春。
桜吹雪の舞う坂道を、俺は新しい制服を着て歩いていた。
「ふぁ〜……。まさか全寮制とは思ってなかったな」
いきなり両親の転勤。
そして親戚のコネで滑り込んだのが、私立・神代学園(しんだいがくえん)だった。
全寮制、制服が妙に豪華、そしてやたら施設がでかい。
要するに「ザ・金持ち学校」。俺みたいな庶民が来るところじゃない。
……の、はずだった。
「ユウト先輩っ!」
背後から、突風のように声が飛んできた。
「ん、えっ?」
振り向いた瞬間、ふわっと香る甘いシャンプーの匂い。
そして俺の胸に、勢いよく飛び込んできた女の子。
「先輩っ……やっと会えましたっ……!」
「こ、ことの……?」
黒羽ことの(くろば・ことの)。
中学の時の後輩。小柄で、華奢で、どこか儚げ……な見た目なのに、めちゃくちゃ懐いてくる。
いや、懐いてくるというか
「えへへ……先輩の転校先、ずっと調べてたんです」
「なんでだよ怖ぇよ!!」
満面の笑みで言うことじゃない!
待って、今「調べてた」って言ったよな!? ストーキング的な意味で!?
「先輩のこと……中学の頃から、ずっと見てましたから」
「見てました、って、どのレベルで!?」
「寝顔……優しそうでした」
「見てんじゃねぇかあああ!」
まるでホラー映画のような第一印象だが、ことのは本気で俺のことが好きらしい。
しかも、この学園の高等部に進学してきてる。偶然か、必然か。いや、たぶん後者。
「寮も一緒ですね。これで夜もずっと一緒です♡」
「一緒じゃねぇよ! 男子寮と女子寮は分かれてるはずだろ!!」
「あ……でも非常階段って便利ですよね……ふふっ」
「笑うなああああ!!」
初日から胃に穴が開きそうな俺の前に、もうひとつの影が立ちはだかった。
「……風間ユウトくん」
静かな、けれど透き通る声。
隣の席に座っていた、氷室しずくが、俺をじっと見つめていた。
「な、なんだ?」
「さっき、落ちてた桜の花びら、拾ってたでしょ。……それ、君らしいなって思った」
「えっ? いや、それはゴミ箱に入れようと……」
「ううん。きっと、大事にしたかったんだと思う」
しずくは微笑む。
めっちゃ読まれてる!? 心読まれてる!?
ていうか、なんでこいつ、隣の席で俺のことずっと観察してた!?
「……興味あるかも。君って、ちょっと変だから」
「いや、変なのはお前らだよ!!!」
こうして俺の地獄の、もとい、花の高校生活が始まった。
しかもこの後、生徒会長に気に入られ、なぜかメイドに仕えられることになるなんて、
そのときの俺は、まだ何も知らなかった。