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第7話

その後の数日間、御門宗一は珍しくずっと家にいた。


朱音の機嫌が悪いのを察したのか、彼としては滅多にないことに――御門梨花に謝罪させた。


「……朱音さん、ごめんなさい。あの日はちょっと、感情的になりすぎちゃって――」

梨花は朱音の前に立ち、、心のこもってない声で言った。


朱音は彼女を一瞥し、返事すらせず、踵を返してそのまま部屋に入り、

バンッ!と扉を乱暴に閉めた。


びくりと肩を震わせた梨花は、すぐに宗一にすがりついた。


「お兄ちゃん……朱音さん、また私のこと叩いたりしないよね……?」


宗一は彼女の背を軽く撫でて、優しく答えた。

「大丈夫。お兄ちゃんがいる限り、誰も君を傷つけたりしない」


その言葉が終わった瞬間、朱音の部屋からガタガタと物音が響いた。


宗一が眉をひそめ、様子を見に行こうとしたそのとき――

ドアが乱暴に開かれ、朱音が大きなダンボール箱を抱えて出てきた。


彼女は宗一に一瞥もくれず、そのままリビングのゴミ箱の前へ行き――

箱の中身をすべて放り込んだ。


宗一の目が、かすかに揺れる。


――箱の中身は、彼女がこれまで大切にしてきた、宗一にまつわるすべての物だった。


手書きのメモ、使いかけのコップ。

唯一彼がくれた――彼女が死ぬほどおねだりしてやっと手に入れた、数珠のブレスレットさえ。


すべてを、容赦なくゴミとして捨てた。


「……どういうつもり?」

その声は低く、冷気を孕んでいた。


朱音は手についた埃を払って、淡々と答えた。

「別に。いらないから捨てただけ」


――あなたの物も、あなた自身も、もう私にとってはいらないゴミ。


そう言って、彼女はくるりと背を向け、その場を去っていった。


梨花は宗一の様子を見て、思わず嫉妬心が湧いたのか、わざとらしく言った。

「お兄ちゃん、奥さんのこと慰めに行かなくていいの? 

 ほら、機嫌直してもらわなきゃ、また怒られるよ~?」


宗一はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。


「……必要ない。しばらくすればまた拾い戻すさ」


この六年間だって、ずっとそうだった――

何度突き放されても、朱音は結局しつこく彼を追いかけてきたんだから。


――壁一枚隔てた部屋の中で、その言葉はしっかりと朱音の耳に届いていた。


思わず、笑いそうになった。


(御門宗一、今回ばかりは、完全にあんたの勘違いよ)



その夜。


宗一は、朱音と梨花を連れて慈善パーティーに出席しようとした。

きっぱりと断る朱音に対し、宗一は淡々と告げる。


「君の友人も来るそうだ。……家に閉じこもってばかりでは良くない。少し外の空気を吸ったほうがいい」


しばらく黙っていた朱音だったが、

やがて静かにドレスに着替えた。


――最近の出来事で、心に澱んだ毒が多すぎた。

夏実とでも飲まなければ、崩れてしまいそうだし。


道中、彼女はずっと目を閉じ、宗一とも梨花とも一言も交わさなかった。


そして――


「――ッ!!」


突如、鋭いブレーキ音と共に視界が弾け飛んだ。


ドンッ!!


暴走した車が正面から突っ込んできた。


朱音が見たのは、眩しいライトと、歪む景色――

次の瞬間、世界が裏返った。



目を開けたとき、鼻腔をつく鉄の匂いが、脳を刺激した。

羽瀬川朱音は、荒く錆びた空気の中で、ゆっくりと意識を取り戻す。


そこは、薄暗い廃倉庫のような空間。

手足は縛られ、身体は椅子に固定されている。


そして、胸元には――爆弾。


隣では、同じように拘束された梨花が泣き叫んでいた。

「やだやだ…誰か! 誰かぁ!! 助けてえええ!!!」


頭がまだぼんやりとする中で、朱音の脳裏に一瞬、ある記憶がよぎる。

――事故の直後、車から出てきたのは――御門家と敵対する鷹津家の次男。


きっと、御門家への報復として、自分と梨花を狙ったんだ。


梨花の絶叫が耳をつんざく。


「うるさい……死にたくないなら黙って爆弾を外す方法でも考えなさい」


朱音が苛立ち混じりに言うと、梨花はさらに声を張り上げた。

「な、なんでそんなこと言うの!? 私、爆弾の外し方なんか知るわけっ……! お兄ちゃーん! どこなの!? 助けてぇ……っ」


その瞬間――


バァンッ!!


倉庫の扉が蹴り開けられた。

光の中から、黒い影が飛び込んでくる。


――御門宗一だった。


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