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第25話 コノハ=シロガネ

 気づいたら、俺はシャボン玉に包まれプカプカと浮かんでいた。


「「イロハ君!」」

「イロハさん!」


 3人の声が聞こえる。

 俺はシャボン玉の中で態勢を変え、声の方を向いた。


「みんな、無事だったか!」

「ちょおっ!?」

「待ってくださいイロハさん! こっち向いちゃダメです!」


 なぜか女子2人が顔を赤くして顔を背けた。

 シャボン玉が地につき、割れ、地上に降り立つ。


「お、おい。なんで目をそらす?」

「……イロハ君~。自分の恰好見てみな~」


 アランの言葉に従い、体に視線を落とす。


――全裸だった。


 一切フィルターのない、生まれたままの姿だ。


「うわっ!? なんで全裸なんだ俺!?」

「君に錬金術をかけるためには服とかは邪魔だったからね」

「錬金術? 俺、いま錬金術をかけられたのか?」


 そういや、特急錬成を受けた時に似た感覚だったな。

 つか、なんか――懐かしい感じがする。


「君が失った血液とか細胞を錬金術で一気に体に組み込んだんだよ。さすがはホムンクルス研究の第一人者、人の体に関しては詳しいみたいだね」


 そう言ってアランはある人物に視線を送る。

 真っ黒の髪、真っ暗な瞳。

 白衣を着崩した三十路ほどの男性……その顔は、どこか爺さんに似ている。

 男の隣にはメイド服を着た、ツインテールの女性もいる。


「コノハ、シロガネか……?」

「気安く呼ぶな。気安く見るな。その眼は心底腹が立つ……」


 なんで懐かしく感じたかわかった気がした。

 この部屋、この空間の匂いは、爺さんの匂いに似ているんだ。

 きっと、それは目の前の男が爺さんの息子だからだろう。

 俺とは違って、正真正銘爺さんと血のつながった子供だ。


「ほら、君の服。ヴィヴィさんが合成術で修復してくれたんだよ」


 アランが服を渡してくる。たしかに、トレントの攻撃を受けて破れた箇所が修復している。


「サンキュー、ヴィヴィ」

「いいから早く服を着てくれ……」


 さすがのヴィヴィも全裸男子を前にすれば赤面するんだな……そういう性的な部分は無頓着だと思ってた。

 俺が服を着ると、ようやく女子2人が俺の方を向いた。


「無事で本当に良かったです! イロハさん!」

「体のどこも痛くない……」


 凄い。これが爺さんの息子の錬金術。


「ラビィ。こいつらを追い出せ」


 男――コノハ先生が言うと、ツインテールの女性は「了解しました。ご主人様」と俺たちに近づいてくる。


「待ってくださいコノハ先生。私たちはあなたに話があってここまで来ました」


 ヴィヴィが前に出て言う。ラビィと呼ばれたツインテールの女性は動きを止め、コノハ先生の方を見る。


「俺はお前らに話などない」


 問答無用で俺たちを追い出そうとするコノハ先生。


「ここに居る彼は、あなたの義弟にあたる人物ですよ」


 ヴィヴィは交渉の手札として俺を切った。だが、


「イロハ=シロガネだろう? 校長から話は聞いている。親父の養子だとな。俺は親父が大嫌いでな、その養子であるお前には不快感しかない。しかも……お前の眼は親父に似ている。とことん気に食わん」


 ジョシュア先生が言ってた通りだ。俺に対し、敵意しか見えない。言葉も、目つきも。


「しかし……さっき興味深い名を聞いた」


 コノハ先生はヴィヴィに目を向けた。


「そこの女、ヴィヴィと呼ばれていたな? ニコラス賞最年少受賞者のヴィヴィ=ロス=グランデだな?」

「は、はい」

「コンバートポーション、見事だった。ニコラス賞を取るのも当然だ」


 突然の称賛にヴィヴィは少々驚いている様子だ。


「……ありがとうございます」


 俺のことは嫌いだが、ヴィヴィは嫌いじゃないみたいだな。


「お前には興味がある。話ぐらいは聞いてやる」


 お言葉に甘えて、ヴィヴィが話を切り出した。


「私はこれからファクトリーを作ろうと思っています。コノハ先生にはその顧問になってほしいのです」

「手土産もなしに俺がその話を受けるとでも? 代償はなにを払う?」

「……先生の研究を手伝うというのはどうでしょうか。僭越せんえつながら、私はそれなりの腕はあると思っています。助手ぐらいなら務まるかと」

「生憎、助手の手は足りている」


 コノハ先生は一瞬ラビィという女性に視線を送り、すぐにまたヴィヴィに視線を戻す。


「それに――驕るなよ。あくまでガキの中では優秀というだけであって、錬金術師全体で見ればお前はまだまだ力不足だ。お前に俺の助手は務まらん」


 ヴィヴィは開きかけた口を閉じた。

 ヴィヴィの視線がこの研究所にある多種多様な薬品やアイテムを追う。恐らく、ヴィヴィにとってもここにある錬成物は格が違ったのだろう。自分なら務まります、とは言えないようだ。


「そもそもの話、ファクトリーの規定人数である4人を集められるのか?」

「それは……」


 名が知れているとはいえ、ヴィヴィはまだ一年生。まだ学校に入ったばかりの新入生だ。新入生の作るファクトリーに入りたい新入生がはたしているだろうか。右も左もわからない今の段階で、同じ新入生に手綱を握らせるのは嫌だろうな、普通に。

