どんぶらこ。どんぶらこ。
眩しい眩しい天の川を、ゆったりまったり流されている。……ような気がする。
異世界へ運ばれている途中なンだと思うけど、実際は、どういう状況にあるのかわからない。あの世行きの三途の川だって線も否定できない。
感覚的には、生温かい宇宙空間を漂うみたいな? なんて言っても、そんなもん体験したことがないので想像でしかない。とにかく体がふわふわしていて、自分が横たわっているのか、逆さまになっているのか、それすらわからない。
ああこれ、考えても意味ねェわ。目も開かないし、手足も動かない。
なんもできねェなら、大人しくステージが変わるのを待つしかない。
………………。
…………。
……。
もう少しかかるなら、今のうちに頭ン中を整理しておくか。
適正種族は人間って言われてたけど、この体は天界人と同じ構造をした人形だ。
――
体は中古、頭脳は童貞って何ソレ。ワケわかんねェ。
結局、俺の種族は何になるんだ? 人間じゃねェよな。種族名も
いやァ、ここは天界人でイイだろ。気持ち的に、その方が幸せだ。
んで、転生特典はなんだったか。二つほどあったはずだ。
確か、そう。一つは【肉体強化】。条件は武器の携帯。
異世界で、最初に手に馴染むと感じた武器で登録されるンだっけか。
なんの武器を選ぶかだけど、ここはまあ、普通に剣だろうな。
弓や斧なんかはパスだ。槍もカッコ良くて捨てがたいとは思うが。
馴染むと感じるためには、しばらく素振りでもしなきゃいけないンだろうか。
一日二日? まさか一ヶ月以上? 剣道でもやってりゃよかったか。
とまあ、一応は心配してみたものの、これについては問題無いだろう。
その理由は、もう一つの転生特典――【技能習得】。
なんでも一つマスターできるってンで、俺はこれから降り立つ予定の国で主流になっているらしい、攻防一体の両手剣技を選択した。どんな剣技なのかは見たことねェが、流派の名前を聞いてビビッときた。
そして、天界人のオネエサンが見せた驚異的な反射神経。あれはキモいレベルでヤバかった。天界人なら子供にも備わっているようなことを言ってたし、てことは俺にも適用されるはず。
【肉体強化】+【剣術】+【反応速度】
これって結構なチートなンじゃね?
俺が想像しているとおりのファンタジーなら、突然放り込まれた世界で生き抜いていくために、強さは重要なファクターになる。
これだけ揃ってりゃ、大抵の危険は回避できるはずだ……と思いたい。
どこに飛ばされるのかわからないってのが怖いが、ま、なんとかなンだろ。
全裸だけどな。
俺のことよりか、
特筆すべきことが無い限りは、生前の種族、年齢、性別が引き継がれる決まりになっていると説明された。けど、利一は人間に転生したのか? という俺の問いに対し、あのオネエサンは頷く以外の答えを返そうとした。
つまり、利一もまた、人間以外の種族に転生したのだと考えられる。
あいつはいつ死んだ?
即死だったのなら、俺より二日早く転生していることになる。
人見知りで引っ込み思案なあいつのことだ。下手すりゃその場を一歩も動けず、飢え死にしているかも――てのは、さすがに言い過ぎか。
あいつのこととなると、どうにも過保護になっちまう。
俺が利一を気に掛けるのは、あいつが引きこもりだからとか、並より体が小さいからとか、そんな理由じゃない。
利一とつるむようになったのは、最初は罪滅ぼしからだった。
おっと、勘違いすンなよ。
俺が今も罪悪感で利一と友達をやってると思わねェでくれ。
あいつは親友だ。一生の
天然でボケるくせに、適度にツッコミも返してくれる。
単純に、一緒にいて楽しい。あんな裏表がなくて面白い奴、他にいない。
話を戻そう。
あいつは小、中学校でいじめを受けた。いや、受けそうになった。
俺がそうはさせなかった。
あいつはきっと、俺に感謝してるンだろうと思う。
でも、そんな必要は全くねェンだ。
だって、あいつが標的にされた原因は、俺にあるンだから。
小学五年生の時だった。クラスの女子で付き合うとしたら誰? みたいな話題が俺を含めた一部の男子の間で挙がった。利一はこの中にいなかった。
当然、俺にも答える順番が回ってきた。
すると他の連中が、こぞって言うわけだ。
「○○は
女子にして、○○はクラスのボス的存在だった。
○○が俺のことを好きなのは事実だったと思う。
だけど俺は、その○○に全く興味が無かった。どころか、ちょっと嫌いだった。
見た目は可愛いが、それを自覚していて、とにかく態度がでかい。人を見下す。自分以外を優先するのを許さない。○○は性格ブスだった。
だから俺は、こう言ってしまった。
「○○と付き合うくらいなら、利一と付き合うわ」
本気で言ったわけじゃない。他の連中もそれはわかっている。背の低い利一は、よく女子の中に交じっちゃえよとからかわれていた。それに便乗しただけだ。
でも運が悪かった。
どう回り回ったのか、俺の言ったことが○○に伝わってしまったのだ。
矛先が俺に向けばいいものを――……後は想像にお任せする。
中学も小学校からの持ち上がりだったので、以下同。
利一と親友関係になれたのは嬉しいが、きっかけがこれだと思うと複雑だ。
女子高に通うらしい○○と、ようやくオサラバできることになり、俺も安心して利一と別の学校に進学した。そしたらあいつ、今度は俺と関係ないところで、またいじめのターゲットにされやがった。そして登校拒否に至る。
もうね、目が離せねェと思ったよ。その頃からかな。俺にとって、利一は親友であると同時に、ほっとけない弟みてェなもンだと思うようにもなった。
なんであれ、大切な奴だ。
待ってろよ、利一。絶対に探し出してやる。
………………。
…………。
……。
お?
