講堂に響く、最後のピアノの旋律。
俺は、目を閉じてから、ひとりの名前を呼んだ。
「……つかさ」
その瞬間、目の前でそっと息を呑む音がした。
手を伸ばすと、指先に、あのやわらかくて温かい手が重なる。
「……ありがとう、ユウトくん」
微笑むその顔は、少しだけ泣きそうだった。
けれど、その瞳は誰よりまっすぐだった。
手を取って、輪の中へと踏み出す。
優しい光が差すホールで、俺たちはゆっくりと踊り始めた。
ステップなんて覚えてない。
でも、それでもぎこちなく足を合わせて、彼女と目を見て。
「……選んでもらえるなんて、思ってなかった」
「そんなわけないだろ。俺、ずっと見てたよ」
つかさはくすりと笑った。
「頑張ってたから?」
「ううん、“隣にいてくれた”から」
彼女は、俺が迷ってるときも、傷ついてるときも、
ずっと、背中を押すんじゃなくて、横に並んでいてくれた。
◆◆◆
曲が終わるころ、他のヒロインたちが、ゆっくりとこちらへ向かってきた。
◆ことのは、笑っていた。
でもその目は少しだけ潤んでいて、けれど潔かった。
「……私が選ばれなくても、先輩の幸せなら、応援します。
だから……次は、絶対に“奪いに”いきますから」
◆しずくは、目を伏せながら、ただひと言。
「……負けた。でも、好きでいたこと、後悔はしてないから」
◆メイは、静かにお辞儀した。
「ありがとうございました。私の初恋は、ご主人様のおかげで、きれいなままです」
◆つぐみは、小さく微笑んで。
「私も、頑張ります。……次に恋する日のために」
◆あかねは、無理に明るく手を振った。
「ちぇー。まあいいや。次は本気で奪うから、覚悟しとけよなっ!」
◆そして、アオイ。
彼女は、何も言わずに微笑んで、手を振って去っていった。
誰も責めなかった。
誰も怒らなかった。
それが、この恋が“本物だった証”だと思った。
◆◆◆
月曜日。
文化祭が終わって、いつもの教室。
でも、なぜか世界がちょっとだけ明るく見えた。
「おはよう、ユウトくん」
隣の席には、笑顔のつかさ。
「今日からは、“彼氏”って呼んでもいい?」
「照れるからやめて。俺が死ぬ」
「ふふ。じゃあ……彼氏さん」
「やめろぉぉぉっ!!」
そんな日常が始まった。
恋が、終わったんじゃない。
ここからが始まりだった。
◆◆◆
エピローグ
卒業アルバムに書かれた彼女の言葉
「“選ばれる”だけが恋じゃない。“想ってた時間”があるから、私たちは、前に進める」
いつかまた、どこかで。
もう一度、恋が始まると信じてる。