目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第55話 無敵看板娘

「くそっ」


 あんな奴がいたなんて、予想外もいいとこだ。

 さっきの変態との戦いで、大量にあった貯蓄魔力は使い果たした。

 おかげで、熱に浮かされるような症状からは解放されたけど、代わりに、今度は重度の疲労感に襲われている。魔力は貯めすぎても、使いすぎてもダメなのか。

 足が鉛になったみたいに階段を上る一歩一歩が重い。真っ直ぐカストール領主のもとへ向かっているものの、オレにはもう戦える力が残っていない。


「【一触即発クイック・ファイア】……〈乙〉では撃てそうにないな」


 捻りに捻り出して、ぎりぎり〈丙〉一発がいいとこだ。それじゃ敵を倒せない。

 だからと言って、ここで引き返すという選択肢はありえない。


 ――三階に到着。


 廊下が左右に長く伸びており、いくつもの扉が見受けられるが、その中でオレが正面に見据えている扉だけは、重厚で立派な木製の造りになっている。


「この町の領主は、まず〝謙虚〟って言葉から覚えた方がいいな」


 オレは目の前の扉を敵に見立て、思い切り蹴り開いた。

 思ったとおり、そこはカストール領主の部屋だった。

 私室とは思えないほど広い。【オーパブ】の店くらいありそうだ。

 部屋の奥に、カストール領主が顔を覗かせていたバルコニーが見える。

 足下には真っ白な毛皮のカーペットが敷かれ、壁際のガラス棚には高そうな酒瓶がずらりと並んでいる。他にもそこかしこで目につく高級そうな家具。部屋の主の贅沢な暮らしが目に浮かんでくる。


 オレの登場に、カストール領主が目を剥いて驚いている。今頃、一階で嬲り者にされているとでも思っていたんだろう。そしてそれを、嬉々としてスミレナさんに語っていたに違いない。


 スミレナさんは後ろ手に縄で縛られ、カストール領主の足下に転がされていた。

 その扱いを見てカストール領主に殺意を覚えそうになるが、それよりも顔に痣ができていたり、衣服が乱れたりしていないことに、オレは心底安堵した。


「スミレナさん、お待たせしました」

「リーチちゃん、よかった、無事で……」


 あの気丈なスミレナさんが、オレの姿を見て、ぐっと唇を噛んで体の震えを堪えている。そうさせる原因を作ったクソ野郎に、オレは改めて怒りに燃えた。


 部屋の中にいたのは、カストール領主とスミレナさんに加え、一階で倒してきた連中と同じく男の私兵が一人。てっきりグンジョーがいると思ったけど、別人だ。オレが現れたと同時に、カストール領主を庇うようにして前に立った。


 そして部屋の両側には、観賞用か、もしくはペット用かは知らないが、鉄格子の檻が設けられている。馬鹿みたいにでかい。人間か、それ以上のサイズ用だ。

 うち一つには何もいないのか、奥に引っ込んでいるのか、中の様子は不明。

 だけどもう一つ。鉄格子のすぐ傍でどっかりと腰を下ろしているのは、他ならぬミノコだった。くつろいでいると言ってもいいほど落ち着き払った態度は、とても捕われの身だとは思えない。というか、牛に三階まで上らせたのかよ。


「ンモ」


 ――ちゃんと辿り着けたんだな。

 大した心配もしていなかったような口振りでミノコが言った。


「ほ、本当にここまでやって来られるとは思ってもいませんでしたよぉ。いったいどうやったんですかぁ?」

「どうやったも何も、全員倒してきたに決まってるだろうが。アンタもブッ飛ばされたくなかったら、さっさとスミレナさんとミノコを解放しろよ」


 ブラフだ。ブッ飛ばしたいのは山々だけど、今はそれができる状態にない。

 だから何を置いても、まずはスミレナさんを取り戻すことを最優先にする。


「んむむ、これは正直、サキュバスの力を侮っていましたねぇ」


 交渉の余地あり。オレがそう踏んだ直後、カストール領主が、ニヤァ、と生理的嫌悪を催す笑みを浮かべた。


「しかぁし、よぉく見れば、アナタ、ふらふらじゃないですかぁ。立っているのもやっとに見えますよぉ? 相当お疲れなんじゃないですかねぇ?」


 目ざとい野郎だ。


「これはもしかして、わざわざそちらからやられに来てくれたのでしょうかぁ? 魔物退治の専門家から見て、あれをどう思いますぅ?」


 カストール領主が、側近の男に意見を求めた。


「魔力欠乏の症状ですね。あそこまで疲弊しちまうと、たっぷり二十四時間は休息しないと、まともに動ける状態まで回復しませんよ」


 ああ、そうなの……。

 ここでセーブして、二十四時間後に再開ってわけにはいかないよな。

 だったら、ハッタリをかましてでも切り抜けるしかない。

 オレの演技力を、目ん玉かっぽじって、よーく見ろ!


