「入居テスト、
「俺にも? てことは、
「……………………陰毛を」
「いんもう?」
「あ、いや、ええと、ちょっとばかし、インモラルなテストだったかも」
「マジか。緊張してきたぜ」
噓は言っていない。
あれはそう。思い出すのも恐ろしい、というか馬鹿らしいテストだった。
簡単に言うと、穿いているパンツをチェックすることで、善か悪か、その人物の本性を見極めるというものだ。頭おかしいだろ。
ただ、当時のオレはパンツを穿いていませんでした。
趣味じゃないぞ。
こっちの世界に来た時、ワンピース一枚しか着せられていなかったんだ。
ともかく、その結果として、想定を上回る信頼を得ることができたわけだけど、代償に鮮血の花が咲いたのは、まだ記憶に新しい。
「スミレナさん、まさかとは思いますけど、拓斗にもオレと同じことをするつもりじゃないですよね? こいつ今、パンツ穿いてませんよ?」
「知っているわ」
そりゃまあ、そうか。なんでか素っ裸で戦ってたもんな。
拓斗は現在、オレが渡したタオルを腰に巻いているだけの状態だ。
「その格好、寒くないか?」
「ああ、慣れちまった」
裸に慣れるって、どういうこと?
この世界に転生して来てからのお前に、いったい何があったんだ。
哀愁を漂わせる親友への追求を躊躇っていると、メロリナさんがきょろきょろと店内を見回し、誰かを探すような素振りを見せた。
「のぅ、りぃちや、ザー坊はもう帰ったのかや?」
「ザー坊って誰です?」
「ああ、すまんの。ザイン・エレツィオーネ。魔王のことでありんす」
あの変態、タダ者じゃないとは思っていたけど、魔王だったんだな。
「負傷者の治療を終えてすぐに。また来ると言ってましたけど」
変態だけど、感謝しなくちゃいけないな。
あいつが来てくれなければ、重傷だったギリコさんは今頃……。
しばらくしてギリコさんは意識を取り戻したが、念のため、町の診療所に行ってもらった。明日には元気な姿を見せてくれるはずだ。
「ふむ、声を掛けそびれてしまいんした」
「あいつは帰ったんですけど……」
オレはちらりと、壁際で直立不動の姿勢をとっている人物に視線を向けた。
彼女は魔王の仲間で、ダークエルフという種族らしい。
「私のことでしたら、どうぞお構いなく。魔王様が懇意にしている方々がどういう人物なのか観察しているだけですので。頃合いを見て退散いたします」
懇意とかやめて。オレまで変態だと思われたらどうする。
そんなにじっと見られると落ち着かないけど、敵意みたいなものは無さそうだ。
「拓斗もあの変態と喋ってたけど、もう会ってたんだな」
「まァな。つーか、俺のことよりもだ。お前、あいつとなんかあったのか?」
「なんかって?」
「あの野郎が言ってたンだ。その……男と女の激しい一夜を過ごしたとか、足腰が立たなくなるまでイカされたとか、そんなワケのわからねェことを」
「あー……間違っちゃいないんだけど」
「なッッッ!?」
正直に答えると、いつも飄々として、あまり動じない拓斗が、ゴム人間に電撃が効かないと知った時の雷様みたいな面白顔になった。
誤解しているようなので、それについては後で説明しようと思う。オレの特能のこととか、カッコ悪いから、あんまり拓斗には話したくないんだけど……。
「それはそうと、メロリナさん、変た――魔王のことを親しげに言いましたけど、あいつと知り合いなんですか?」
「わちきの甥っ子でありんす」
「ああ、なるほ……甥!?」
「と言っても、向こうはわちきに気づいておらんようじゃ。なんせ、もう百年近く会っておらん。あやつが物心つく頃には、わちきはあちこち飛び回り、奔放に生きとりゃしたからの」
魔王と血縁者だったのか。
でも破天荒なメロリナさんなら、それほど不思議でもないと思ってしまう。
新事実に皆が驚いていると、ダークエルフのお姉さんが、すっと近づいて来た。
「そういうことでしたか。魔王様の特能をご存知だった謎が解けました。まさか、このような所で【傾国の
「カカ、そう呼ばれるのは何十年ぶりかの」
凄い二つ名が出た気がするけど、この人もつくづくタダ者じゃないよな。
