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番外編

番外編 オレとギリコさんと変態ども

 その騒ぎは、間もなく閉店という時間に起こった。


「なんだと!? もう一回言ってみろ!」


 ロドリコさんの声だ。

 彼の怒声と呼応するように、複数の男たちが一斉にイスから立ち上がる。

 店内に緊張が走り、客たちの注目が一つのテーブルに集まった。


 空いたテーブルを片付けていたオレも手を止め、何事だと覗き込むと、そこではテーブル席に一人で座っているリザードマンのギリコさんを、人間のロドリコさんたち数名の男が囲んでいた。一目で穏やかじゃないとわかる。


「どうかしたんですか?」


 物々しい雰囲気を感じたオレは、すぐに仲裁に入って行く。バーカウンターからスミレナさんも出て来ようとしてくれていたが、オレは小さく首を横に振った。

 店の看板を任されているんだ。このくらいの騒ぎ、オレが収めてみせます。


「聞いてくれ、リーチちゃん! 彼はとんでもないホラ吹きだ!」


 ロドリコさんが肩を怒らせて言った。

 ほっほう。

 オレの敬愛するギリコさんをホラ吹き呼ばわりとは、言ってくれるじゃないか。


 ちなみに、オレの中でロドリコさんは、変態ストーカー予備軍として認識されている。心情的に、オレがどちらの肩を持ちたいかは言うまでもない。

 しかし、他の男たちは、ロドリコさんを味方するようにして立ち並んでいる。


「あいや、リーチ殿、なんでもないのであるよ」


 あたふたと、オレをいさかいから遠ざけようとするギリコさんに対し、ズズイと前に出てきたロドリコさんが、バンッ! とテーブルに手を置いた。


「ギリコ氏、リザードマンであるアナタにこんなことを言っても仕方ないかもしれない。それでもやはり、男として許すわけにはいかないんだ」

「ちょっと待ってくださいよ。それって種族差別発言ですか?」


 思わず口を挟んでしまった。

 ――リザードマンは保護指定されていない。

 つまり、人間と対等ではないと公には思われているってことだ。

 だけど、この町――特に【オーパブ】に、そういう格差を持ち込んでもらいたくない。自分が魔物のサキュバスだからとかじゃなく、この店は、そういうしがらみを忘れて楽しんでもらう場所だからだ。


 オレの問いに、ロドリコさんは声と表情に哀愁を帯びさせて言った。


「差別なんかじゃないよ。時には種族の違いを埋められないことだってあるんだ。力の差であったり、食べ物であったりね」


 それらはオレが、転生してきて嫌と言うほど痛感していることだ。

 認めたくないけど、ロドリコさんの言っていることは正論だ。

 だからと言って、それを理由に差別するのを見過ごすわけにはいかない。


「ギリコ氏、この件に関してはどうなんだ?」


 ちらりとオレを一瞥いちべつしたギリコさんが、鋭い爪が伸びた指で頬の鱗を掻いた。


「……リザードマンも、貴君きくんら人間の感性と、さほど変わらないと思われる」

「だったら、なおさらさっきの発言は容認できない!」


 そうだそうだと、後ろの男たちもロドリコさんに賛同を示している。

 話が見えない。ロドリコさんは差別どころか、なんらかのことに関して、人間とリザードマンは同じだと主張しているのか?


