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第33話 再会

 シコルゼ・スモルコック率いる王都騎士団の第二部隊が【オーパブ】を目指し、【メイローク】の内へ侵攻を開始した一時間ほど前に時は遡る。

 場所は王都【ラバントレル】にある騎士団本部の留置所。簡易のトイレとベッドしかない殺風景な牢屋で、シコルゼとの決闘に敗れてしまった新垣拓斗は、全裸のまま丸二日を過ごしていた。



「ぶぇっくし!」


 憚ることなく盛大にくしゃみをし、俺はぶるると体を震わせた。

 全裸で放り込まれたのは嫌がらせじゃなく、ちゃんとした理由がある。

 局部裸身拳による脱衣強化をさせねェためだ。

 俺が気を失うか、服を着るかすると強化は解除される。

 今回は前者だったわけだが、目覚めた時もまだ全裸だったらどうなるか。


 どうなると思う?

 それ以上脱ぐものが無ェんだから、新たに強化のしようがない。

 つまり、全裸であっても俺のレベルは低いままだってことだ。


「毛布の一枚すら与えてくれねェとは、徹底してやがるな」


 見える範囲に時計は無いが、俺のステータスには、EDペナルティー終了までのカウントダウンが表示されているため、時間の経過だけは知ることができた。

 この二日間で、シコルゼに打ちのめされた体の痛みも完全に引いている。



 ED:(58分)



 うんともすんとも言わなくなった我が息子マイ・サンの目覚めまで、ようやく一時間を切るところまできた。やれやれだぜ。もし五日間のペナルティーの間に、あの子と親密な関係にまで発展していたらと思うとゾッとする。

 もっとも、そんな展開はおろか、あれ以来一度も会っていないけどな。


 騎士団は、どこまで事を進めているンだろうか。

 俺が今も投獄されていることを考えると、まだ最悪の事態――彼女が討伐されてしまったということはないはず。けど、このままでは時間の問題だ。

 そうはさせねェぞ。


 俺を閉じ込めている鉄格子を揺すってみるが、ビクともしない。

 今は無理だ。強化状態にならなきゃ、いくらやっても牢を破ることはできない。

 だけどペナルティーが終われば、脱衣強化はできずとも、勃起強化ならできる。


「脱獄してやる」


 あと一時間弱。

 待っていてくれ。ええと……あー……あの子の名前……まだ知らないんだよな。


 しゃあない。んじゃ、シコルゼだ。

 あの野郎、好き勝手ボコってくれやがって。思い出しただけでも腹が立つ。


「次は絶ッッ対負けねェ。首を洗って待っていろよ」


 そういやシコルゼで思い出したが、五日間も紳士の嗜みを怠ったのって、中一の頃にやり方を覚えて以来、初めてのことかもしれねェな。

 これなら、ほんの些細なネタでもフルチャージが可能だ。

 その際のネタはどう調達するか。できる限り新鮮フレッシュなものを用意したいが。

 まあ、こんな牢の中じゃ、想像力を働かせるしかねェんだけど。


「――元気そうだな」

「あ、ネタが来た」


 あの子で変なことを妄想するのはちょっとばかり気が引けるなァ、なんて思っていたところへ、想像だけなら痴漢だろうが触手だろうがSMだろうが、何をしてもこれっぽっちも良心の呵責を感じない手頃な発酵食材――もといカリーシャ隊長がやって来た。


「ネタ?」

「いや、気にしないでくれ。それよりカリーシャ隊長に頼みがある」

「頼み? なんだ?」

「尻をこっちに向けてくれ。できれば鉄格子の一本を挟むように」

「一生そこに入っていろ」

「あ、噓! 冗談、行かないで! そこにいてくれるだけでイイから!」

「ふん、たかだが二日で人が恋しくなったのか? いてくれるだけでいいだと? 貴様にそんなことを言われて、私が喜ぶとでも思っているのか?」


 いや、何言ってンの? カリーシャ隊長の裸は見たことがあるから、本人が前にいるのといないのとじゃ、想像の再現率も違ってくると思っただけだけど?