「しかし、あやつが魔王をやっとるとは知らんかった。お前さん、あやつの側仕えかや? わちきが言えた義理ではないが、よろしくしてやっとくりゃれ」
「御意に」
魔王勢力がよろしくすると、社会的にまずいんじゃないだろうか。
そういや、騎士長さんから魔王の手綱をよろしくとか言われてたっけ。
うん、勘弁してほしい。
ダークエルフのお姉さんは丁寧にお辞儀をして、また壁際に戻って行った。
「横道に逸れちゃったけど、そろそろいいかしら」
ぽんぽんと手を叩き、スミレナさんが拓斗の入居テストに話を戻した。
「スミレナさん、オレが保証します。拓斗は悪い奴じゃありませんよ」
「ええ、とってもイイ子だわ。お店に来てくれた時からそう思っていたわよ」
「それでもテストするんですか?」
「だって、彼は男の子だから」
「男だから?」
「そうよ。そしてリーチちゃんは今、女の子なのよ?」
「そうですね」
「十七歳の男の子と言ったら、ほら、ねえ?」
「ねえ、と言われましても」
「ダメだわ。この子、全然わかってない」
スミレナさんは溜息をつき、マリーさんは苦笑い。メロリナさんは大笑いだ。
友人を家に置いてやってほしいと思うことの、どこに呆れられたのか。
「リーチちゃん、よく考えて。赤の他人である男女が一緒に暮らすということを」
「赤の他人の男女が一緒に……」
そこまで言われて、オレはようやくハッとした。
「す、すみません。オレ、考えが足りていませんでした」
「いいのよ。わかってくれれば」
「女性のスミレナさんがいるのに、そこへ男子を住まわせようだなんて」
拓斗が何かするなんて思わないけど、女性からすれば関係ない。
そんな最低限のマナーをオレは失念していた。
「ねえ、リーチちゃん」
「なんですか?」
「後で全身マッサージの刑ね。おっぱいを重点的に攻めるから」
「なんでですか!?」
「やれやれだわ。アホな子はもう放っておいて、テストを始めましょう」
アホな子って、もしかしなくてもオレのことですか……。
「それじゃ、タクト君、こっちのテーブル席に移動してくれるかしら」
「は、はい。何されるんスか……」
オレを放置して準備が進められていく。
テーブル席に座り直した拓斗の背後にマリーさんが立ち、何故かメロリナさんがテーブルの下に潜り込んだ。何が起ころうとしているんだ。
「アホな子以外はそろそろ察しがついていると思うけど、今からタクト君の理性がどれほどのものなのか試させてもらうわ。三分間、股間の状態異常を耐えなさい。これをクリアできれば居候を認めてあげる」
「あの、こういうのって、流行ってたりするんスか?」
「そんなワケはないけど。もしかして、どこかで経験済み?」
「いや、別に」
そういうことか。
ここまでヒントを出されたら、何が行われようとしているのか嫌でもわかる。
「なはは、人妻の魅力にかかればイチコロやで」
「判定はわちきに任せてくんなまし。どんな些細な変化も見落としはせん」
「タクト君、どうする? 恥を晒すことになるかもしれないから、やめるなら今のうちよ? もっとも、覚悟の程も見させてもらっているわけだけど」
「構わねェっスよ。何をされようと、俺はおっ勃てたりできな――しませんから」
勝算があるのか、拓斗は余裕の笑みを見せた。
「いい面構えね。それじゃ、マリー、早速始めてちょうだい」
「いくでー。ほりゃ」
おもむろに、マリーさんが拓斗の背中に抱きついた。
だけでなく、頬と頬をくっつけ、擦り合わせている。
「くっ」
拓斗が唇を噛みしめ、表情を強張らせた。
「メロさん、どう?」
「まだ反応ナシでありんす」
「ほほう。タクト君、やるやないか」
マリーさんは、確かケルベロス級だとか言っていたのを覚えている。
大きすぎず、小さすぎず。巨乳派の拓斗にとっては物足りないかもしれないが、胸の柔らかさを伝えるだけなら十分すぎるサイズだ。
「マリー、次のフェイズに進んで」
「ほいきたー」
はむ。
と、マリーさんが拓斗の耳を咥えた。
「ふぬぐっ!?」
背骨に電流が走ったかのように、拓斗の上半身が不自然に跳ねた。
マリーさんの口撃はさらに加速する。あむあむと耳たぶを甘噛みし、ちろちろと全体を舐め、ふーっと穴の中に息を吹きかけた。拓斗の顔が苦悶に歪んでいく。
