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第35話 図書館デート ナギ視点

「来週の木曜までに図書館行かなきゃ」

「うん?」

「予約していた本が貸出可能になったって連絡が来たんだ」と俺にスマホをかざす。

そこには人気の小説が「貸出可能になりました」という通知が来ていた。

意外なことに俺の知る程の有名ミステリー小説だ。

モンスターパニック物じゃないのか。

そんなに読みたい本なら買えば早いのに、と思ったがこの部屋の収納具合と、おそらく金銭的事情で図書館で借りてすましたいのだと思い至った。

「この市の図書館行ったことある?」

「そういえばないな」

本を読みたくなったら適当に本屋に行き、その時に興味を惹かれた本を買うから。

読み終わった本は多目的ルームの本棚に置いておけば誰かが持って行くので収納にも困ったことはない。

今後は俺が読んだ本にみやびが興味を示したら彼女に貸すのもいいな。

もっとも俺の好むジャンルの本を気に入るかはわからんが。

「ふっふん。この町の図書館は凄いよ~。中にカフェが入ってるくらいの規模なんだよ。品ぞろえも近隣では一番いいし。私の納めた税金全部図書館に使ってもらいたいくらい」

我がことのように胸を張る。

その様子も愛らしい。


「そもそも図書館はどこにあるんだ?」

「むぅ、そこからの説明なんだ、駅前にあるんだけど。図書館の入ってる建物には割とおっきい看板があるんだけど、西口だから普段見ないかな~」

意外と近いな。

俺の夜廻りの担当はこの周辺ではないからこの辺りの地理には疎いのが残念だ。

ここの担当の加賀宮に担当交換を持ち出してみようかと一瞬思ったが、さすがに私情で隊は動かせないな。

いっそのこと弐番隊に所属変更を願い出てみようか、いやこれも無理だな。

「行ったことないなら一緒に行こうよ」と身を乗り出して誘ってくる。

可愛い。

この誘いを断れる人類居るか?

居ないだろう。



スマホで仕事のシフトをチェックする。

「明後日ならいけるな」

「やった!じゃ決まりね」と笑うみやびは心底嬉しそうで俺も釣られて微笑んでしまう。



駅で待ち合わせをし、みやびに連れられて件の図書館がある商業施設へと向かう。

言われていた通りかなり広いし、落ち着いた雰囲気だ。

みやびと知り合わなければ足を踏み入れることは無かっただろうなと思うと不思議な気分だ。



「ナギは何か読みたい本ってある?」

「そうだな・・・。学生時代は心理戦や頭脳戦を描いた小説を読みふけってたな。今は本屋で適当な話題書をジャンル関係なく読むかな、もっとも恋愛小説だけは一切読んだことが無いが」

小説に限らず、映画やドラマでも恋愛ものは見たことが無かったし、興味を持ったこともない。

そんな俺が今一人の少女に恋をしているだなんて滑稽だな。

今なら恋愛物も共感できるだろうか。

「へ~頭脳バトルとか読んでて頭痛くなりそう」

「案外そうでもないんだが、結末が読めない時にはやや悔しい思いはするな」

「あ~そういうのってあるよね。違うジャンルで、んっと、叙述トリックって言われるやつがあるんけど、作品名は伏せるけど若い人らの話だと思っていたらおじいちゃんが主人公でしたってやつ読んだことあるけどあれもラストに「やられた~~」って悔しい思いしたなぁそういえば。よく読んだら変な部分があったんだけど、そういう趣味の人かなって思っちゃったんだよね」