 正直に言うと怒るので、俺は空気を読んで「そりゃ残念」と軽口を叩いた。


「面会に来てくれたのか?」

「仮にだが、貴様は第三小隊の一員ということになっているからな。隊長として、部下の様子を見に来てやったまでだ」


 もうちっとはにかんで言ってくれりゃ、ツンデレ要員になれるンだけど。

 この人、本気で言ってそうだからな。つくづく男単体では興味を示さない人だ。


「状況が知りてェ。【メイローク】へは、いつ騎士を派遣することになった?」

「もう既に派遣――というより、第一第二部隊、約二百人を連れて進軍している。今頃、【メイローク】の包囲を完了している頃だろう」

「は、はあァ!? なんで、そんな大掛かりな……」

「相手がサキュバスだからだろうな」

「や、サキュバスだからって、相手は一人だろ!?」

「私が生まれる前の話だが、かつて王都騎士団は、たった一人の幼いサキュバスによって半壊の憂き目にあったことがある。その苦い経験に基づいてのことだろう」

「マ、マジか……」


 アーガス騎士長が、サキュバスはホログレムリンより危険な魔物だと言っていたけど、話半分くらいに思っていたのに。


「この戦力投入は【オーパブ】の抵抗も想定されている。昨日、【オーパブ】宛てに書が送られた。一日の猶予の間にサキュバスを引き渡せという旨だ」

「……スミレナさんあのひとが首を縦に振るとは思えねェな」

「そうだな。断られた。【オーパブ】の主人も拘束対象となっている」

「で、大部隊を引きつれて、即日討伐に出発したってか。どんだけ準備万端だよ」


 この行動の早さは、常日頃から【オーパブ】を潰すために備えていた証拠だ。


「もう一回確認するぜ。カリーシャ隊長は、あの子がサキュバスだと知った上で、討伐されなきゃイケねェような存在じゃないって思ったンだよな」

「彼女となら友人になれる。そう感じた」

「ありがてェ。俺の知ってる彼女は、ほんの一部でしかねェ。もっと深いところに触れて来たカリーシャ隊長がそう言ってくれるなら、俺は胸を張れる」

「胸を張る? 何にだ?」

「悪ィが、俺はペナルティーが終わったら、すぐにこの牢を破って脱獄するぜ」

「そう言うだろうと思っていた」

「なら話は早い。止めても無駄だぜ」

「止めるつもりはない。そして、牢を破る必要も無い」


 どういう意味だ?

 それを問う前に、カリーシャ隊長がスカートのポケットから鍵を取り出した。

 ここで出てくる鍵が、なんの鍵なのか、考えるまでもない。


「俺は釈放されるのか?」

「いいや……」


 表情と声音を重くしながら、カリーシャ隊長が鍵穴に鍵を差し込もうとする。

 その様子を見て、俺は瞬時に悟った。


「オイ、やめとけよ! カリーシャ隊長までお尋ね者になっちまうぞ!?」


 カリーシャ隊長は、規則を犯して俺を牢から出そうとしている。

 鍵も無断で盗ってきたに違いない。


「貴様のペナルティーを待っている時間は無い」

「だからって!」


 俺はイイ。元々根無し草だ。

 でもカリーシャ隊長はれっきとした騎士で、小隊長という立場もあるだろうが。


「彼女は私に尋ねた。世間に顔向けができないような生き方をしているのか、と」

「あの子が、そんなことを?」

「これは騎士団に背く行為だ。世間に顔向けはできなくなるだろうな」

「そう思うなら」

「だが、私は彼女に言ってしまった。己を恥じる生き方だけはしないと」


 力強く、でも優しく微笑んだカリーシャ隊長は覚悟を決めていた。

 騎士としての地位を失ってでも、自身の信念にもとることだけはするまいと。


「私は、彼女が悪ではないと知っている」


 カチン、と錠の外れる音がした。


「俺も、彼女にもう一度会って、それを確かめたい」

「ならば助けよう。私もまた己に胸を張り続けるために。貴様は己の想いが間違いではないと確かめるために」


 俺はひたすらの感謝を込めて、カリーシャ隊長に「ありがとう」と言った。

 俺を閉じ込めていた鉄格子は、もう目の前には無い。





 脱げば脱ぐほど強くなるという、頭のイカれた仕様を誇る局部裸身拳について、補足しておかなければならないことがある。

 意識を放棄するか、服を着れば強化は解除されるわけだが、そこへ新ルールではないけれど、大事な点を一つ。

 再び脱衣による強化を施そうとすれば、衣服を着た状態(外出しても指を指されない程度)を少なくとも一時間は事前に継続しておかないといけない。

 脱ぐ際の羞恥心云々が関与するという話だから、はい隠したー。はい脱いだー。では強化を認められないのだ。これは度重なる検証によって確認が取れている。

 つまり、


「まだ追ってきているか!?」

「来てる! 超追って来てンよ! もっと早く!」

「馬に言え!」


 脱獄した後も全裸で逃亡を続けている俺は、局部裸身拳による強化ができないということだ。マジで勘弁してほしいぜ。

 脱獄に成功はしたが、それはすぐにバレた。

 突撃槍ランスだけは保管場所から取り戻せたが、鎧までは手が回らなかった。

 そのため、現在もこうして、全裸で別の騎士数名に追われている。

 カリーシャ隊長が前、俺が後ろ。二人乗りでも女性と全裸男だということが幸いしたようで、どうにかぎりぎり追いつかれずに距離を保ててはいる。



 ED:(2分)



