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スピンオフ:属性の彼女たち side.由貴「壊したくなるほど、大好きです」(00)

 放課後の保健室――

 いつものように、誰よりも早く“布団を温めて”いた由貴は、冷たい指先を胸元で組みながら、小さく鼻歌を口ずさんでいた。


 ♪あした せんぱいが しあわせになるように

 あした せんぱいが あたしを見てくれますように♪


(……見てくれないなら、見せに行けばいい)


 それが、川原由貴という少女の恋のスタイルだった。

 少しだけ押しが強くて、距離の詰め方を知らなくて、感情が“0か100”になってしまう――そんな自覚は、実は彼女の中にもあった。


(でも……好きなんですもん)


 小学校の頃、いじめられていた由貴に差し伸べられた、たったひとつの手。

「できるまで一緒にやろう」

 蒼馬がそう言ってくれた記憶は、今でも心の中に灯りのように残っている。


 ある日。

 廊下で蒼馬とばったり出会った。


「あっ、せんぱいっ♡ こんにちは〜。由貴ちゃんのこと、覚えてますか〜?」


「いや、今朝ホームルームで話しただろうが。今さら記憶の確認すんな」


「だって……由貴がどれだけ“好き好きビーム”出しても、先輩ってぜんぜん効かないんですもん。バリアでも張ってるんですか?」


「むしろ、お前のビームが出力強すぎなんだよ。心が焼けるわ」


「……じゃあ、もっと弱くします?」


「いや、それもなんか寂しい気がする」


「ふふふ……じゃあ、ちょうどいい強さを見つけるまで、“毎日調整”していきますね?」


 冗談めかしてそう言うが、その瞳は本気だった。

 由貴は、笑っている。だがその笑みの奥には、確かな決意と、かすかな怯えがあった。


(いつか、先輩が誰かを“本当に選ぶ日”が来たら……その時、私は)


 そのときどうするか――本当は、自分でも答えが出ていない。

 でも、それでも今は、


(選ばれなくても、“ちゃんと好きだった”って、覚えてもらえたら)


 そう思えるようになったのは、ほんの少しだけ、大人になった証かもしれない。


 帰り道、空に星が浮かび始めたころ。

 由貴は一人、自転車を押して歩きながら、独り言をつぶやいた。


「せんぱい、今日も無事でいてくれてありがとう。明日もまた、“だいすき”って言わせてくださいね」


 風が頬を撫でる。

 それはちょっと冷たくて、でも心にしみるやさしさだった。



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