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第3話 登録完了

 どんぶらこ。どんぶらこ。

 眩しい眩しい天の川を、ゆったりまったり流されている。……ような気がする。

 異世界へ運ばれている途中なンだと思うけど、実際は、どういう状況にあるのかわからない。あの世行きの三途の川だって線も否定できない。

 感覚的には、生温かい宇宙空間を漂うみたいな? なんて言っても、そんなもん体験したことがないので想像でしかない。とにかく体がふわふわしていて、自分が横たわっているのか、逆さまになっているのか、それすらわからない。


 ああこれ、考えても意味ねェわ。目も開かないし、手足も動かない。

 なんもできねェなら、大人しくステージが変わるのを待つしかない。


 ………………。

 …………。

 ……。


 もう少しかかるなら、今のうちに頭ン中を整理しておくか。

 適正種族は人間って言われてたけど、この体は天界人と同じ構造をした人形だ。

 ――愛玩人形ラブドール

 体は中古、頭脳は童貞って何ソレ。ワケわかんねェ。

 結局、俺の種族は何になるんだ? 人間じゃねェよな。種族名も愛玩人形ラブドール

 いやァ、ここは天界人でイイだろ。気持ち的に、その方が幸せだ。


 んで、転生特典はなんだったか。二つほどあったはずだ。

 確か、そう。一つは【肉体強化】。条件は武器の携帯。

 異世界で、最初に手に馴染むと感じた武器で登録されるンだっけか。


 なんの武器を選ぶかだけど、ここはまあ、普通に剣だろうな。

 弓や斧なんかはパスだ。槍もカッコ良くて捨てがたいとは思うが。

 馴染むと感じるためには、しばらく素振りでもしなきゃいけないンだろうか。

 一日二日? まさか一ヶ月以上? 剣道でもやってりゃよかったか。


 とまあ、一応は心配してみたものの、これについては問題無いだろう。

 その理由は、もう一つの転生特典――【技能習得】。

 なんでも一つマスターできるってンで、俺はこれから降り立つ予定の国で主流になっているらしい、攻防一体の両手剣技を選択した。どんな剣技なのかは見たことねェが、流派の名前を聞いてビビッときた。


 そして、天界人のオネエサンが見せた驚異的な反射神経。あれはキモいレベルでヤバかった。天界人なら子供にも備わっているようなことを言ってたし、てことは俺にも適用されるはず。


【肉体強化】+【剣術】+【反応速度】

 これって結構なチートなンじゃね?

 俺が想像しているとおりのファンタジーなら、突然放り込まれた世界で生き抜いていくために、強さは重要なファクターになる。

 これだけ揃ってりゃ、大抵の危険は回避できるはずだ……と思いたい。

 どこに飛ばされるのかわからないってのが怖いが、ま、なんとかなンだろ。

 全裸だけどな。


 俺のことよりか、利一りいちだ。あいつは無事でいるンだろうか。

 特筆すべきことが無い限りは、生前の種族、年齢、性別が引き継がれる決まりになっていると説明された。けど、利一は人間に転生したのか? という俺の問いに対し、あのオネエサンは頷く以外の答えを返そうとした。

 つまり、利一もまた、人間以外の種族に転生したのだと考えられる。


 あいつはいつ死んだ?