「メロさん、反応は?」
「反応ナシじゃ。こやつ、パないの」
「ええー、ほんまかいな。自信なくすわー」
一分が経過した。
「こ、こんなもンですか? この程度じゃ、俺はビクともしねェっスよ」
「だそうよ。マリー、もっと過激に」
「よっしゃ、本気でイカせてもらうで。あ、旦那には内緒な」
拓斗は気丈に挑発するが、顔は真っ赤に染まり、脂汗をかいている。
まるで、股間に巡る血さえも無理やり頭に引っ張り上げているかのようだ。
すげえ。すげえよ拓斗。
オレにはわかる。こんなことは時間の無駄だと。
拓斗は三分間、きっちりと耐え抜く。
一度言ったら、拓斗は何があろうとやり遂げる。そういう奴なんだ。
「わ、悪ィな、オネエサン方……。俺の息子は今、ちょいとヘソを曲げてンだよ」
「ぬかしおるわ。すみれなよ、わちきも下から参戦した方がいいかや?」
「止むを得ないわね。でも直はダメよ。タオルの上からマリーの援護をお願い」
「援護はよいが、別に、
「く、来るなら来い! どんな快感に襲われようと、俺は耐え――ぐあああッ!!」
拓斗の悲痛な叫びが店内にこだまする。
オレは拓斗を信じている。こんなテスト、軽く乗り越えてくれるって。
なのに、無意識に拳を握り固めていた。
「リーチちゃん、アタシの心配をしてくれたのは嬉しいわ。でもね、今はアナタも女の子だってことを忘れないで」
「……拓斗は男だったオレを知っています。オレに変な気を起こすなんて、絶対にありません。それにエリムっていう前例もあるじゃないですか。エリムはよくて、拓斗はダメなんですか?」
「それはアタシがエリムのへたれっぷりを誰よりもよく知っているからよ。親友を試すような真似をして、申し訳ないと思う。けど、アタシはリーチちゃんほど彼を知らないのよ」
拷問に近いテストは続いた。
拓斗は左腕に、右手の爪を喰い込ませている。
もはや絶頂を耐えているようにしか見えないが、あれでまだ股間の状態異常さえ起こしていないというのだから、拓斗の精神力は驚嘆に値する。
そんなあいつを、オレは見ているしかできないのか。
ついさっき、拓斗の前では男らしく努めると決めたばかりなのに。
親友が頑張っている。
親友が苦しんでいる。
それを黙って見ているだけのオレは男らしいか?
「……こんなの、全然男らしくない」
自問し、自答したオレは動いた。
スミレナさんの手が肩に触れてきたけど、それを振り切って拓斗に近づいた。
彼女たちの蛮行を止めるためじゃない。
どのみち拓斗は耐える。何をしようと無駄だと教えるため。
そして、スミレナさんの心配は無用だと知らしめるためだ。
オレは有無を言わせず、くっきりと爪の痕がついた拓斗の左腕を取った。
その手を強引に、
「てりゃっ!」
むにゅりん。
と、オレの右胸を鷲掴みさせた。
指を胸に埋めるようにして、拓斗の掌を上から押しつける。
店の中から音が消えた。
かと思えば、
ズゴンッ!! と、叩き割らんばかりに強く、拓斗がテーブルに頭突きをした。
その後頭部からは、しゅーしゅーと湯気が上ってくる。
どうやらマリーさんとメロリナさんの愛撫で限界が近かったようだ。
だとしても、拓斗は耐え抜いただろうけどな。
「メ……メロさん……状況報告を」
「……信じられん。これでも反応ナシじゃ……」
「あ、ありえへん……」
三者同様、驚愕に声を震わせた。
見たか? 見ましたか!?
これがオレの親友。新垣拓斗という男だ。
「り、利一……おま……何して……」
胸から手を離した後も、拓斗はテーブルに突っ伏したまま喋った。
「拓斗が苦しむ必要なんて無い。お前がオレに興奮するなんてあるわけがないんだからな。ああすりゃ一発で証明できるだろ? へへ、見ろよ。スミレナさんたち、絶句しちゃってるぞ」
我ながら、今のは男らしい行動だった。
「ま、まさかとは思うが……こんなこと……他の奴にも……してたり……」
「するわけないだろ。お前だからだよ」
「ぐっふっ!?」
マリーさんたちによる精神ダメージが遅れてやってきたのか、それともテストのクリアを喜んでいるのか、拓斗はうつ伏せのまま小刻みに震え出した。