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第52話 ゾクゾクしちゃった

「サンダルくらいは履いてくるべきだったかな」


 舗装されている道とはいえ、裸足で町中を走っていると、細かい砂利じゃりで足の裏にいくつも擦り傷を作ってしまいそうだ。オレが外に出ていることを、ギリコさんに勘付かれるわけにはいかないので、これは我慢するしかない。

 こういう時こそ飛べたら便利なのにと思い、背中に力を入れてぴこぴこと翼を動かしてみるが、飾り以上の役目を果たしてくれそうにはなかった。


 1kmほど走ると、町の外壁の一部にはめ込むようにした黒い柵が見えてくる。

 領主邸へ繋がる正門だ。

 門の先、さらに50mほど行った所に、落ち着いた雰囲気のある【メイローク】に不釣り合いなほど自己主張の強い豪邸が建っている。


 あるじの性格を知ったから余計にそう思うのか、建物の造りさえも下品に見える。

 質素倹約、何ソレ? な西洋風の派手派手しい建物。

 屋敷というより、まるで城だ。

 町民とは、明らかに違う暮らしをしていますと公言しているようなものなのに、どうして領主として、人心を得られると思えるんだろうか。王様の真似事でもしているのか。自分で自分の首を絞めているアホにしか見えない。


 スミレナさんに抱く感情だって逆恨みでしかない。

 だけど、その感情は狂気の域に達している。

 ミノコが傍にいるなら、最悪の事態になることはないはずだ。

 あいつが領主邸に大人しくついて行ったのは、スミレナさんを守るためだ。


 やっぱりミノコは凄い。不調のオレに代わって出頭しただけじゃなく、出頭した先でもスミレナさんを守っている。牛にしとくのがもったいないイケメンだ。

 牝だからイケメンはおかしいか。女丈夫かな。

 だからと言って、いつまでも守られてばかりいるわけにはいかない。


「オレは、ミノコの相棒なんだから」


 力なら手に入れた。そして使うと決めた。

 どうせなら、オレはこの力を、大切な人たちを守るために使いたい。


 肩で息をしながら領主邸の門前までやって来たが、深夜という時間帯もあって、当然のこと、その門扉は閉ざされている。しかしオレは、門扉の両脇でちらちらと瞬いているかがり火が、人の影を作っていることに気がついた。

 左右に一人ずつ、門兵がいる。


「おお、本当に来やがった」

「トカゲはいないみたいだな」


 その発言から察するに、オレとギリコさんがここへ来るかもしれないと、事前にカストール領主かグンジョーから聞かされているようだ。

 二人とも格好が違うし、ロドリコさんのような正規の守衛という感じもしない。

 鎧の類は着けておらず、ガラの悪さと相まって、コンビニ前なんかにたむろしている不良のようにも見える。カストール領主が個人で作った私兵団ってやつか。


「これ、捕まえちゃっていいんだよな? 危なくないよな?」

「さっき見たでかい動物は要注意だが、サキュバスの娘には戦う力なんて無いはずだって、グンジョーの野郎が言ってやがっただろ」


 警戒していたのも一瞬。左の男の言葉を受け、右の男がへらっと笑った。


「へへ、そうだったな。嬢ちゃん、悪いが説得は無駄だ。捕まえさせてもらうぞ」

「カストール領主の所へ連れて行ってくれるのか?」


 尋ねると、男二人は顔を見合わせていやらしい笑みを作った。


「連れてってやるよ。ただし、先にちょっとつまみ食いさせてもらうけどな」

「まだ幼い顔に似合わず、たまらなくイイ体していやがるな」


 決まりだな。こいつら、私兵団とは名ばかりの、ゴロツキの集まりだ。


「ハナから説得なんてするつもりはない。どけ。オレは今、気が立ってる」

「おほほー、怖い怖い。でも偶然だな。お兄さんたちも勃ちそうだよ」

「俺はもう勃ってるぜ。さっさと捕まえて、そこの柱の影で犯っちまおうや」


 門兵を相手にどけと言って、素直にどくわけないよな。

 真っ直ぐカストール領主の所まで辿り着けたら手っ取り早かったんだけど。

 ……でもまあ、


「お前らみたいなゲスなら、オレもやりやすい」


 オレは左側の男に左手を伸ばし、胸板にそっと触れた。


「なんだ? もしかして、アンタもその気で来たのか? よし、俺から」

「待てよ待てよ。ここは公平に順番を決めようぜ」

「嫌だね。せっかく俺を指名してくれてるんだ。応えるのが男って――」


「【一触即発クイック・ファイア】」


「――うっ」


 くぐもった呻きと一緒に大きく仰け反った左の男が、その場で糸が切れたように崩れ落ちた。白目を剥いており、完全に気を失っている。じわりと、ズボンの股間部分に染みが広がっていった。

