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元不良が犬拾ったら、暴走女子がヒロインしにやってきた件
元不良が犬拾ったら、暴走女子がヒロインしにやってきた件
ユンティア
恋愛現代恋愛
2025年05月30日
公開日
2.4万字
完結済
かつて“桐ヶ谷迅”は、名の知れたガチ不良だった。 だがある事件をきっかけに喧嘩をやめ、今ではちょい悪系イケメンとして目立たぬ学園生活を送ろうとしていた――はず、だった。 そんな彼の平穏は、一匹の子犬を拾った朝に、あっさり終わりを告げる。 「不良が犬を拾うって、これ完全に少女漫画の導入ですよね」 突如現れた謎の美少女・九条怜奈。 彼女は“自分こそが迅のヒロイン”と信じて疑わず、勝手に物語を始めてしまう暴走型ヒロイン(自称)。 さらに―― ・図書室で犬の本を探す迅に惹かれた、清楚系メガネ女子は、実はBL妄想が止まらない創作オタク。 ・無口な副会長は、迅を昔から観察し続けていた筋金入りの"記録系ヤンデレ"。 個性もテンションも方向性もバラバラな三人娘に囲まれ、 迅の“静かに暮らしたい”計画は崩壊寸前! 果たして彼は平穏を取り戻せるのか? 恋と混沌が交差する、ドタバタ青春劇、ここに開幕!

プロローグ 落とし前

 夕立の匂いがまだ残る午後、どこかで遠く、雷が鳴っていた。

 その空気の中、桐ヶ谷迅は一人、過去を思い返していた。


 俺は昔から、ガタイだけは良かった。

 運動神経もまあまあ、喧嘩も強い方。

 だけど、誰かに注目されたり、群れるのは性に合わなかった。


 中学の頃までは、どちらかというと一人でいるのが好で。

 恋愛? 興味なんてなかった。

 女子に話しかけるタイミングなんて分からなかったし、

 こっちを怖がって避けるような目も、いつからか見慣れていた。


 ――きっかけは、ただの偶然だった。

 放課後の校舎裏。

 雨がしとしとと降るなか、三人がかりでクラスメイトを殴っている現場を見つけた。


 そいつは小柄で、目も合わせず、ただ蹲っているだけだった。

 通りかかったやつらも、誰も止めようとはしなかった。

 けれど、俺はーー足を止めた。


 「やめろ」


 振り向いた連中が、最初に言ったのはこうだ。


 「は? なんだお前、生意気だな」


 ──そこからは、もう止まらなかった。


 やられたらやり返す。

 数で来るなら、何倍にして返す。

 気づけば、俺は「ケンカが強いヤツ」として周囲に見られるようになっていた。

 「一緒にいれば安心」だの、「あいつに話せばなんとかなる」だの――

言ってくるやつが増えて、いつの間にか、俺の周りには“仲間”ができていた。


 不良になりたかったわけじゃない。

 でも、慕ってくるやつを突き放すのが苦手だった。

 放っておけなかった。


 「迅さん、マジ惚れるっす!」


 「背中、でけぇ……」


 そんな言葉をかけてくるのは男ばかりで、女子からはますます距離を置かれた。


 ……けどまあ、それでもよかった。


 「俺にできることがあるなら」って、思ってた。


 ――あの日までは。


 高校二年の春。

 梅雨が始まりかけた頃の放課後、腐れ縁であり親友の拓海から電話がきた。


 『……ケンジがやられた。けっこう、酷ぇ。』


 「……誰がやった?」


 『城南の連中。一年が何人か行ったらしい。……ケンジが“迅のため”に、って。お前の名前、バカにされたって言われたら止まんなくて――』


 俺は、無言で立ち上がった。


 クローゼットから、昔のジャージとスニーカーを引っ張り出す。

 最後に、引き出しの奥からナックルを手に取る。鉄製の無骨な武器。

 俺はそれを暫く見つめ――元の場所に戻した。


***


 河川敷にある古びた倉庫。

 そこにいたのは、五人。

 俺は、一人だった。

 でも、それで十分だった。

 仲間が俺の為に血を流した。

 それが全てだった。


 「迅〜、仲間やられて一人で乗り込んで来たってかぁ?」


 「……ああ。落とし前、つけに来た」


 拳は、痛かった。

 けど、それ以上に重かったのは、背中にのしかかる罪悪感だった。

 “俺の名前で、誰かが怪我した”


 それだけで、拳に乗せるものが変わる。

 五人を倒したあと、俺はゆっくりと拳を下ろし、意識のあった一人に告げる。


 「これで最後だ。俺は……不良をやめる」


 「はあ? 意味わかんねぇよ……!」


 「仕返ししたきゃ、来いよ。俺はもう、手は出さねぇ」


 振り返らずに背を向けて、一言だけ、残した。


 「……でもな。俺の大切なモンに手ぇ出したら、地の果てまで追って、ぶっ飛ばす」


***


 数日後。

 雨が止んだばかりの朝。

 ぬかるんだ裏山の登校路で、小さな声が震えていた。


 「……くぅん……」


 俺の足元に、泥まみれの子犬が蹲っていた。


 「……なんでこんなとこにいんだよ」


 視線を子犬の背後に移すと、空の段ボール箱が置かれていた。

 そこには、ご丁寧に**「拾ってください」**と書かれている。

 ただし、雨に濡れて段ボールはへこみ、文字は滲んで読みづらくなっていた。


 「ひでぇ事しやがる……」


 俺は上着を脱ぎ、そいつを包み込んだ。


 その時だった。

 耳に届いたのは、やたら通る女の声。


 「あぁぁぁっ!!」


 振り返ると、制服を着た黒髪の女が立っていた。

 艶やかな黒髪は背中まで伸びていて、前髪は斜めに整えられている。

 肌は透けるように白く、ぱっちりした瞳は異様なほど真っ直ぐで、俺と犬をじっと見つめてくる。

 制服は校則通りきっちり着こなしているのに、まるで少女漫画から飛び出してきたような完成度がある。

 その見た目に反して、口にした第一声がすでにどこかズレていた。


 「不良が犬を拾うって、これ、完全に少女漫画の導入ですよね……!」


 「……は?」


 「これは……運命です! 私、先輩のヒロインになります♡」



 こうして、

 俺の平和な日常はーーきれいさっぱり終わった。


---



(つづく)


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