「どうかされましたか?」
「え? あ、ああ、えっと」
うわ、ヤベ。俺今、意識飛んでた。つーか、声も超可愛いンですけど!?
「二人だ。席はあるか?」
「はい。今ならカウンター席とテーブル席、両方空いてます」
「ではテーブル席で頼む」
「ご案内しますね。どうぞ」
きょどる俺に代わり、アーガス騎士長がそつなく受け答えをした。
前を歩く彼女の後ろ姿に誘われるようについて行く。
俺は人知れず息を飲んだ。
夢にまで見た天然物の金髪。ミディアムロングくらいありそうな純正ブロンドがツーサイドアップにされ、一歩ごとにぴょこぴょこと可愛らしく揺れている。
それが、手を伸ばせば届くところにある。
気づけば右手が途中まで持ち上がっていた。慌てて左手で押さえつける。
俺との身長差は25cmくらいか。彼女のつむじが見える。
理想の中に〝小柄〟を含めているのは、もし抱き締めた時、相手の頭が自分の胸の辺りにくるのが俺的に最高の
ああ、
柔らかい体を抱き締めながら、甘そうな匂いを上からくんかくんかしたい。
気づけば両手が半分以上持ち上がっていた。咄嗟に隣の騎士長に抱きつくことで事無きを得る。おっと、ほのかに加齢臭が。
「タクト、こういうことは時と場所を選べ」
選ばねェよ。心配されンでも二度とやらねェよ。
「こちらの席でお願いします」
通されたのは、店に入ってすぐの壁際。バーカウンターから一番遠い席だった。木のテーブルに、同じく背もたれのない木組みのイス。
バーというより居酒屋の雰囲気だ。
それだけに、メイド服を着た彼女の存在が余計に異彩を放つ。
こっちの世界にもメイド服ってあるのか。
まったく、けしからん。誰の趣味だ。責任者出てこい。礼を言ってやる。
ただでさえ胸元が開いているのに、身長差も手伝って、これでもかと谷間が目に飛び込んでくる。いや、むしろ飛び込んで行きたい。埋まりたい。
それって何カップ? Eじゃ収まらねェよな? Fカップ?
まさか……それ以上?
「あの?」
おっぱいが喋った――じゃない。
アーガス騎士長はとっくに席についているのに、いつまでもぼーっと突っ立っていた俺に、彼女が下から覗きこむようにして首を傾げていた。
その仕草に、俺はまたしても、ごくりと息を飲んだ。
ただでさえ、百人が百人とも振り返って逆走して前に回って写メを撮られそうな美少女だってのに、メロンくらいありそうな胸と、あどけない顔立ちのアンバランスさが絶妙に蠱惑的で危険な魅力を生み出している。
金髪巨乳という最強の素材を最高の形で活かすロリフェイス。ヤバすぎんだろ。こんな子が夜道を一人で歩いていたら、ハイエース待ったなしだ。
マジで大丈夫なの? この世界、警察的な抑制力ってちゃんと働いてンの?
「なあ、ウエイトレスさん」
「はい?」
「夜は危ねェから、アンタ、絶対一人で外を出歩かねェようにしろよ」
着席しながら、俺はそんなことを言った。言ってしまった。
バカバカ、俺のバカ! 初対面の女の子に、いきなり何を口走ってるンだ!?
だけどだけど、本当に心配になったンだよ!
「えと、はい。同じようなことを店長にも言われました。門限は十七時だって」
よくわかっていらっしゃる。
あはは……と彼女が苦笑いをした。
そんな表情にさえ、いちいち俺の心臓はドキリと跳ねる。
ところで門限が十七時なのに二十時過ぎた今も働いているってことは、この店に住んでたりすンのかな。いや別に、住所を特定しようなんてつもりはねェけど。
「すぐに水とおしぼりをお持ちしますね」
そう言った彼女だが、何故かテーブルから離れず、俺をじっと見つめてきた。
え、何? もしかして、俺に一目惚れしちゃったとか!?