 よし。左手でも、ちゃんと魔力を流し込める。


「お、おい、今……何をした?」

「しぼり出してやったんだよ。精気をな」

「ま、まさかそいつ、死んで……」

「こいつはもう、イっている」

「逝ッ!?」

「お前もこうなりたくなかったら、門の格子に背中を向けて跪け。言うとおりにすれば、命だけは助けてやる」


 正面に掌をかざし、いつでも命を奪えるのだというアピールをする。


「くっ」


 抵抗はなかった。オレは気絶した男の腰からベルトを抜き、気丈に振る舞ってはいるが、膝をガクガクと震わせている男の両腕を門の格子にくくりつけた。

 さて。


「な、何をするつもりだ!?」


 とりあえず、オレは動けない男の顔を足で踏んでみた。


「…………え? まさかのご褒美?」


 んなわけないだろ。なんだよ、ご褒美って。

 足からも魔力を流せるのか試したんだよ。

 結果は――流せなかった。魔力の繰り方が上達すれば、できるようになるのかもしれないけど、とにかく今は、手を縛られたりするとまずいってことだな。


「んじゃ」

「ヒィ! や、やめろ! やめろおおお!!」


 足をどけたオレは男の額に手で触れ、魔力を流した。


「ア、アヒイィイイ!?」


 ビリビリと、感電したみたいに男が全身を震わせた。


「……な、なんだ今のは!? か、快感が走り抜けたぞ!?」


 もう一回。


「ン、フゥゥゥウウウ!? ……クハッ……ハァ……な、何が、起こってるんだ!?」


 気絶しない。絶頂もしていない。

 なるほど、把握できた。


 魔力の使用に慣れていないオレは、まだ細かい調節なんてできない。

 今のオレでは、魔力量を超大雑把に変え、【一触即発クイック・ファイア】をせいぜい三段階の強さに分けるのがやっとだ。

 強い順に〈甲〉〈乙〉〈丙〉とする。


〈乙〉は、オレが特に意識せず魔力を流し込んだ時の強さとする。

 この出力なら、さっきの男のように一瞬にして絶頂させ、戦闘不能にすることができる。エリムに使っていたのもこれだ。


 そして今、拘束した男に使っているのは〈丙〉。

 極々微弱な出力だ。魔力を流し込むというより、魔力を肌に触れさせるイメージに近い。これなら絶頂には至らない。――が、大きな快感は与えられる。

 つまり、寸止めだ。


 最後に〈甲〉。これは遠慮無しの最大出力とする。

 使ったことはないし、使ったらどうなるかわからない。下手すれば、精をしぼり尽くして相手を殺してしまうということも考えられる。


「お前に訊きたいことがある」

「く、口を割ると思うのか? ――アヒィィィィイ!?」

「屋敷の中に、私兵は何人いるんだ?」

「い……言えない。契約している以上、雇用主の不利になるようなことを言うわけ――アハァァァアアン!?」

「言え」

「……こ、殺せ! ――ンアッハアアアアアン!?」


 意外にも立派な心構えだ。思ったより職務に忠実じゃないか。

 だけどオレも、スミレナさんがカストール領主の手に落ちている以上、手を抜くわけにはいかないんだよ。


「言うまで寸止めを続ける」

「アァァァァァ!! イィイイイイ!! ウンアアアアアアア!!」


 男は犬のようにだらしなく舌を出し、ぼたぼたと涎を零した。

 まるで、電気椅子にでもかけているかのようだ。

 やっていることは同じか。

 痛覚を攻めるか、快感を攻めるか。どちらも使い方次第で拷問になり得る。


「イイイイクゥゥゥ!! イク!! イグゥゥゥウ!!」

「イカないし、イカせない」


 もしかすると、サキュバスに備わっている特殊な感覚か何かだろうか。

 この程度では絶頂しないという確信がある。


「やめろおおおお!! もう寸止めはやめてくれええええ!! ンホオオオオオ!!」

「だったら言え」

「イイイィ言うワケにはアアアアアアア!!」

