『ナーハルテ公爵令嬢、聖女候補セレン‐コバルトに対する平民差別行為とはなんたる愚劣なる行いであることよ! よって、この第三王子ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミとの婚約破棄を……』
なぜか、いつも同じ夢。
それは、嬉しい、とても、嬉しい。
けれど、同時に。
なんでだろう、とも思うのだ。
スマホの歩数アプリゲームとか、シミュレーションゲームを少しだけ、くらいのゲーム歴とも呼べないくらいのゲーム経験者であるまとい。
そんな彼女が、生まれて初めてきちんと好きになり、真剣に攻略をしたゲーム。
それは、乙女ゲーム『
その夢は、いつも同じ場面、同じ内容なのである。
夢の始まりは、クライマックス直前の、年度末の王立学院祝賀ダンスパーティー。
女王陛下や王配殿下がおこしになる卒業記念パーティーではなく、二年次の年度終了を祝うもの。
だからといって、先のような断罪からの一方的な婚約破棄をしていい状況ではない場で、婚約破棄を行おうとする第三王子。
そもそも、王家と公爵家の婚約破棄などは軽々にしてよいものではないが、そこは、それ。悪役令嬢もののテンプレのようでは、ある。
だが、テンプレの雰囲気なのは第三王子だけなのだ。
主人公、聖女候補のセレン-コバルトは困惑しているし、それ以上に、断罪されるはずの公爵令嬢ナーハルテ様。こちらがまた、たいへんに凛々しくお美しい。
素敵……。と、この夢を初めて見たとき、まといは、歓喜した。
正しくは、今もとても喜んでいる。
さらに、その周囲を同様に美麗な淑女達が囲んでいる。
観客となった学院生たちも、心中でなナーハルテ様側に立っていた。
あたかも、断罪されるべきは第三王子である、というように。
ところで……公爵令嬢ナーハルテ様は実際は筆頭公爵令嬢であられるのに。
なぜ、この断罪シーンだけは公爵令嬢呼びなのか。実は、この呼び方は、ゲームの断罪劇場でも同じだった。
まといも、気にはしていた。
実際、詳しい考察スレや攻略サイトでも分からなかったのだが。
とりあえず、
要するに、そういう攻略対象者なのだから。
それはさておき、麗しの筆頭公爵令嬢にして法務大臣ご令嬢。
その御方の周囲を囲む華たちは騎士団団長令嬢などなど……それぞれがコヨミ王国の重鎮方のご令嬢方である。
対する王子側は、そういう、な面々。
継承順位最下位の第三王子を中心にして、一応、こちらにも囲む者たちはいるものの、騎士団副団長令息以下略……。
つまり、筆頭公爵令嬢ナーハルテ様を囲む皆様方より後ろ盾や実力などなど、そのすべてが下であることは否めないのだ。
そもそも、第三王子を含めて全員がご実家がお願いして婚約を結んでもらった立場である。
よって、できることなら、悪役令嬢の皆様方と恋をしたくなること請け合いというわけ。
ようするに、この乙女ゲーム、変わっているのだ。
また、婚約者ありの攻略対象者とつい仲よくしてしまうヒロインの聖女候補、セレン-コバルト。
聖なる魔力保持者たる聖女候補とはいえ、伝説の聖女様とは異なり、あくまでも立場は平民である。
そのため、立場上なにもできないという酌量の余地があり、聖女候補がこの場で何もできないことについては、やむを得ない面もある。
シナリオとして断罪劇場が起きてしまうのは已むなし、と、聖女候補ちゃんは悪くないよ、仕方ないんじゃない? という意見も一定のユーザーからは出ているほどだ。 まといもこちら側だ。
しかしながら、攻略対象がだいたいが外見以外はまぬけ、というわけで。
そうでない攻略対象もいるにはいる。だが、かわいい系で、実は婚約者様のことが大好きなのに気付いてもらえない、かわいい上にかわいそう系と、やはり、かなり変わった乙女ゲームなのである。
だが、しかし。
婚約者様方。つまりは悪役令嬢様方が皆さん、素敵! なのだ。
まといもそこが気に入っていた。明言できる。
正直、攻略対象者にはまといはあまり興味がない。
『悪役令嬢ちゃんたちがよくてさあ、こよみん、ナーハルテちゃんとか、どう? あとね、舞台、コヨミ王国って言うんだよ、コヨミと暦!』
暦だから、こよみん。コヨミ王国と、暦。
そう言ってゲームを勧めてくれた職場の上司にはいまでも大感謝、なまといなのである。
『悪役令嬢もといイケメン令嬢じゃないの? いっそのこと、イケメン令嬢様たちとの乙女ゲーム? にしてくれてもいいのに!』
実際に、発売後にこの乙女ゲームが話題になったあと、ゲーム会社にはそういった要望が相次いだらしい。
結果、追加ディスク、ダウンロード版などで、学院卒業後に皆様方が女王陛下やご当主、騎士団初の女性騎士団長などになるといったサクセスストーリー編が発売されたほどなのだ。
