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第24話

会場は静まり返った。


彼は光と影の境目に立っていた。スーツの皺には、飛行機で飲んだコーヒーのシミがまだついている。

いつも完璧に整えていた髪は、額の前で乱れて垂れていた。


「御門宗一、俺の婚約者を奪いに来たのか?」久我惟成が目を細めて尋ねた。


宗一は答えず、ただまっすぐ羽瀬川朱音の前に歩み寄り、ひざまずいた。

「私は知っている。自分の罪は死をもって償うべきだということを」


彼の声はかすれていて、もはやかろうじて聞き取れるほどだった。

「でも、せめてもう一度だけ……私を見てほしい」


会場がざわめく。

御門家の長男、あの冷徹で高貴な僧侶が、今、まっすぐにひざまずいている。


朱音は一歩後ろに下がった。

「御門宗一、やめて」


「俺は三百通の手紙を綴った」彼の喉が震える。

「初めて会った日から結婚して……そして、私が君を愛しているのに、それを認めることができなかった毎日まで」


彼は震える手で箱を開けた。

雪のように白い便箋が蝶のように舞い散った。


しかし、朱音は一瞥もせず、静かに首を振った。

「もう手遅れだ」


惟成の指輪がついに彼女の指に嵌められた瞬間、宗一は心臓が砕ける音を聞いた。


拍手の中、彼らはキスを交わした。

その光景の中で、御門宗一は地面に散らばる手紙の中でひざまずいて、まるで裁かれた罪人のようだった。


宴が終わった後、宗一は車の中で深夜まで動かずに座っていた。


フロントガラスに映る久我家の別荘の灯り、遠くで抱き合う二人の影がぼんやりと見える。


彼は突然エンジンをかけ、アクセルを踏み込んで惟成の方へ突っ込んでいった。

「死ね……」


ハンドルを握る手が震え、指でそれを握りしめる。

「お前さえいなければ……朱音は俺のものだ」


車のライトが惟成の驚愕の表情を照らす。

その瞬間、赤い影が突然飛び出してきて、両腕を広げて久我惟成の前に立ちはだかった。

「―――ッ!?!」


宗一の瞳孔が一瞬で収縮し、彼は慌ててハンドルを切った。


車は大きく軌道を外れ、木に激しくぶつかる。

エアバッグが爆発する音とともに、彼は朱音の恐怖に満ちた目を見た。


よかった……。

少なくとも、今回は、間違えなかった。


フロントガラスに広がる亀裂がまるで蜘蛛の巣のように広がり、額から血が流れ落ちるのを感じると、彼は何故かほっとした。


もしこの死が、この骨の髄まで痛む苦しみを終わらせてくれるのなら……それが最良の結末だろう。


御門宗一は長く、長い夢を見た。


その夢の中で、それは彼らの新婚初夜だった。

羽瀬川朱音はシルクの寝巻きを着て、ろうそくの灯りが彼女の鎖骨に揺れる影を投げていた。

真っ黒な長髪が白い肩に垂れ、彼女の目には星が輝き、緊張しながらも期待に満ちた表情で彼を見つめていた。


「宗一さん、私……」


しかし、彼は振り向いて禅房に向かい、仏像の前でひざまずいていた。

頭の中には御門梨花の名前が浮かんでいる。


あの日、羽瀬川朱音は一晩中泣いていた。

彼女の涙は布団を濡らし、彼はそれを知らなかった。


夢は次々と変わっていく――

彼女は彼のシャツを着て、ベッドの端で彼を待ち続け、最後には小さく丸まって寝てしまったことーー

彼がシャワーを浴びている間、彼女は浴室に忍び込んだが、彼にタオルで包まれて外に出されてしまったこと――

彼がお経を唱えていると、彼女はあえて彼の膝に座ったが、彼は片手で彼女を持ち上げて脇に押しやったこと――

雨の夜、彼女は彼の車を追いかけ、泥水の中で転んでしまったこと――


そのどれもが鈍い刃のように、彼のぼろぼろの心を切り刻んでいった。


「ごめん……」彼は夢の中で呟く。

「本当に、ごめん……」



御門宗一は突然、身をよじって目を覚ました。

額には汗がびっしょりと滲んでいた。


冷たい手が彼の額に触れる。

宗一は目を大きく見開き、そこに平然とした表情を浮かべる朱音の目を見つめた。


「朱音!」彼はその手首を掴み、枯れた声で言った。

「一緒に帰ろう……もう一度やり直そう、お願い…!」


朱音は静かにその手を引き抜いた。

「御門宗一、まだわからないの? 彼を愛していたとき、私はまだ羽瀬川朱音でいられた。

 でも、あんたを愛するときは……私はもう、私じゃなかった」


宗一の指先は掌に食い込むほど強く握りしめられ、血が包帯から滲み出た。

「もう一度だけ、チャンスをくれ……」

「日本に戻って、御門宗一」羽瀬川朱音は立ち上がり、静かに言った。

「これが最後よ。もう二度と、あんたに会いたくない」


その瞬間、病室のドアが開き、惟成が扉に寄りかかっていた。

「朱音、試着に行こうか」


朱音は振り返ることなく、彼のもとへ歩き出す。

その背中は、六年前の雪の夜、無我夢中で駆け寄った少女のようだった。


ただ今回は、彼女は他の男に飛び込んだ。


宗一は、彼らの手が交わるのを見つめながら、ふと香炉の煙に覆われた仏像を思い出した――

欲しいものを手に入れられない、それこそが仏が与えた罰だ。



一週間後、御門宗一は一人で退院した。


教会の前を通りかかると、赤い絨毯が敷き詰められ、金色の「A&I」の文字が風船に揺れているのが見えた。

ゲストたちはシャンパンを手に、笑顔で新郎新婦を祝っていた。


彼はそのまま中には入らず、木の下で立ち尽くした。

最愛の人が、他の誰かのものになったのを見守るだけだった。


ウェディングソングが流れると、彼はふと思い出した。

朱音が彼の唇に盗んだキスのことを――


彼女は、つま先立ちで彼の唇に触れ、恥ずかしそうに顔を赤らめて走り去った。

可愛らしい笑い声が響いていた。


そして今、その笑い声は他の誰かの花嫁として響いている。



日本に戻った御門宗一は、高野山・金剛峯寺を訪れた。

剃髪儀式に臨む際、住職が静かに問いかける。


「法号は何とされますか?」

彼は仏前に膝をつき、香炉から立ちのぼる青い煙を見つめたまま、答えた。

「……念朱ねんしゅと、してください」


朱の羽が、ひらりと空に舞う。

三度、抱きしめた幻。

ついに、手のひらから零れ落ちた茜雲。


――この身の一生をもって、償います。


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