 ヴィヴィは友達もいないみたいだし、確実に4人、ヴィヴィを抜いて3人集められる、とは言えないだろうな。


「論外だな――」

「ここに居ます!」


 ここまで口を閉ざしていたフラムが前に出る。


「フラム君……?」

「ここに居る4人がファクトリーのメンバーです!」

「え……?」


 ちょっと待てフラム。なにを突然……、


「そうそう。僕たちがメンバーですよ。ねっ! イロハ君」


 アランが珍しく馴れ馴れしい感じで俺に肩を組んで言った。コイツは前に、全員同じファクトリーがいい、って言っていたから、フラムの案に乗ったんだろうな。

 フラムは憧れのヴィヴィのため、とりあえず行動したって感じか。他人を巻き込んだことを悔いたのか、申し訳なさそうな顔で俺を見る。


 仕方ないな……。


「そうです。俺たちがメンバーです」


 俺が口を開くと、コノハ先生は眉をひそめた。


「君たち……」


 ヴィヴィは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに表情を引き締める。


「この通り、メンバーは揃っています」

「ほう? それで、お前らはなにを目的にファクトリーを作るつもりだ?」


 全員がヴィヴィに視線を集める。


「お金儲けです」


 ヴィヴィは堂々と言い放った。


「金儲け……だと?」


 ヴィヴィのあまりに直球な返答に、コノハ先生も戸惑い気味だ。


「内容で言うと、ゼネラルストア……つまり、何でも屋を作ろうと思っています。ジャンルに依らず、多種類の物品を町の人や生徒、先生方に売ります。そしてその利益の2割を、コノハ先生に献上することを約束しましょう」


 恐らく、ヴィヴィはジョシュア先生に『賢者の石を目指す』というコンセプトを否定されてから、ずっと新たなコンセプトを考えていたのだろう。本命である賢者の石の錬成、その隠れ蓑として思いついたのがゼネラルストアか。


 うん、悪くない手だ。

 ゼネラルストアならジャンルが寄らないから、爺さんの手記にある多様な錬成物を造っていても誤魔化しやすい。


「それは……面白そうですねっ! ヴィヴィさん!」

「メンバーの癖に、まるで今はじめてコンセプトを聞いたかのような反応だな」

「あっ……いや、えっと」

「まぁいい。ふむ……良い所を突いてくる。研究費用は多いに越したことはない……だが、本当にお前らが店を開き、収入を確保できるか疑問が残るな」


 ヴィヴィは苦い顔をする。


「なぜこれまでゼネラルストアを開くファクトリーがなかったか、わからんわけでもないだろう? ランティスには様々の分野に特化したファクトリーが存在する。ポーション、空挺、義肢、武具、料理、建築、その他多数。たとえばお前らの店でポーションを売るとして、他にポーションの専門店があるのに果たしてお前らの店でポーションを買う者はいるだろうか? ゼネラルストアを開くことは、つまるところ現存するファクトリーのほとんどに喧嘩を売るに等しい」


 言いたいことはわかる。

 たとえばジョシュア先生のモデルファクトリーだ。ウチで義肢を作ったとして、あの数々の義肢を超えるクオリティは絶対に出せない。そうなれば、義肢を求める人間はあちらに流れる。


 しかしゼネラルストアには大きな強みがある。それは1店舗で全て揃えられるところ。めんどくさがりの人間でなくとも、あちこちの店舗に足を運び、道具を揃えるのは面倒だ。需要は無くはない。


 だがここでも二つ問題がある。一つ目はここが錬金術師の街ということだ。ある程度の物は自分で作れる者が大多数である。二つ目はファクトリーの数がかなり多いこと。住宅街を除いた通りは大体店が詰まっている。そう長い距離を歩かなくとも生活必需品を集められてしまう。

 ただ便利……というだけでは客は集まらないだろうな。


「ヴィヴィとフラムが水着で接客すれば、客は集まると思う――ごはっ!!」


 空気にそぐわぬ発言をした俺の鳩尾に、ヴィヴィの肘鉄が炸裂する。体力ない癖に、弱点を的確に打つ技術はもってやがるぜコイツ。


「……なにか一つ、オンリーワンの品があれば……」

「そうだな。一つ看板商品があれば、成立するかもしれない」


 コノハ先生は部屋の本棚から、一冊の本を出し、ヴィヴィに見せる。


「この本の120ページを見てみろ」


 ヴィヴィは本を受け取り、ページをめくった。

 ヴィヴィの元に俺たちは近寄り、一緒にそのページを見る。


「“オーロラフルーツの種”?」


 いつもの如く、聞いたことのない名前だ。

 俺だけじゃなくてフラムとアランも知らない様子。しかしヴィヴィは思い当たる節があるようだ。


「オーロラフルーツ。たしか、“グレイパロス”という砂漠地帯で夜にのみ採れる果実だったはず」

「そうだ。その果汁で作ったジュースは実に甘く美味であり、口に入れてから喉を通るまでに3度味が変わると言う。滋養強壮の効果もあり、これを飲めば眠気が吹き飛び活力に満ちるそうだ。その本に載っているのはオーロラフルーツの種のレプリカ、その素材と錬成方法だ」


 レプリカ……つまりは複製品だ。


「これを錬成し、種から木に育て上げ、オーロラフルーツの実を量産できればその実で作ったジュースを看板商品にできるだろう。ま、レプリカゆえ実際のオーロラフルーツに比べて味や効果は数段落ちるが、それでも十分なはずだ。そして、オーロラフルーツの種を作れるぐらいの腕があるのなら、他の錬成物も期待ができる」


 なるほど。これはコノハ先生から俺たちへの――


「課題だ。今日からファクトリーの入団期間の終わりまでにこのオーロラフルーツの種のレプリカを錬成してみろ。それができたのなら、お前らのファクトリーの顧問になってやる」

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