【メイローク】の町が見えてきた。

 考えると泣きたくなるが、どうやらこのまま素っ裸で町の中を突っ切るしかないようだ。あの子の前に全裸で登場か。変態確定だな。

 だけど、あの子の無事が、何より、何より、何よりも大事だ。

 そのためなら、俺のちゃちな羞恥心なんかいくらでも捨ててやる。


【メイローク】の北口に差し掛かった。


「火急の用だ! 道を開けてくれ!」


 騎士が十数人からいたけど、事情を知らないため、カリーシャ隊長の言葉を誰も疑ったりはしない。さすがに全裸の男を後ろに乗せているのが見えたら怪しまれるだろうから、俺はできる限り身を小さくした。

 町へ入る際、ふとスミレナさんらしき人がいたように見えたけど、立ち止まって声をかける余裕は無かった。馬の体力ももう限界だ。


「あともう一駆け、頑張ってくれ!」


 カリーシャ隊長の言葉に返事するように、馬が「ばふるる」といなないた。


「もう一度礼を言うぜ。カリーシャ隊長のおかげで、俺は名誉挽回の機会を得た」

「気が早いな。そういうことは、実際に成し遂げてから言え」


 期待には応えにゃなりませんな。


 ここでついに、ペナルティーが終わる!


 同時に、騎士たちがごった返している区画に辿り着く。

 そんな中で、この町の領主だったはずの男が地面に転がされ、押さえつけられているのが見えた。その傍では眼帯をつけた男、確かグンジョーとかいう名前だった男が暴れている。


「カリーシャ隊長、あそこが一番薄い!」

「承知した! 舌を噛むなよ!」


 手綱を握る手にカリーシャ隊長が力を込めると、馬が前足を持ち上げた。


 ――ジャンプ。


 一瞬だけ、視界が倍の高さになり、大通りの遥か向こうまで見渡せた。

 その一瞬で俺は見つけた。


 彼女が、傷ついた誰かを庇っているのを。

 シコルゼが、剣を高く掲げているのを。

 今まさに、シコルゼの刃が彼女に振り下ろされようとしているのを。


 領主の頭上を越え、着地すると同時に、俺は馬の背に両足を乗せた。

 強化されていない生身だとか、そんな後先のことはどうでもよかった。


 俺は馬上から飛んだ。

 シコルゼの斬撃を打ち返すつもりで槍を振るい、彼女との間に割って入った。

 地面を踏みしめる衝撃で足が痺れてしまう。

 剣を弾くつもりが、受け止めるので精一杯だった。

 だけど、それでも、


「……危ねェなあ」


 間に合った。


「なんかこれ、言うの二度目だっけか」


 危ないなんてもンじゃねェ。前回とは比べ物にならない。

 あと三秒、いや、冗談抜きで一秒遅ければ終わっていた。


 間に合ったとはいえ、彼女が庇っている誰かは相当な深手を負っている。

 これをシコルゼがやったのか。


「悪ィ、もう少し早く来れてたら……」


 申し訳なさと、あと別の理由から、彼女に正面を向けることができない。



「…………拓斗たくと?」



 不意に、彼女が俺の名前を呼び捨てにした。

 なんで知って?

 スミレナさんから聞いていたんだろうか。


 いや、待て。

 俺はあの時、苗字しか名乗らなかった。




 え?




 蓬莱利一という人物を知らないか?

 この町でそう尋ねると、決まって、似たような名前の超可愛い子しか知らないという答えが返ってきた。

 じゃあその、超可愛い子って誰だ?

 超可愛い子なんて、俺は目の前にいるこの子しか知らないぞ。




 え!?




 いつから。

 いつから、そう思い込んでいた?




 ……多分、最初からだ。




 転生後の生活を考え、前世での年齢と性別を引き継ぐ。

 転生の仕様を支援課の受付嬢から聞いて、それを信じた。




 なんでそれを信じたンだ?

 なんで疑いすらしなかったンだ?




 あの杜撰ずさん極まりない仕事をする職員だぞ?




 イレギュラーの塊みたいな自分をよく見ろよ。

 何一つ思い通りになっていない。




 どうして、あいつもそうなっている可能性を考えなかったンだ。




 まさか……。




 …………。




 ……。



「…………利一りいちか?」


 頭が答えを出すより先に、俺は彼女にそれを尋ねた。

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