「いやー、ここへ来る前、景気づけに飲んだ一杯が今頃効いてきたかなー。だけど魔力は超みなぎってるなー。これなら、あと百人くらい相手できちゃうかもなー」

「……アナタ、嘘が致命的に下手ですねぇ」


 ソッコーで見破られた!? しかも憐れむような目で!?


「どうやら、ここへ辿り着くまでに力を使い切ってしまったようですねぇ。雇った連中も、それなりの働きをしてくれたということですかぁ」


 いや、連中っていうか、一人で三十人分しぶとい野郎がいたんですけど。

 雇用主であるカストール領主自身も、あの変態のことをよく知らないのか?


「んふふ、これは楽しみが増えましたねぇ」

「あの、カストールさん、俺もどっちかもらっていいですか?」

「構いませんよぉ。アナタにはサキュバスの娘を差し上げます」

「ありがとうございます! やった! 俺、巨乳に目がないんですよ! こいつが部屋に入って来た瞬間、あの胸に一目惚れしたんですわ!」


 女目線だと、今の発言のキモさが一層際立って聞こえる。


「リーチちゃん、アタシのことはいいから逃げなさい!」


 床に伏したまま、スミレナさんが叫んだ。

 驚きはしない。スミレナさんなら、そう言うだろうと思っていたから。

 無力な女だったら、言うとおりにするべきだろうし、そうしただろう。


 でも、すみません。

 オレは無力でも、中身は男なんです。目の前で大切な女性がピンチに陥っているのに、それを見捨てて逃げるなんてできないんです。


 オレが部屋の入り口で動けずにいると、カストール領主がスミレナさんを不愉快そうに睥睨へいげいした。


「わたしが何を言っても無視していたのに、あの娘が現れてから、ずいぶん感情を見せるようになりましたねぇ。そんなに大事ですかぁ? 魔物ですよぉ?」

「大事に決まっているじゃない。というか、魔物魔物って、ザブチ――カストール領主様はそれしか言えないのかしら? 子供でも悪口にはもう少しバリエーションを持たせるわよ。ザブチ――カストール領主様は語彙が貧困でいらっしゃるのね」


 こんな状況でも、スミレナさんの口撃は平常運行だ。

 でもこれは、わざとオレから自分に敵の意識を向けさせているように思える。

 注意を引きつけるから、今のうちに逃げろ。そういうつもりで。


「どうやら、ご自分の置かれている立場がわかっていないようですねぇ」


 ザブチンという名にコンプレックスを持つカストール領主は眉をひくひくさせ、スミレナさんの胸倉を掴み、力任せに体を起こさせた。スミレナさんが、無理やり膝立ちの体勢にさせられてしまう。


「アナタはもっと他に言うべき言葉があるでしょう? 許してくださいとかぁ!? 今まで偉そうな態度を取って申し訳ありませんでしたとかぁ!?」

「そうね。領主さんに、言わなきゃならないことがあったわ」


 怒り心頭だったカストール領主が、わずかに表情を和らげた。

 しかし、それも一瞬のこと。


「今度、お店で新しい商品を出したいんだけど、コーヒーが必要なの。領主さんのところから卸してくださらない? 商い証を発行してくれるのでもいいわよ?」


 ちょ、それって、今言うこと? 余計に煽っているとしか。

 案の定、カストール領主の顔が憤怒に満ちていく。


「アナタという人はどこまで、どこまで、どこまでいってもわたしを馬鹿に……。わたしは、アナタのそういう余裕ぶった態度が気にいらないんですよおおおぉ!!」


 殴ることはしなかったが、カストール領主はスミレナさんのドレスを、胸元からビリビリと縦に引き裂いた。スミレナさんは、反射的に体の前を隠そうとするが、後ろで手を縛られているため、それも叶わない。