最近発売された豪華設定資料集付き特装版などは、サクセスストーリー編+キャラテーマソング+アクリルスタンドなどなどが付属した、パッケージからして悪役令嬢様推しの仕様であった。
もちろん、まといは予約して購入した。
ファンからの愛称は、イケメン悪役令嬢様。または略してイケ令嬢様。
ちなみに、まといが一番惚れ込んだのはこの筆頭公爵令嬢様である。
聡明にして美しく、お心ばえも最高のナーハルテ・フォン・プラティウム様。
そして、この夢。
ここからの展開も、いつも同じ。
初回リリース版では一応普通に展開するがあまりひどいことにはならない断罪劇場。それでも、婚約破棄宣言は行われるのだ。
しかしながら、この夢は。
先ほどまでは、すわ、断罪劇場か? としていた第三王子がなぜか、こんな台詞を言い出すのである。
「婚約破棄……するわけないでしょう! 見なさい、ナーハルテ様のこの美しさ! プラチナ色の
すると、きまって、周囲がざわつく。
『あの阿呆…じゃなかった、第三王子がまともだ……』
『ナーハルテ筆頭公爵令嬢の足下にも及ばないどころか王族なのに選抜クラスはおろか普通クラス……な、ある意味伝説の王子なのに……』
などなど。
ここで、いつもまといはツッコむ。
『皆さん、聞こえてますよ。貴族階級だったり優秀な平民さんだったりするのにいいんですか? 本音漏らして。まあ全部本当のことだけれどね!』と。
「王子殿下、恐れながら」
すると、続いて、ナーハルテ様の親友のご令嬢、騎士団団長ゴールド公爵の愛娘殿、別名冷徹筋肉様、ライオネア・フォン・ゴールド様が挙手をされるのだ。
脳筋とは対極の賢く美々しい筋肉女子。
ちなみに、外見もいろいろも、もちろん中身も、学院最強のイケメンである。
愛用の扇は、なんと、およそ30キログラム。単位やいろいろが分かりやすいのは、王国の初代国王陛下が異世界に転生された日本人であるためであるらしい。
ライオネア様はそんな重い扇を羽のように操るのだから、本当に敵に回したくない方。
なお、聖女候補の推し様はこの方であるというのがゲーム会社の公式情報だ。
ナーハルテ様とライオネア様の友誼も大好きなまといは、見所がある、と聖女候補
平民の少女が貴族の多く所属する学院に編入などしたら、そりゃあ苦労があるだろう、とも思うのだ。同情できる要素が多い。
まといの仕事は出身大学の准教授秘書なのである。
さらに、まといの夢は、続く。
なぜか、まともになった第三王子が合図をする。
そして、優雅に礼をして、ライオネア様が語る。
このあとは、要するにナーハルテ様をのぞいたご友人たち、第三王子以外の残りのイケメン令嬢の皆さんが攻略対象たちをまとめて絞めてとっちめるのだという。
大賛成、とまともな第三王子は拍手。
そして、圧巻のナーハルテ様との華麗なるダンスシーン。
このあとは、とっちめ対象というよりはお目付役となった聖女候補ちゃんは残り一年の学院生活で聖女候補として真面目に励むのである。
めでたし、めでたし。
ああ、楽しいなあ、美しいなあ。
エンディングテーマは流れないが、素晴らしい。
もちろん、第三王子がまともになる以降の展開は、まといの想像、幻である。
少なくとも、まといはそう思っている。
なぜなら、追加ディスクなどでも断罪劇場(のようなもの)は起きてしまうのだから。
ただ、追加ディスクなどではそのあと、つまりはイケ令嬢様方の華麗なる未来がきらきらしいので、ゲーム愛好家としては満足、なのだ。
そう。
この夢は、断罪劇場もなければいいのに。というまといの夢の可視化。
こうなったらいいなあ、なのである。
ただ、悪役令嬢断罪系乙女ゲームのテンプレート。それもまた様式美ではあること。
まといも、それは知っているのだ。
それでも、この夢は、嬉しい。
だけど、なんでこう何回も?
そして。
麗しのナーハルテ様との、距離。
これが。
ものすごく、近いのだ。
そして、そのデザイン。
据え置きゲームの画面の美しいキャラ造形よりも美しい、そう、生身のナーハルテ様。
お声も、イケボイス、美ボイスの声優さんたちのそれとまた異なる気がするのだ。
なんというか、生身のお姿、お声のようで。
さらに、まといは、思う。
私はいったい誰になって、この夢の『キミミチ』の中にいるのだろう、と。
断罪劇場から一転して、
そして。
『コヨミの末裔よ。しばし待たれい。いずれ、其方を迎えに……』
エンディングテーマの代わりのような。
この、素晴らしい渋イケボ。
これで、夢はおしまい。
渋イケボ。
いったい、どのキャラクターなのかな。
コヨミの末裔。
コヨミ王国だもんね。
初代国王陛下、コヨミ様。日本から異世界に転生したお方。
コヨミ、暦。
珍しい名字といえばそうだけど、まさかね。
そんなふうに、また明日の朝は同居する姉、さとりに「あの夢を見たよ」と言うのだろう。
そう思って、まといはまた、眠るのだった。