「あの、この話の論点はなんなんですか?」

「よすのである! このような野蛮なこと、女人が聞くような話ではない!」

「野蛮なこと? それなら大丈夫ですよ」


 なんせ、心は男だからな。血沸き肉躍る話なら、ぜひお聞かせ願いたい。


「せっかくだ。リーチちゃんにも聞いてもらおうじゃないか」

「貴君、正気か!?」

「もちろん。リーチちゃんも無関係というわけじゃないんだから」

「オレにも関係すること? いったい何をそんなに怒っているんですか?」


 ロドリコさんは神妙な顔をして、ギリコさんを睨み据えたままこれに答えた。


「このギリコ氏が、事もあろうに、一度もリーチちゃんをオカズにして自慰をしたことがないなどと、嘘としか思えないことを言うんだ」

「ギリコさん、カウンター席に移動しましょう。ここにいたら変態がうつります」

「待ってくれ、リーチちゃん! まだ真相は明らかになっていない!」

「イカ臭いんで近寄らないでくれますか」

「これは本当に大事なことなんだ! リーチちゃんを愛する自分たちの存在意義がかかっていると言っても過言じゃないほどに!」


 失敗して不能になってもいいから、この変態に【一触即発クイック・ファイア】〈甲〉をブチかましたくなってきた。むしろ不能になってくれないかな。つーか、後ろの連中もか!?


「そんなことでギリコさんに迷惑をかけないでくださいよ! 本人が否定しているのに、どうやって嘘か真実か確かめようっていうんですか!?」

「――話は聞かせてもらいんした!!」


 ギリコさんと共に、一刻も早く変態どもから離れたい。

 そう思っていると、厄介なことに、メロリナさんが話に介入してきた。


「メロリナさん、子供は寝る時間ですよ」

「わちきが子供なら、お前さんなど父御ててご陰嚢いんのうに待機しておる精子以前じゃぞ」


 なんて酷い返しだ。


「ぎりこがりぃちでヌいたことがないかどうか。そんなもの簡単に調べられるではありんせんか。りぃちが【一触即発クイック・ファイア】をぎりこに使えばよい。経験値が入るなら、ぎりこの身の潔白は証明されるでありんしょうや」

「あ、なるほど」

「なるほどではないのである! リーチ殿、何を納得しているのであるか!?」

「ごめんなさい。ギリコさんは、オレにとって清涼剤なんです。そんなギリコさんが変態たちに貶められるのは……我慢できないんです」

「いや、しかしであるな!」

「それにオレ、ギリコさんなら、あんまり嫌じゃないですから」

「――ッッッ!? そ、そんな真っ直ぐな目で見ないでほしいのである。……断るに断れなくなってしまうのである」


 欲望丸出しの野郎とは違うからか、ありがたいことに、そういうアレな処理とは切り離して考えられる。


「ほれ、閉店時間も差し迫っておる。さくさくいきんす」

「メロリナさん、メロリナさん。今ちょっと気になったんですけど」


 オレは口元を手で隠し、ヒソヒソと耳打ちをした。


「何かや?」

「リザードマンの男の人のアレって、どこにあるんですか?」


 ギリコさんは、胸当てや、体の関節部分にプロテクターのような防具をつけてはいるが、その……パンツ的な物は穿いていないように見える。なのにブラ下がっているようにも見えない。


「ちんこか。普段は体内に収納されておって、本番の時だけ出てきんす」


 そういう仕組みなんだ。


「というか、ここでやるのはまずいでしょう? トイレかどこかで」

「心配ありんせん。リザードマンのちんこはの、表面に溝があって、そこを伝って――とまあ、ややこしい説明は省くとして、どぴゅっ、と飛び出すようなものではない。体内にある状態でイったなら、外に滲み出てくることもなかろ」

「やたら詳しいですね」

「食ったことがあるからの」


 そんな気がしました。


「そして驚くなかれ。リザードマンにはちんこが二本ありんす」

「に、二本ですか!?」

「凄かろ。一人で二穴攻めが可能なのでありんす。一時期ハマっておった」


 ハマ……。なんか目眩が……。


「さあ、りぃちよ。ヤるがよい」

「ギリコさん、こんなことになってしまって、本当にすみません」


 魔力を流す前に、ステータスを確認しておく。



レベル:8(15/128)