流れが速くなった。目蓋に感じる眩しさも収まってきた。
やっと終わりが見えてきたか。
その予想は当たった。
背中だけでなく、後頭部や尻、膝の裏やふくらはぎに、ひんやりとした冷たさを感じるようになった。ちょろちょろと、水のせせらぎも聞こえる。
どうやら俺は、川の浅瀬に寝そべっているらしい。
ここはもう異世界なのか?
すぐには動き出さず、周囲を警戒して見渡してみるが、やけに暗い。
「夜か?」
……違うな。声が反響した。洞窟の中か?
徐々に目が暗闇に慣れてきて、周りがおぼろげに見えるようになってきた。
やっぱ洞窟だ。地面も天井もごつごつした岩壁になっており、岩肌の隙間から、淡いライトグリーンの光を放つ水晶が生えている。照明と思うには頼りないけど、なんとか洞窟内を照らしてくれている。
上体を起こしてから立ち上がると、水で冷えた体が風を感じてぶるると震えた。
全裸寒ィよ……。
「風が流れてるってことは、ちゃんと外に通じてるみたいだな」
剣の入手も課題だけど、何よりまずは着る物を探さねェと。
全裸で人里には出られない。最悪、葉っぱでもイイから。
「とにかく、下だけでも隠さねェと――……て、うおおォい!?」
ギンギンだった。
天を
「な、なンで!?」
エロいことなんて何も考えてねェのに。
思えば
でもだからって、俺が入った後も、常時エレクチオン状態なンてことは。
「オイオイ、勘弁してくれよォ」
浅瀬にしゃがみ込み、俺は銃身を冷やすようにしてアソコに水をかけまくった。
こんな170mm単装高角砲、ポジショニングどころの話じゃねェぞ。
二十四時間臨戦態勢なんて、そンなもん日常生活に支障ありまくりだろうが。
収まれ! 鎮まれ!
俺の願いが通じたのか、それはやがて下方修正を見せ始めた。
「ビ、ビビるわ……」
朝立ちみたいなものだったのか。一時はどうなることかと思ったぜ。
しっかし、凄ェな。人形の体なのに、生理機能まで人体と同じかよ。
さすが、二十年ローンの匠の技なだけのことはある。
「あのオネエサン、ローンだけ残っちまったのか」
まあ、自業自得だと思うンで、頑張って返済してくれ。俺は知らん。
それにしても、手に
「元の俺のサイズとピタリ一致するじゃねェか」
だからこそ、目をつけられてしまったわけだけど。
日本人の枠に収まらない、アフリカ級が密かな自慢だった。
もし、正規の手段で転生していたとして、ここのサイズがダウンしていたなら、俺は少なからず落ち込んだだろう。それを考えると、
「なんせ、男の
――承認します。
ん?
唐突に、自動応答みたいな無機質な声が聞こえた。
それは直接、頭の中に響いてくる。
――肉体強化のトリガーに、【勃起ちんこ】が登録されました。
…………なんて?
聞き間違えた?
だって、いやいや、ないない。ありえねェって。
俺は眉間を揉み解しながら、一瞬前の自分の思考と台詞を思い返した。
手に馴染む。――思った。男の武器。――言った。
いやいやいや。
まさか、こんなんで登録条件が揃っちゃったって?
いやいやいやいや。
「うん、聞き間違いだ、これ」
――ちんこが勃起している時に限り、肉体が強化されます。以上。
「ちょっと待てええええええええええええええええええええ!!」
絶叫とも言える俺の雄叫びが、洞窟内に大きく大きくこだました。
そして俺は思い出した。
オネエサンが、「変更は利きません」と言っていたのを。