御門梨花はその場に固まった。「……え?」
「もう嫁に行ったんだろ? なら、ちゃんとそこで生きていけ」
彼の声は冷たくて、そして視線を前の男に向けた。
「いい加減にな。そうしないと、どうなるかわかっているだろう」
男は何度も頷きながら、梨花の手首を掴んだ。
「帰ろう。俺がちゃんと面倒見るから」
たとえ殴らなくても、彼のやり方は十分に人を苦しめるものだ。
何より、彼はとても醜く、年老いている。
そして、彼女はまるで花のように美しい。
梨花は必死で抵抗しながら叫んだ。
「御門宗一! どうしてこんなことをするの!?
私をずっと守るって言ったじゃない!私が一番大切な人だって!
……お兄ちゃん……ごめんなさい……お兄ちゃん……」
彼女の泣き叫ぶ声は徐々に遠ざかり、宗一はそのまま部屋に向かって歩き続けた。
部屋の中で、彼は梨花に関する全ての物を燃やした。
写真、贈り物、彼女が子供の頃に描いた絵……炎がそれらを呑み込み、灰となって空中に舞う。
今後ここに残るべきは、朱音の痕跡だけ。
しかし、家中を見渡して気づいたことがあった――朱音のものは何一つとして残されていなかった。
一つも、だ。
御門宗一は部屋の中央に膝をつき、ふと笑い声を漏らした。
大丈夫。
彼女を必ず取り戻す。
――親の病気は、やはり嘘だった。
「朱音は?」母が外を見ながら尋ねた。「一緒に帰ると言ってたのに」
御門宗一は少し黙ってから答えた。「……離婚した」
リビングが一瞬で静まり返る。
父は立ち上がり、驚いた顔で言った。「何だと?」
「私が悪かった」宗一はこの二年間の全てを話し、梨花のことから自分の覚醒まで全てを打ち明けた。
母は涙を浮かべながら言った。
「あの子……あの子、いつも帰るたびに笑って『元気だよ』って言ってたのに……
料理を作ってくれたし、父さんのためにお守りを刺繍してくれた。使いっぱしりの家政婦まで面倒見てくれて……」
父は怒りに震えながら、お茶を叩きつけた。
「馬鹿野郎! 今すぐドイツに行け! どんな手を使ってでも、膝を突いてでも、彼女を取り戻してこい!」
宗一は静かに頷いた。「もう明日のチケットを手配した。だが、今日はもう一つやるべきことがあります」
深夜、部屋の灯りが煌々と灯っている。
宗一は机の前で身をかがめ、筆を持って手紙の上に走らせた。
【朱音、今日、家を一通り見回して気づいたんだ。ここ六年間、君に与えた場所が本当に少なすぎた。すまない】
【君はいつも私に『お茶好きすぎ』と言っていたけれど、実は君が入れてくれるお茶には、陽だまりのような温かさがあるから好きだったんだ】
【赤いドレスを着た君が一番美しい。だけど、俺はそれを見てしまうと、我慢できなくなるから見ないようにしている】
*
朝が来るころ、一箱の手紙がようやく書き終わった。
宗一はその手紙を手に、ドイツ行きの飛行機に乗り込んだ。無意識に指先で結婚指輪をなぞった。
今度は、彼が彼女を追いかける番だ。
どんなに時間がかかっても。
ドイツの別荘に到着した宗一は、空っぽのリビングを見て立ち尽くした。
家政婦が告げた。
「朱音様、もう出発されました――今日は久我様の誕生日パーティーで、川沿いのガーデンでお祝いがあるそうです」
車を急加速し、宗一はハンドルをしっかり握りしめた。
その箱の中の手紙は、静かに助手席に横たわり、まるで遅れた懺悔のようだった。
ガーデンには明かりがともっており、宗一が庭に足を踏み入れると、突然大きな歓声が響いた。
人々を掻き分けると、目に飛び込んできたのは――その光景に、宗一の血が凍るような思いがした。
「皆さん、今日は僕の誕生日パーティーに来てくださり、ありがとうございます」と久我惟成はシャンパンを掲げ、突然膝をついた。
「でも今日は、もう一つの宝物を奪いたいと思います」
会場がどよめき、彼は青いベルベットの指輪の箱を取り出した。
「朱音ちゃん、俺は10年前から、ずっとこうしたかった」
朱音は口を覆い、涙が頬を伝った。
「君はレヒ川の夕日が好きだと言ったから、その一番美しい夕日が見える土地を全部買った。
君は自分が特別でないことを気にしていたけど、この10年間、俺の連絡先帳には君だけが唯一の異性だった。
この10年間、俺は君が他の人を愛し、君の痛みを見てきた。
でも今、俺にチャンスをくれないか? 君の傷を癒すために」
惟成は朱音の涙を優しく拭った。
「チャンスをくれ。余生をかけて、君に――
愛されることは、卑屈になって求めるものではないと、証明させてくれ」
ゲストたちは騒ぎ始め、朱音は横に座る尚人に視線を向けた。
「いいんじゃね?」と尚人は微笑んで妹の頭を撫でた。
「お兄ちゃんがちゃんと確認したから、彼なら君を幸せにさせられる」
指輪が朱音の指に差し込まれようとしたその時、宗一はついに駆け出した。
「待ってくれ!」