目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報

第23話


御門梨花はその場に固まった。「……え?」

「もう嫁に行ったんだろ? なら、ちゃんとそこで生きていけ」


彼の声は冷たくて、そして視線を前の男に向けた。

「いい加減にな。そうしないと、どうなるかわかっているだろう」


男は何度も頷きながら、梨花の手首を掴んだ。

「帰ろう。俺がちゃんと面倒見るから」


たとえ殴らなくても、彼のやり方は十分に人を苦しめるものだ。


何より、彼はとても醜く、年老いている。

そして、彼女はまるで花のように美しい。


梨花は必死で抵抗しながら叫んだ。


「御門宗一! どうしてこんなことをするの!?

 私をずっと守るって言ったじゃない!私が一番大切な人だって!


 ……お兄ちゃん……ごめんなさい……お兄ちゃん……」


彼女の泣き叫ぶ声は徐々に遠ざかり、宗一はそのまま部屋に向かって歩き続けた。


部屋の中で、彼は梨花に関する全ての物を燃やした。


写真、贈り物、彼女が子供の頃に描いた絵……炎がそれらを呑み込み、灰となって空中に舞う。


今後ここに残るべきは、朱音の痕跡だけ。

しかし、家中を見渡して気づいたことがあった――朱音のものは何一つとして残されていなかった。


一つも、だ。


御門宗一は部屋の中央に膝をつき、ふと笑い声を漏らした。


大丈夫。

彼女を必ず取り戻す。


――親の病気は、やはり嘘だった。


「朱音は?」母が外を見ながら尋ねた。「一緒に帰ると言ってたのに」


御門宗一は少し黙ってから答えた。「……離婚した」


リビングが一瞬で静まり返る。

父は立ち上がり、驚いた顔で言った。「何だと?」


「私が悪かった」宗一はこの二年間の全てを話し、梨花のことから自分の覚醒まで全てを打ち明けた。


母は涙を浮かべながら言った。

「あの子……あの子、いつも帰るたびに笑って『元気だよ』って言ってたのに……

 料理を作ってくれたし、父さんのためにお守りを刺繍してくれた。使いっぱしりの家政婦まで面倒見てくれて……」


父は怒りに震えながら、お茶を叩きつけた。

「馬鹿野郎! 今すぐドイツに行け! どんな手を使ってでも、膝を突いてでも、彼女を取り戻してこい!」


宗一は静かに頷いた。「もう明日のチケットを手配した。だが、今日はもう一つやるべきことがあります」


深夜、部屋の灯りが煌々と灯っている。

宗一は机の前で身をかがめ、筆を持って手紙の上に走らせた。


【朱音、今日、家を一通り見回して気づいたんだ。ここ六年間、君に与えた場所が本当に少なすぎた。すまない】

【君はいつも私に『お茶好きすぎ』と言っていたけれど、実は君が入れてくれるお茶には、陽だまりのような温かさがあるから好きだったんだ】

【赤いドレスを着た君が一番美しい。だけど、俺はそれを見てしまうと、我慢できなくなるから見ないようにしている】



朝が来るころ、一箱の手紙がようやく書き終わった。

宗一はその手紙を手に、ドイツ行きの飛行機に乗り込んだ。無意識に指先で結婚指輪をなぞった。


今度は、彼が彼女を追いかける番だ。

どんなに時間がかかっても。


ドイツの別荘に到着した宗一は、空っぽのリビングを見て立ち尽くした。


家政婦が告げた。

「朱音様、もう出発されました――今日は久我様の誕生日パーティーで、川沿いのガーデンでお祝いがあるそうです」


車を急加速し、宗一はハンドルをしっかり握りしめた。

その箱の中の手紙は、静かに助手席に横たわり、まるで遅れた懺悔のようだった。


ガーデンには明かりがともっており、宗一が庭に足を踏み入れると、突然大きな歓声が響いた。


人々を掻き分けると、目に飛び込んできたのは――その光景に、宗一の血が凍るような思いがした。

「皆さん、今日は僕の誕生日パーティーに来てくださり、ありがとうございます」と久我惟成はシャンパンを掲げ、突然膝をついた。


「でも今日は、もう一つの宝物を奪いたいと思います」


会場がどよめき、彼は青いベルベットの指輪の箱を取り出した。

「朱音ちゃん、俺は10年前から、ずっとこうしたかった」


朱音は口を覆い、涙が頬を伝った。

「君はレヒ川の夕日が好きだと言ったから、その一番美しい夕日が見える土地を全部買った。

 君は自分が特別でないことを気にしていたけど、この10年間、俺の連絡先帳には君だけが唯一の異性だった。


 この10年間、俺は君が他の人を愛し、君の痛みを見てきた。

 でも今、俺にチャンスをくれないか? 君の傷を癒すために」


惟成は朱音の涙を優しく拭った。


「チャンスをくれ。余生をかけて、君に――

 愛されることは、卑屈になって求めるものではないと、証明させてくれ」


ゲストたちは騒ぎ始め、朱音は横に座る尚人に視線を向けた。


「いいんじゃね?」と尚人は微笑んで妹の頭を撫でた。

「お兄ちゃんがちゃんと確認したから、彼なら君を幸せにさせられる」


指輪が朱音の指に差し込まれようとしたその時、宗一はついに駆け出した。

「待ってくれ!」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?