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第5話 親族会議

 翌日の午後。

 セルジュが会議室に入っていくと、既に親戚連中が集まっていた。


(ふんっ。どいつもこいつも強欲な顔しやがって)


 セルジュは可愛らしい笑顔を見せながら心の中で毒づいていた。


「こんにちは、セルジュ。ご両親は残念なことで……」

「元気をだしてね、セルジュ」

「困ったことがあったら、私を頼ってくれ。セルジュ」


 大人たちは憐れみの目で小さな4歳児を見ている。


(完全にボクのことを侮っているな)


 セルジュは会議室のなかをニコニコと親族たちに笑顔を向けながら進み、自分の席へとついた。

 主の席へとついたセルジュに向かって親戚たちは口々にまくしたてる。


「まだお前は4歳。後見人が必要だ」

「私なら後見人に相応しい」

「いや。儂のほうが適任だ」


 言い争いながらアピールしてくる大人たちを見ながらセルジュは、自分の身内の醜さに呆れた。


(この中には信頼に足る人物はいない)


 諦めと絶望を感じながらも、セルジュは笑顔を親族へと向けた。


「みんな、ありがとう。ボクのことを心配してくれて。でも気遣いは無用だよ。テバス」

「はい、坊ちゃま」


「「「えっ⁉」」」


 親族たちは驚いてセルジュを見た。

 正確には、4歳児の背後にいるテバスを見た。

 テバスが厳かに告げる。


「皆様にお集まりいただきましたが、これは後見人を決めるための集まりではありません。なぜなら、後見人は既に決まっているからです」

「「「えっ⁉」」」


 親族たちは驚いた表情を浮かべて、キョロキョロとセルジュとテバスを見比べている。


(お父さまがボクのために何の手筈も整えずにいるわけがないのに、何を今さら驚いているんだろう? こんなだから、誰もお父さまから後見人の指名をうけなかったんだよ)


 ボッセオ公爵家には、金もあれば権力もある。

 だからこそ警戒し、慎重に伴侶を決めて血を繋がなければならないのに。

 必ずしもそうでなかったことは、セルジュの前に並ぶ親族を見れば明らかだ。


(おだてに弱い男って、珍しくないからな。前世の勇者時代に、オレは嫌というほど見たぞ)


 セルジュの中に一瞬、前世の勇者が蘇った。

 女におだてられて勇者を裏切った男もいれば、男に騙されて勇者を裏切った女もいた。


(人間は弱い。それを理解しておかないと足元すくわれるからな。オレは痛い目をみているから大丈夫だが、セルジュは4歳だから裏切られたら泣いちゃうぞ)


 セルジュは1人、頷いた。

 そしておもむろに親族たちへ伝える。


「驚いちゃうよね。ボクも知らなかったから驚いたよ。後見人のことはテバスから聞いたんだ。お父さまが万が一に備えて手配してくれていたんだって」


 セルジュは純真無垢な表情を浮かべて首をコテンと右に傾げた。

 子どもらしさの残るふっくらとした頬に銀色の髪がサラリと落ちる。

 キラキラと輝く青い瞳と銀色の髪、そしてふっくらとしたスベスベのほっぺ。

 天使のようなビジュアルに、親族から溜息が漏れた。


 テバスは小さく頷くと説明を続けた。


「はい。旦那さまは優秀で愛情深く、先見の明のあるお方でした。ご自分の身に万が一のことがあっても坊ちゃまが困るようなことにはならないよう、わたくし共に指示を出されていました」


 テバスの言葉に親族たちは動揺した。


「そんな話は聞いていないぞ!」

「誰だ? 誰が選ばれたんだ?」

「後見人に選ばれたのは、ここにいる誰だ?」


 テバスはおもむろに一枚の書類を取り出すと、パラリと開いて一同に見せた。


「旦那さまは後見人として、ご自分の腹違いの弟であるセシリオさまを指名しました」


 親族一同は青ざめた。


「初耳だぞ!」

「腹違いの弟⁉」

「セオドアに弟なんていたのか⁉」


 ざわめく一同に向かい、テバスが静かに告げる。


「はい。セオドアさまには、腹違いの弟であるセシリオさまがおります」


 親族一同は互いに顔を見合わせた。


「聞いてるか?」

「そんな話、知らないぞ」

「母親は誰だ?」

「騙されているんじゃないのか?」


 テバスは説明を始めた。


「セオドアさまの父君は、妻亡き後、とある女性を見初められたのです。お2人の想いは通じ合い、セシリオさまが誕生しました。ですがセシリオさまの母君はボッセオ公爵夫人となるのを嫌い、正式な妻とはならなかったのです」


 親族からは反発の声が上がった。


「そんな話、信じられるかっ」

「ああ、そうだ。金はもちろん権力もあるボッセオ公爵夫人の座を自ら放棄するなど、そんな女いるか?」

「どんな都合のいい女だよ。だいたいその女はどうやって子どもを育てたんだ? 生きるのには金が要るのに」


 テバスは、一瞬だけ分かりやすく眉をしかめたが、すぐにいつもの冷静な表情へと戻った。

 そして説明を続ける。


「セオドアさまの父君は、無責任な男性ではありません。夫人の座を望まなかった女性に、財産のみを譲り、セシリオさまには領地の一部を与えたのです」


 親族は驚いてどよめいた。


「領地の一部?」

「どうやって親族にも知られずに領地の一部を与えられるんだ?」

「我々にすら知られずにどうやって?」


 テバスは冷静に答えた。


「セオドアさまは、弟君であるセシリオさまの存在をご存じでしたし、親交もありました。だから領地のこともご存じでしたよ。ですがセシリオさまの母君の考えを慮り、公表はなさらなかったのです」


 だが親族が納得することはなかった。


「そんな都合のいい話があるかっ!」

「我々を騙そうとしてもそうはいかないぞ!」

「そうだそうだ!」


 親族たちは口々に異議を唱えたが、正式な書類がある以上どうすることも出来ない。

 笑顔のセルジュとテバスに見送られ、名残惜し気にすごすごとボッセオ公爵邸から帰っていった。

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