周りの人間の邪魔にならないように小声で、かつ感情たっぷりに話す。

「やられた~~」の部分が真に迫ってて可愛い。

本を読んで衝撃を受けた時のみやびの様子を見てみたかったな。

叙述トリックか。

そういわれると興味がわくがかといって今ここでお勧めの本を聞くとそれ自体がネタバレになりそうだな。


「ここは返却期間が3週間あるし、ナギも何か借りてみる?登録したら誰でも借りられるし」

「そうだな」

ぐるりと図書館内部を見渡すが確かに広い。

所蔵している本も多種多様にわたっているし、少数だがDVDまで置いてある。

本格的に本を探すのならみやびと別行動した方がいいかもしれないが、せっかくのデートだからなるべく傍に居たい。

「みやびに着いてまわってそれで興味を引く本があったら借りてみようかな」

「そっか~。私の好きなジャンルの本に気になるものが出来るかな」

「鮫か?」

「鮫じゃないよ!なんでそう変なイメージついちゃってるの!・・・本でのお勧めは熊、かな」

やっぱり猛獣じゃないか。

というか熊がお勧めなのか。

「小説は自分の脳内で再生されるから映画と違ってまた違う怖さがあるんだよね。意識がありながら食べられる人の心情とか描かれて、ぎゃっ!って感じ」

話してる内容はかなりアレだが、楽しそうに話すみやびは本当に可愛い。

「ぎゃっ!なのか」思わず口調を真似してしまった。

「そうだよ~、ぎゃっ!なんだから。読んでみる?」

「借りてみるか」

教えられたタイトルの本はすぐに見つかり、表紙裏に貼られていた帯には「ミステリー大賞優秀賞受賞作品」と書かれていた。

この本のどこにミステリー要素があるんだろうか・・・。



「そうだ、ちょっとあそこで試し読みしていい?たまにね、作者さんの作風が合わないことってあるから借りる前には少し冒頭読むんだ」

先ほど「あらすじが気になる」と1冊の本を手に取ってたみやびが言う。

初めて読む作家らしいからその辺りが気になるんだろう。

「わかった。じゃあ俺はしばらく見て回る」席を確保するためにもテーブルに鞄と先ほどの本を置き、あてもなくぶらぶらと館内を見て回った。

とはいっても寮が官庁の敷地内にあることから仕事の移動時間に読むこともないし、できればみやびとともに時間を過ごしたいから本を多く借りて読むわけにもいかない。

小説よりも軽めの雑誌などを見て回るかと、雑誌コーナーに足を踏み入れた時に「ヘアアレンジ」という本が目についた。

そういえばみやびは普段髪の毛をくくらないな。

バイト先は飲食店だからか軽く結んでいたが。

あの髪型のみやびもすこぶる可愛かった。

ふとした興味で雑誌をめくると、ハーフアップや夜会巻き、前髪編み込みなど多種多様な種類があった。

想像してみる、可愛いしか語彙が出ない。

というか、俺が見たいな、こういう髪型の彼女を。

初心者でも出来そうなものを1冊選び、あとはレシピ本を何冊か物色した。

もうちょっと料理もレパートリーを増やしておきたい。

大分みやびの好きな味、苦手とするものが把握できてきた。



「おかえり。良さげな本あった?」

俺たちのテーブルには他に誰も居なかったものの、周囲に配慮して小声で聞いてきた。

今まで一切気にしてなかったけど「おかえり」っていう言葉すごくいいな。

「ただいま」と言い、選んだ本を彼女に見せる。

「レシピ本だ。あとは・・・ん?ヘアアレンジ?変わった本持ってきたね」

みやびが本を受け取りぱらぱらとめくる。

「髪の毛を触ってみたいんだが、いじられるの嫌か?」

本を持ってくる前に意思を確認すべきだったかと、若干後悔する。

「別にそんなことないけど。・・・ナギは髪の毛くくってる方が好きなの?」

一通り見終わったのか、本を俺に返してくる。

みやびの動きに合わせてふわふわと動く髪の毛とか、髪の毛を耳にかける仕草は色気が感じられて好きだ。

「今まで髪型の好みとかあまり考えたことなかったな。バイトでのみやびも可愛いけど、今の自然な髪もいいと思う。好み関係なく、色々な髪型のみやびが見てみたいと思ったんだが・・・せっかくだしちょっと試してみていいか?」

「え、今ここで?まぁヘアゴム持ってるけど。あ、あとポニーフックも持ってる。携帯用櫛もあるよ」

色々持ち歩いてるのか、女の子は大変だな。

「あ、ちょっと待って、巻き込む可能性あるからイヤーカフ外すね」

手慣れた動きでいつもつけてるイヤーカフを外す。

なんだかその動きが煽情的だ。

普段はずっとつけられてる装身具が外されると、俺しか見られない特別な姿なんじゃないかと錯覚しそうになる。


この間触れた時にも思ったが、みやびの髪の毛はふんわりと柔らかくいい香りがする。

どの髪型にするか悩んだが、比較的簡単にできそうな低め編み込みのポニーヘアというものを選んだ。

ベースを巻かなくて楽、とか書かれてるが単語の意味が分からない。

それでも本が一工程ごとに見本を載せてくれていたおかげでスムーズに出来た。

髪の毛を2つにわけ、それぞれを編み、襟足で結びポニーフックを差し込んで完了。

両側の髪をゆったりと編んだので、普段は隠れがちな耳も露わになって全体的に女性特有の華やかさが増している。

「んと、どうかな。自分じゃよくわからなくて」と困ったように言う。

可愛い、想像以上に可愛い。

にやけそうになる口元を左手で覆い隠し誤魔化す。

「似合ってる。・・・今後も髪の毛いじっていいか?」

「え~しょうがないな。特別だからね」

まんざらでもないように笑う。

「そうか、俺は特別か。じゃあもっと色んな髪型勉強するか」

「ん。期待してるよ」

軽く見た限り、簡単にアレンジできる道具も色々と売ってるらしいので、今度その系統の店を物色しなければな。



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