「頭がおかしくなってもいいのか」

「アアアアヘアアアァァアア!! ひ、ひと思いにイカせてくれえええええ!!」


 しぶといな。

 オレはそこで一旦、【一触即発クイック・ファイア】〈丙〉を中断した。


「ハァァ……アヒァ……ヒィィ……」


 男の目に安堵の色はない。地獄の苦しみはなおも継続中だ。

 鮮烈に叩きつけられた快感を、頭と身体が覚えてしまった。イってもいないのに途中でやめたことで、かえって絶頂を求める思いは強くなる。男は今、「イキたい」という一心に全身が支配されている。

 足をもぞもぞと交差させたりしているが、十分な刺激を得るには至らない。

 それができないように、両手を縛ったんだ。


「言う気になったか?」

「…………」


 無言。だいぶ揺らいでいるな。


「再開だ」

「アピャアアアアアアア!!」

「そろそろ限界じゃないか?」

「お、お願いひます! イカへてください! もう……我慢できなイヒイイイ!」

「言うか?」

「い、言いまふ……言わへて……いただひ……まふぅ……」

「屋敷の中に、私兵は何人いる?」

「……二……二十人……へんご……だったはと……」

「曖昧だな。はっきりした数字はわからないのか?」


 一言告げる度に、微弱な【一触即発クイック・ファイア】〈丙〉をかけていく。


「ンンンヒィイイイ!! ごご、ごめんなさひ!! わか、わかり……ましぇん!!」

「なら次。侵入者用の罠とかは?」

「ンホホホオオオオ!! そ、いうの、は、あり……マセ……!!」

「私兵団の中に女はいるか?」

「ムヒョホオオオオ!! ……いま、しぇん……。おん、なは……連れて来た、女と……し、使用人メイドが数人……だけ……」


 よかった。男なら物の数にならないけど、女性には特能が効かないからな。

 いやでも、その使用人が向かってきたらどうしよう。勝てる自信がない。


「連れてきた女の人、スミレナさんは屋敷のどこにいる?」

「ンイイイイ!! ……お、おそらふ……領主の私室ひひつ……正面玄関を……ひゃいったすぐにある階段を……一番上まで上っはら……派手な扉が……」

「他に話しておかなきゃいけないことは?」

「ヌヒョオオオ!! あ、あリまセんンン!! もう……イカせて、くださイィイイ!!」

「本当にない?」

「ないですンンッフウゥウ!!」

「本当の本当に?」

「嘘じゃなアアッハアアア!!」

「本当の本当の本当に?」

「アヒャ……ハヒャ……そ、言えば……りょ、領主は……捕えた魔物を……私的に……飼い慣らひて……ペットにひて……いまふ」

「わかった。もういいよ。お疲れ」

「うっ」


 トドメに【一触即発クイック・ファイア】〈乙〉をかけてやった。

 ようやく臨界点を超えることができた男は、耐えに耐えた苦悩の末に得た快感、まさしく幸せの絶頂といった表情で意識を放棄した。


 強烈な有様だった。

 ぴくぴくと痙攣し、汗に涙に鼻水に涎。加えて、地面に広がっていく失禁+α。

 こんな姿を誰かに見られたら……終わるな。社会的に。


 ある程度の情報を引き出したオレは、門をよじ登り、敷地の中に入った。


「ふぅ」


 一仕事終えた息をつきながら、屋敷へと駆け出す。

 しかし、すぐに足取りが弱まり、今度は「はぁ」と重い溜息をついた。


「………………………………汚れちゃった」


 もう綺麗な自分には戻れない。それを思うと、胸に哀愁が押し寄せた。

 でも、大の男が必死な顔で懇願してくる姿を見ていると、なんだか。

 なんだか、ほんのわずか、同時に別の感情も湧き上がってきていた。

 認めたくはないけど、オレはさっき、確かに。


 ――――ゾクゾクしていた。

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