。
唯一彼がくれた――彼女が死ぬほどおねだりしてやっと手に入れた、数珠のブレスレットさえ。
すべてを、容赦なくゴミとして捨てた。
「……どういうつもり?」
その声は低く、冷気を孕んでいた。
朱音は手についた埃を払って、淡々と答えた。
「別に。いらないから捨てただけ」
――あなたの物も、あなた自身も、もう私にとってはいらないゴミ。
そう言って、彼女はくるりと背を向け、その場を去っていった。
梨花は宗一の様子を見て、思わず嫉妬心が湧いたのか、わざとらしく言った。
「お兄ちゃん、奥さんのこと慰めに行かなくていいの?
ほら、機嫌直してもらわなきゃ、また怒られるよ~?」
宗一はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「……必要ない。しばらくすればまた拾い戻すさ」
この六年間だって、ずっとそうだった――
何度突き放されても、朱音は結局しつこく彼を追いかけてきたんだから。
――壁一枚隔てた部屋の中で、その言葉はしっかりと朱音の耳に届いていた。
思わず、笑いそうになった。
(御門宗一、今回ばかりは、完全にあんたの勘違いよ)
*
その夜。
宗一は、朱音と梨花を連れて慈善パーティーに出席しようとした。
きっぱりと断る朱音に対し、宗一は淡々と告げる。
「君の友人も来るそうだ。……家に閉じこもってばかりでは良くない。少し外の空気を吸ったほうがいい」
しばらく黙っていた朱音だったが、
やがて静かにドレスに着替えた。
――最近の出来事で、心に澱んだ毒が多すぎた。
夏実とでも飲まなければ、崩れてしまいそうだし。
道中、彼女はずっと目を閉じ、宗一とも梨花とも一言も交わさなかった。
そして――
「――ッ!!」
突如、鋭いブレーキ音と共に視界が弾け飛んだ。
ドンッ!!
暴走した車が正面から突っ込んできた。
朱音が見たのは、眩しいライトと、歪む景色――
次の瞬間、世界が裏返った。
*
目を開けたとき、鼻腔をつく鉄の匂いが、脳を刺激した。
羽瀬川朱音は、荒く錆びた空気の中で、ゆっくりと意識を取り戻す。
そこは、薄暗い廃倉庫のような空間。
手足は縛られ、身体は椅子に固定されている。
そして、胸元には――爆弾。
隣では、同じように拘束された梨花が泣き叫んでいた。
「やだやだ…誰か! 誰かぁ!! 助けてえええ!!!」
頭がまだぼんやりとする中で、朱音の脳裏に一瞬、ある記憶がよぎる。
――事故の直後、車から出てきたのは――御門家と敵対する鷹津家の次男。
きっと、御門家への報復として、自分と梨花を狙ったんだ。
梨花の絶叫が耳をつんざく。
「うるさい……死にたくないなら黙って爆弾を外す方法でも考えなさい」
朱音が苛立ち混じりに言うと、梨花はさらに声を張り上げた。
「な、なんでそんなこと言うの!? 私、爆弾の外し方なんか知るわけっ……! お兄ちゃーん! どこなの!? 助けてぇ……っ」
その瞬間――
バァンッ!!
倉庫の扉が蹴り開けられた。
光の中から、黒い影が飛び込んでくる。
――御門宗一だった。