「うっふふふ、おやおやおやおやぁ? さすがに恥ずかしいですかぁ? 顔が少し赤くなりましたよぉ? いいですねぇ。その顔が見たかったんですよぉ!!」


 頭が沸騰したみたいに熱くなり、オレは走り出した。

 スミレナさんたちのいる所にではなく、壁際のガラス棚に向かって。

 戦う手段を。酒瓶を割って武器に。


「――そういう行動に出るってことは、魔力が尽きてる証拠だよな」

「ぐあっ!?」


 棚に辿り着くより早く、オレは横合いから腰にしがみつかれるようにして側近の男に押し倒されてしまった。そのまま簡単にマウントを取られてしまう。


「どけっ、邪魔だ!」

「あっちはあっち。こっちはこっちで楽しもうぜ。へへ、すげえ胸だな」


 顔を上げると、スミレナさんもオレと同じように、カストール領主によって床に押さえつけられていた。助けなきゃ。助けないと。


 オレは、自分に襲いかかっている男と目を合わせた。

 欲望で濁りきった目。並の女なら、一生のトラウマになってもおかしくない。

 力では絶対に敵わない。だからオレは、懇願するしかできなかった。


「やめて……ください」

「その表情、その声、いいね、そそるね。こんな上物を前にして、やめられるわけねえだろ。見ろよ。こっちはもう暴発寸前なんだよ」


 男のそれは、ズボン越しにもわかるくらい怒張していた。


「それなら、せめて……」

「あん?」

「せめて、優しく……。痛くは……しないでください」

「きゅ、急にしおらしくなりやがったな」

「初めてなんです……。アナタが、初めての男の人になるんです。だから……」

「うお、お、お、おいおいおい! そんなこと言われたら、めちゃくちゃ興奮するだろうが! ぅあ痛ててて! はちきれそうだぜ!」

「興奮……しましたか?」

「したした! ヤバいくらいしまくった! すぐにでもイっちまいそうだ!」

「そうか。そりゃよかった」


 むんず。

 オレは男の股間に手を伸ばし、ズボンの上から鷲掴みにしてやった。

 男が「あひょ?」と間抜けな声を出した。

 ぐんにょり柔らかい玉袋の感触が最高に気色悪い。オレに男の握力があったら、このまま握り潰して使い物にならなくしてやるものを。


「な、なんだ? 手でシてくれんのか? でもどうせなら、胸で」


 正真正銘、最後のしぼりカスみたいな魔力だ。くれてやるよ。


「【一触即発クイック・ファイア】〈丙〉」

「ゥアッヒイィイイイイイ!?」


 男が、ビクビクンッ! と体を痙攣させるように震わせた。


「か、くか、なん、だ、今の、痺れるような快感は………」


〈丙〉は相手を絶頂させられるような出力じゃない。

 ましてや、気絶させることなんて絶対できない。


 だけど、下準備に性的興奮を高めるだけ高めてやった。

 男が言うように、すぐに、ちょっとの刺激でもイってしまいそうなくらい。

 そんな状態で、ダイレクトに局部へ魔力をぶつけてやった。



 これなら、わずかな魔力であろうと――――絶頂する。



 ところで、最初にやった酔っ払い演技はゼロタイムで見抜かれてしまったのに、今のは完璧に騙されてくれた。なんで? 何が違うの……。


「な、なんか先走って出ちまったが、このとおり、まだまだ元気だぜ。全然興奮が収まらねえんだよ。お前となら、枯れるまでだってやれそうだ。なあ、いいよな? 嫌って言ってもやるぜ」

「枯れるまでか。いいよ、ご希望にお応えしてやる」

「うひょおおお、お前、実は相当エロいな!? 待ってろ、今脱ぐから!」

「脱がなくていい。この一発で打ち止めだから」


 あと、エロくねーから。

 もう変な物に触れる必要は無い。オレは男の左頬に手を添えた。


「お? お? なんだ? ああ、まずは口づけからってことか?」


 こいつは、この場で初めてオレを見たような台詞を吐いた。

 つまり、経験値は未取得だったと考えて間違いない。客として店に来たのを見たことがないから、ほぼ確実だろうとは思っていたけど。


 加えて言うと、屋敷で倒した男からは、門番も含めて全員経験値が入ってきた。

 門番二人、一階で十六人、二階で変態一人、そしてこいつ。

【オーパブ】を出る前に確認したステータスは、レベル7(44/64)だった。

 レベルアップに必要な経験値は20ポイント。そして、絶頂させた数も二十人。



「――【一触即発クイック・ファイア】〈乙〉」



 喘ぐことすら許さない、圧倒的な快感。

「うっ」と小さな呻き声だけを上げ、男は電気ショックを受けたみたいに体を跳ねさせた。そうして、ぐるんと白目を剥いて夢の世界へと昇天していく。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【リーチ・ホールライン】

レベル:8(0/128)

種族:サキュバス

年齢:17

職名:酒場の男限定無敵看板娘

特能:一触即発クイック・ファイア

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 淫魔はレベルアップした瞬間、最大容量に近いだけの魔力が体内に補充される。

 メロリナさんに教わったことだ。

 何気に、職名項目もグレードアップしていた。男限定って……。合ってるけど。


 疲労困憊だった体が嘘みたいに軽くなる。

 完全に底を突いていた魔力が戻ってきた。

 ――魔力の充填完了。


 ダジャレになってしまうので声を大きくはできないが、オレは男に「乙枯れ」と皮肉交じりで労い、粗大ゴミをどかすようにして立ち上がった。

 オレが男を倒した様子を見ていたらしく、カストール領主は唖然としていた。

 そんな間抜け面に、オレはもう言葉を憚ることなく言ってやる。


「その人から離れろ! 次はお前の番だ、チ●カス野郎!!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?