 カストレータ領主の屋敷で戦った時から、さらに十五人増えてるし……。

 男って、こんな節操無しな生き物だったっけ。

 自分はどうだったかと考えてから溜息を一度だけつき、オレは頭を切り替えた。


「いきます――」

「一思いに……」


 イスに腰掛けたままのギリコさんは、断頭台に送られた死刑囚のように、全てを諦めた顔をしている。

 オレは片膝をつき、床に垂れ下がっているギリコさんの尻尾に手を伸ばした。


「尻尾……触らせてもらいますね」

「う、うむ」


 日を改めて触れさせてもらう約束していた。

 でもまさか、こんな形で叶えることになってしまうなんて。


「わ、すごい。太くて、とってもカチカチなんですね」

「で、であるか」


 こんなに大きいと、人型の既製服や装備ではサイズが合わないだろう。


「さすがに入らないですよね」

「な、何がであるか?」


 これだけ頑丈そうな尻尾なら、パンチやキックと同じように、攻撃手段としても有効だろうな。いや、おそらくこっちの方が強烈だ。


「痛そう」

「なな、何を想像しているのである?」


 雄々しさの象徴であるかのような、たくましい尻尾。どうせなら、寝る時や頭を洗う時、邪魔にしかならない角などより、こういうカッコイイ尻尾が生えていたらよかったのに。


「欲しいな」

「リーチ殿、さっきから何を呟いているのであるか!?」

「や、あんまりにも立派な尻尾なんで、自分のお尻にも付いてたらいいなって」


 触るのに集中していて気付かなかったけど、周囲がザワついている。


「欲しいって……」「立派なち●ぽで……」「お尻を突いて……」

「そりゃ入らないよ……」「痛そう……」「異種姦……」「おっきした……」


 何を囁いているのか聞き取れないけど、不穏な空気が流れているのを感じる。

 ギリコさんの悪口だったら許さないからな。


「りぃち、愛でるのはそれくらいにしておかんと、ぎりこの太くてカチカチな物が他にも顔を出してしまいんすよ」

「メ、メロリナ殿……ッ」


 ごくりと店内の客たちが息を飲み、事の顛末てんまつを見守った。


 ギリコさん、信じていますからね。


「――【一触即発クイック・ファイア】〈乙〉!!」

「うっ」


 ビクッ、ギリコさんの体が震え、糸が切れたように全身から力が抜けた。

〈乙〉の魔力量であれば、大抵の者なら快感のショックで気を失う。

 ギリコさんも例外じゃなかった。

 そしておそるおそる、オレは再びステータスを確認した。



レベル:8(16/128)――経験値、1ポイントアップ。



 ああ、ギリコさん。

 アナタはやっぱり、オレの心のオアシスです。


「リーチちゃん、ギリコ氏はどうだった!?」


 結果を聞かせてくれと詰め寄ってくるロドリコさんに、オレはこう答える。


「オレ、男の人の中じゃ、ギリコさんのことが一番好きです」

「いちば……ま、待ってくれ、リーチちゃん!」

「異論とか認めてないんで。ちなみにロドリコさんたちは、暫定同率最下位です」

「べべべ弁解の余地ををを!! ギリコ氏にも謝罪するから!!」


 ロドリコさんをはじめとした男たちが、その場で正座してオレを見上げてくる。


「りぃち、ここはうるさい。ぎりこを家の中に運んで介抱してやりなんし」

「そうですね。――エリム、オレの部屋にギリコさんを連れて行きたいんだけど、運ぶのを手伝ってくれないか」

「リ、リーチちゃんの部屋にだって!? それはさすがに見過ごせ――」

「何か文句でも? ありませんよね? あるわけないですよね? それと、ギリコさんに謝罪するのは当たり前として、明日からしばらく話しかけないでくれます? できれば目も合わせないでいただけると助かります。それじゃ失礼します」


 有無を言わせず、冷やかに言い捨てたオレは、エリムと一緒にギリコさんの腕を肩に回して店を出た。

 そのすぐ後、男たちの悲しみに暮れた雄叫びが響き渡ったが、オレの心は毛ほども痛まなかった。

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