ありえなくはない。だって、俺が現に。
――なんてな。そんな都合のイイ展開、あるワケねェか。
「カッコイイですね」
マジでか!? 人生十七年。異世界に来て、ついに彼女できちゃう!?
「その鎧」
鎧かァァァ。
俺は動揺を悟られまいと、努めて冷静に「卸したてなンだ」と答えた。
なンなら武器の方も見るかい? いやごめん。こっちは見せられない。
カリーシャ隊長になら、なんぼ見られても平気なンだけどな。
ウエイトレスさんが離れたことで、俺は詰まっていた息を吐き出した。
「はァァ……緊張した」
「ああいう娘が好みなのか?」
テーブルに突っ伏した俺にアーガス騎士長が尋ねてきた。
「好みどころの話じゃねェよ。もうドンピシャ。ド真ん中ストライク」
「あの娘。瞳が赤かったな」
「瞳? そういやそうだな。それがどうかしたのか?」
「人間ではないかもしれん」
「そういうのが珍しくない町なンだろ?」
「確かにそうだが。該当する種族がわからない」
「別にイイじゃん。可愛けりゃそれで」
「気にならないのか?」
「俺は気にならねェけど。あ、でも、種族が違う者同士だと子供は作れないとか、そいうのってあンの!? どうなの!? そこんンとこは気になる!」
周りを見渡すと、人間じゃないと思しき客がちらほら見受けられる。
長耳はエルフかな。他にも犬耳猫耳、カウンター席の端っこには狼男みたいに、明らかに人外なのもいる。本当に多くの種族が入り混じった町なンだな。
こんな光景は王都では見られなかった。
種族ごとに生活区域が明確に別れているというか。保護指定されているドワーフのドッティの店ですら、人間の居住区から離れた場所にあった。
騎士団にしたってそうだ。結構な大所帯なのに人間以外の種族が一人もいない。
排他的っつーか、どうにも狭苦しいっつーか。
アーガス騎士長は、差別じゃなくて区別だって言ったけど。
生まれた時からそれが普通の環境で育った奴は、こんなことを思わないのかもしれない。でも、異世界に途中編入してきた俺は【オーパブ】の客層を見て思った。
こっちの方が、温かい感じがして悪くないんじゃねェかなって。
なんてことを考えていると、俺の彼女――と、願望入っちまった。ウエイトレスさんが水とおしぼりを持って戻ってきた。
「失礼を承知で尋ねるが、君は人間か? 瞳が赤い色をしているが」
彼女の給仕姿をほくほくと眺めていると、アーガス騎士長が目を細めて尋ねた。
途端に彼女がうろたえ出す。
「こ、これはその、えっと、ええと、何代か前の御先祖様に他種族の人がいたとかいないとか! そういう設定になってて!」
「設定?」
「あいや! ええと、あの、両親は二人とも人間なんですよ!? 嘘じゃないです! あとちょっと、疲れ目で充血してるみたいなのもあるかも!?」
「そんなに困らせるような質問をしたかな?」
「そそ、そんなことないですよ!?」
わたわたと手を振る彼女の動きに合わせて、豊満な胸もふるふると揺れた。
「オッサン、意地の悪いことしてンなよ」
俺が諌めると、アーガス騎士長はそれ以上の追求をやめた。
助かったとでも言うように、彼女が眉をハの字にして、俺ににへらと笑った。
超絶ウルトラエキサイティング可愛かった。
「注文が決まりましたら、声をかけてください」
そう言って、逃げるようにして彼女が接客に走って行った。
「あの娘の態度、どう思った?」
「テイクアウトしたいと思った」
「他には?」
「ひたすら可愛いと思った」
それ以外に何か?
「……まあいい。それはそうと、人目のあるところで〝オッサン〟などと呼ぶな。これでも騎士長という立場にあるのだ。他者に示しがつかん」
「あー、そうだな。悪ィ」
「お前のくだけた言葉遣いは嫌いではないが、今みたいな発言は二人きりの時だけにしておけ」
その言い回しはどうなンだ?
美少女の微笑みにキュンとした直後に見せられるオッサンのデレ。
これはキツい。