会場は静まり返った。
彼は光と影の境目に立っていた。スーツの皺には、飛行機で飲んだコーヒーのシミがまだついている。
いつも完璧に整えていた髪は、額の前で乱れて垂れていた。
「御門宗一、俺の婚約者を奪いに来たのか?」久我惟成が目を細めて尋ねた。
宗一は答えず、ただまっすぐ羽瀬川朱音の前に歩み寄り、ひざまずいた。
「私は知っている。自分の罪は死をもって償うべきだということを」
彼の声はかすれていて、もはやかろうじて聞き取れるほどだった。
「でも、せめてもう一度だけ……私を見てほしい」
会場がざわめく。
御門家の長男、あの冷徹で高貴な僧侶が、今、まっすぐにひざまずいている。
朱音は一歩後ろに下がった。
「御門宗一、やめて」
「俺は三百通の手紙を綴った」彼の喉が震える。
「初めて会った日から結婚して……そして、私が君を愛しているのに、それを認めることができなかった毎日まで」
彼は震える手で箱を開けた。
雪のように白い便箋が蝶のように舞い散った。
しかし、朱音は一瞥もせず、静かに首を振った。
「もう手遅れだ」
惟成の指輪がついに彼女の指に嵌められた瞬間、宗一は心臓が砕ける音を聞いた。
拍手の中、彼らはキスを交わした。
その光景の中で、御門宗一は地面に散らばる手紙の中でひざまずいて、まるで裁かれた罪人のようだった。
宴が終わった後、宗一は車の中で深夜まで動かずに座っていた。
フロントガラスに映る久我家の別荘の灯り、遠くで抱き合う二人の影がぼんやりと見える。
彼は突然エンジンをかけ、アクセルを踏み込んで惟成の方へ突っ込んでいった。
「死ね……」
ハンドルを握る手が震え、指でそれを握りしめる。
「お前さえいなければ……朱音は俺のものだ」
車のライトが惟成の驚愕の表情を照らす。
その瞬間、赤い影が突然飛び出してきて、両腕を広げて久我惟成の前に立ちはだかった。
「―――ッ!?!」
宗一の瞳孔が一瞬で収縮し、彼は慌ててハンドルを切った。
車は大きく軌道を外れ、木に激しくぶつかる。
エアバッグが爆発する音とともに、彼は朱音の恐怖に満ちた目を見た。
よかった……。
少なくとも、今回は、間違えなかった。
フロントガラスに広がる亀裂がまるで蜘蛛の巣のように広がり、額から血が流れ落ちるのを感じると、彼は何故かほっとした。
もしこの死が、この骨の髄まで痛む苦しみを終わらせてくれるのなら……それが最良の結末だろう。
御門宗一は長く、長い夢を見た。
その夢の中で、それは彼らの新婚初夜だった。
羽瀬川朱音はシルクの寝巻きを着て、ろうそくの灯りが彼女の鎖骨に揺れる影を投げていた。
真っ黒な長髪が白い肩に垂れ、彼女の目には星が輝き、緊張しながらも期待に満ちた表情で彼を見つめていた。
「宗一さん、私……」
しかし、彼は振り向いて禅房に向かい、仏像の前でひざまずいていた。
頭の中には御門梨花の名前が浮かんでいる。
あの日、羽瀬川朱音は一晩中泣いていた。
彼女の涙は布団を濡らし、彼はそれを知らなかった。
夢は次々と変わっていく――
彼女は彼のシャツを着て、ベッドの端で彼を待ち続け、最後には小さく丸まって寝てしまったことーー
彼がシャワーを浴びている間、彼女は浴室に忍び込んだが、彼にタオルで包まれて外に出されてしまったこと――
彼がお経を唱えていると、彼女はあえて彼の膝に座ったが、彼は片手で彼女を持ち上げて脇に押しやったこと――
雨の夜、彼女は彼の車を追いかけ、泥水の中で転んでしまったこと――
そのどれもが鈍い刃のように、彼のぼろぼろの心を切り刻んでいった。
「ごめん……」彼は夢の中で呟く。
「本当に、ごめん……」
*
御門宗一は突然、身をよじって目を覚ました。
額には汗がびっしょりと滲んでいた。
冷たい手が彼の額に触れる。
宗一は目を大きく見開き、そこに平然とした表情を浮かべる朱音の目を見つめた。
「朱音!」彼はその手首を掴み、枯れた声で言った。
「一緒に帰ろう……もう一度やり直そう、お願い…!」
朱音は静かにその手を引き抜いた。
「御門宗一、まだわからないの? 彼を愛していたとき、私はまだ羽瀬川朱音でいられた。
でも、あんたを愛するときは……私はもう、私じゃなかった」
宗一の指先は掌に食い込むほど強く握りしめられ、血が包帯から滲み出た。
「もう一度だけ、チャンスをくれ……」
「日本に戻って、御門宗一」羽瀬川朱音は立ち上がり、静かに言った。
「これが最後よ。もう二度と、あんたに会いたくない」
その瞬間、病室のドアが開き、惟成が扉に寄りかかっていた。
「朱音、試着に行こうか」
朱音は振り返ることなく、彼のもとへ歩き出す。
その背中は、六年前の雪の夜、無我夢中で駆け寄った少女のようだった。
ただ今回は、彼女は他の男に飛び込んだ。
宗一は、彼らの手が交わるのを見つめながら、ふと香炉の煙に覆われた仏像を思い出した――
欲しいものを手に入れられない、それこそが仏が与えた罰だ。
*
一週間後、御門宗一は一人で退院した。
教会の前を通りかかると、赤い絨毯が敷き詰められ、金色の「A&I」の文字が風船に揺れているのが見えた。
ゲストたちはシャンパンを手に、笑顔で新郎新婦を祝っていた。
彼はそのまま中には入らず、木の下で立ち尽くした。
最愛の人が、他の誰かのものになったのを見守るだけだった。
ウェディングソングが流れると、彼はふと思い出した。
朱音が彼の唇に盗んだキスのことを――
彼女は、つま先立ちで彼の唇に触れ、恥ずかしそうに顔を赤らめて走り去った。
可愛らしい笑い声が響いていた。
そして今、その笑い声は他の誰かの花嫁として響いている。
*
日本に戻った御門宗一は、高野山・金剛峯寺を訪れた。
剃髪儀式に臨む際、住職が静かに問いかける。
「法号は何とされますか?」
彼は仏前に膝をつき、香炉から立ちのぼる青い煙を見つめたまま、答えた。
「……
朱の羽が、ひらりと空に舞う。
三度、抱きしめた幻。
ついに、手のひらから零れ落ちた茜雲。
――この身の一生をもって、償います。