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第34話 シャインアクア③

「そうと決まれば早く動こう。夜が明けたら樹海の監視が厳しくなる」

「いーや、待った。そのままの姿で外に出るつもりか?」

「いけない?」

「危険だろ」


 23時以降、生徒は外出禁止だ。

 現時刻は23時40分。外出してはいけない時間帯。当然、城下町には先生の見回りはあるし、城下町に住む人たちの目もある。

 俺もヴィヴィも制服は着ていない、私服だ。でも顔はそのままだから、見られたらすぐに生徒だとバレる。


「お前の顔は多くの人間に認知されている。その顔を晒して行くのはどうかと思うぞ」

「でも変に仮面でも被ったら、それこそ目立つだろう」

「――俺に考えがある」


 俺は背中から虹の筆を抜く。


「……なにをするつもりかな?」

「化粧」

「ほう……いやまさか、本気かい?」


 ヴィヴィは俺がやろうとしていることを全部理解したようだ。頭を抱えている。


「まさか……虹の筆で私の顔を塗りたくるつもりか?」

「お前だけじゃない。俺の顔もメイクする。普通のメイクじゃなくて、特殊メイクみたいなものだ。顔つきを丸々変える。あとその赤と青の髪も目立つから黒に染めるぞ――ほれ、早く座れ」


 ヴィヴィもこれが最適解だと思ったのだろう。諦めて座り、目を瞑る。

 虹の筆で、ヴィヴィの口元に触れる。


「――んっ! ……ふふっ。あっ!」

「おい、変な声出すな。手元が狂う」

「し、仕方がないだろう! 私は人より感覚が敏感で――みゃっ!?」


 それから10分でヴィヴィのメイクを終わらせ、さらに10分かけて髪を黒色に染める。

 俺の顔も10分くらいでメイクして、準備完了。

 俺とヴィヴィは互いに顔を合わせる。


「……なんて言うか、大人っぽくなったね。ダンディー、って言うのかな? ちょっとコノハ先生に似てる」


 『コノハ先生に似てる』……か、あまり嬉しい言葉ではないな。


「そういう風にメイクしたからな。お前も、色気がいつもの3倍増しだぞ」

「さっき鏡で見て驚いた。君、錬金術師じゃなくてメイク師を目指した方がいいんじゃない?」

「『モナリザ』を造った後なら、それもいいかもな」


 町に出る。

 深夜だけあって、人の数は少ない。もちろん、生徒は一切いない。

 俺たちは城下町の大人のフリをして歩いていく。

 ヴィヴィが鼻をピクリと動かした。


「……見回りの先生だ」


 石階段に足を掛けたところで、階段の先から下りてくる男性教員に気づいた。胸に教員であることを示すバッチが付いてるから間違いない。

 心臓を冷やしつつ、すれ違う。チラリと目が合った。

 しかし俺の特殊メイクが効いてるみたいで、教師はまったく俺たちに反応を示さなかった。ちょっとばかりヴィヴィの顔をジッと見ていた気がするが、それは多分ヴィヴィが美人だったからだろう。エロジジィめ。


「よし、第一関門突破だな」


 そのまま樹海まで堂々と歩いていく。

 周囲に誰もいないことを確認して、俺とヴィヴィは草陰に飛び込んだ。樹海には整理された道もあるが、そこを使うのは教員と会うリスクがあるためやめておいた。


「……ヴィヴィ、もう一回時間をくれ」


 俺はまた虹の筆を抜く。


「今度はなにをするつもりかな。良い予感はしないけど」

「全身を迷彩色に塗る。この樹海にある草の色と完全な同色にするんだ。樹海も見張りが居てもおかしくないし、動物相手の目くらましにもなるからな。念には念をだ」

「……どこまで」


 ヴィヴィは胸と股間を隠すようなポーズをとった。


「どこまで塗るつもりだい……?」


 質問の意図を理解する。

 そうか、そうだよな。たとえ筆で間接的とはいえ、男に胸や股下を触られるのは年頃の女子にとってはかなり恥ずかしいものだ。

 しかし、状況が状況だ。

 俺が『そんなこと気にしている場合か!』と怒り気味に言えば、押し切れると思う。ヴィヴィは合理的な思考の持ち主だ。


 だがしかし、


「……まぁ、この暗さなら、塗らなくても大丈夫か」


 2人きりで気まずい空気になりたくはない。だからやめておいた。

 足音を気にしつつ、草木をかき分け、樹海を進む。


「さすがに暗すぎるね」

「そうだな……先が見えなくなってきた」

人気ひとけもないし、灯りを点けよう」


 ヴィヴィはライトニングロッドから小さな電光を放出し、辺りを照らす。


「へぇ、そういう使い方もできるんだな」

「電気の汎用性を舐めない方がいい」


 ヴィヴィが先導して歩く。


「この辺は魔物がいないから気楽でいいな」

「魔物はいなくとも動物がいないわけじゃない。熊とか、イノシシとかは居るんだ」

「はいはい、油断せず気を張れってんだろ」

「わかれば宜しい」


 と言っても、夜は他の生物にとっても休憩時間だ。

 何の障害もなく、俺たちは危険指定区域の前までたどり着いた。


「この橋を渡った先が危険指定区域だよ」


 50メートルはある橋、橋の先には金属の両開きドアが道を塞ぐようにある。


「あの扉、鍵付きみたいだけど、まず開いてないよな」

「だろうね」

「どうする?」

「これを使う」


 ヴィヴィはストレージポーチから布を取りだした。

 それはカーペット――風神丸だ。


「風神丸? なんでお前が持ってるんだ?」

「アラン君の敷地に干してあったから拝借した」

「そういうの窃盗って言うんだぜ」

「借りただけだ。操縦は君に任せる」


 俺は風神丸にマナを込め、空に浮かす。

 ヴィヴィが乗り込んだところで、崖の先へ飛び立つ。

 風神丸の上から、崖の下を見る。


――底が見えないほど深い。真っ暗だ。


 俺もヴィヴィも同時に喉を鳴らした。

 ここにきて、自分たちがとてつもなく危険な場所に来ていることに気づいた。

 俺とヴィヴィは危険指定区域の森の中で、風神丸から降りた。

 危険指定区域の森は背が高い。爺さんのアトリエがあった大木林を思い出す。木の数が少なく、月光を遮断する葉も少ないため、見晴らしは良い。


 俺とヴィヴィは言葉を一切発さず、歩き始めた。

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