 即死だったのなら、俺より二日早く転生していることになる。

 人見知りで引っ込み思案なあいつのことだ。下手すりゃその場を一歩も動けず、飢え死にしているかも――てのは、さすがに言い過ぎか。


 あいつのこととなると、どうにも過保護になっちまう。

 俺が利一を気に掛けるのは、あいつが引きこもりだからとか、並より体が小さいからとか、そんな理由じゃない。

 利一とつるむようになったのは、最初は罪滅ぼしからだった。


 おっと、勘違いすンなよ。

 俺が今も罪悪感で利一と友達をやってると思わねェでくれ。

 あいつは親友だ。一生の友達ダチだ。

 天然でボケるくせに、適度にツッコミも返してくれる。

 単純に、一緒にいて楽しい。あんな裏表がなくて面白い奴、他にいない。


 話を戻そう。

 あいつは小、中学校でいじめを受けた。いや、受けそうになった。

 俺がそうはさせなかった。

 あいつはきっと、俺に感謝してるンだろうと思う。

 でも、そんな必要は全くねェンだ。

 だって、あいつが標的にされた原因は、俺にあるンだから。


 小学五年生の時だった。クラスの女子で付き合うとしたら誰? みたいな話題が俺を含めた一部の男子の間で挙がった。利一はこの中にいなかった。

 当然、俺にも答える順番が回ってきた。

 すると他の連中が、こぞって言うわけだ。


「○○は拓斗たくとのことが好きなんだから、そのまま付き合っちゃえよ」


 女子にして、○○はクラスのボス的存在だった。

 ○○が俺のことを好きなのは事実だったと思う。

 だけど俺は、その○○に全く興味が無かった。どころか、ちょっと嫌いだった。

 見た目は可愛いが、それを自覚していて、とにかく態度がでかい。人を見下す。自分以外を優先するのを許さない。○○は性格ブスだった。

 だから俺は、こう言ってしまった。


「○○と付き合うくらいなら、利一と付き合うわ」


 本気で言ったわけじゃない。他の連中もそれはわかっている。背の低い利一は、よく女子の中に交じっちゃえよとからかわれていた。それに便乗しただけだ。


 でも運が悪かった。

 どう回り回ったのか、俺の言ったことが○○に伝わってしまったのだ。

 矛先が俺に向けばいいものを――……後は想像にお任せする。

 中学も小学校からの持ち上がりだったので、以下同。

 利一と親友関係になれたのは嬉しいが、きっかけがこれだと思うと複雑だ。


 女子高に通うらしい○○と、ようやくオサラバできることになり、俺も安心して利一と別の学校に進学した。そしたらあいつ、今度は俺と関係ないところで、またいじめのターゲットにされやがった。そして登校拒否に至る。

 もうね、目が離せねェと思ったよ。その頃からかな。俺にとって、利一は親友であると同時に、ほっとけない弟みてェなもンだと思うようにもなった。


 なんであれ、大切な奴だ。

 待ってろよ、利一。絶対に探し出してやる。


 ………………。

 …………。

 ……。


 お?

 流れが速くなった。目蓋に感じる眩しさも収まってきた。

 やっと終わりが見えてきたか。


 その予想は当たった。

 背中だけでなく、後頭部や尻、膝の裏やふくらはぎに、ひんやりとした冷たさを感じるようになった。ちょろちょろと、水のせせらぎも聞こえる。

 どうやら俺は、川の浅瀬に寝そべっているらしい。

 ここはもう異世界なのか?

 すぐには動き出さず、周囲を警戒して見渡してみるが、やけに暗い。


「夜か?」


 ……違うな。声が反響した。洞窟の中か?

 徐々に目が暗闇に慣れてきて、周りがおぼろげに見えるようになってきた。


 やっぱ洞窟だ。地面も天井もごつごつした岩壁になっており、岩肌の隙間から、淡いライトグリーンの光を放つ水晶が生えている。照明と思うには頼りないけど、なんとか洞窟内を照らしてくれている。

 上体を起こしてから立ち上がると、水で冷えた体が風を感じてぶるると震えた。

 全裸寒ィよ……。


「風が流れてるってことは、ちゃんと外に通じてるみたいだな」


 剣の入手も課題だけど、何よりまずは着る物を探さねェと。

 全裸で人里には出られない。最悪、葉っぱでもイイから。


「とにかく、下だけでも隠さねェと――……て、うおおォい!?」


 ギンギンだった。

 天をいていた。


「な、なンで!?」


 エロいことなんて何も考えてねェのに。

 思えば愛玩人形ラブドールはギンギンだった。そりゃそうだ。人形がフニャる理由が無い。

 でもだからって、俺が入った後も、常時エレクチオン状態なンてことは。


「オイオイ、勘弁してくれよォ」


 浅瀬にしゃがみ込み、俺は銃身を冷やすようにしてアソコに水をかけまくった。

 こんな170mm単装高角砲、ポジショニングどころの話じゃねェぞ。

 二十四時間臨戦態勢なんて、そンなもん日常生活に支障ありまくりだろうが。

 収まれ! 鎮まれ!

 俺の願いが通じたのか、それはやがて下方修正を見せ始めた。


「ビ、ビビるわ……」


 朝立ちみたいなものだったのか。一時はどうなることかと思ったぜ。

 しっかし、凄ェな。人形の体なのに、生理機能まで人体と同じかよ。

 さすが、二十年ローンの匠の技なだけのことはある。


「あのオネエサン、ローンだけ残っちまったのか」


 まあ、自業自得だと思うンで、頑張って返済してくれ。俺は知らん。

 それにしても、手にこの感じ。


「元の俺のサイズとピタリ一致するじゃねェか」


 だからこそ、目をつけられてしまったわけだけど。

 日本人の枠に収まらない、アフリカ級が密かな自慢だった。

 もし、正規の手段で転生していたとして、ここのサイズがダウンしていたなら、俺は少なからず落ち込んだだろう。それを考えると、愛玩人形ラブドールも結果オーライだと言えるかもしれない。


「なんせ、男のだからな。つっても、実戦使用しなけりゃ宝の持ち腐れだし、でかけりゃイイってもんでもねェけど」



 ――承認します。



 ん?

 唐突に、自動応答みたいな無機質な声が聞こえた。

 それは直接、頭の中に響いてくる。



 ――肉体強化のトリガーに、【勃起ちんこ】が登録されました。



 …………なんて?


 聞き間違えた?

 だって、いやいや、ないない。ありえねェって。


 俺は眉間を揉み解しながら、一瞬前の自分の思考と台詞を思い返した。

 手に馴染む。――思った。男の武器。――言った。

 いやいやいや。


 まさか、こんなんで登録条件が揃っちゃったって?

 いやいやいやいや。


「うん、聞き間違いだ、これ」



 ――ちんこが勃起している時に限り、肉体が強化されます。以上。



「ちょっと待てええええええええええええええええええええ!!」


 絶叫とも言える俺の雄叫びが、洞窟内に大きく大きくこだました。

 そして俺は思い出した。

 オネエサンが、「変更は利きません」と言っていたのを。

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