「よお!ナギ遅かったじゃねえか」
「こっちだ、こっち!」
「席取っといたぜ」
職員用食堂に入った俺を見つけた天方(あまかた)らが声をかけてきた。
軽く手を振り、そのままカウンターへと並び、適当に注文する。
考えるのも面倒だったので日替わり定食にした。
こういう時に好き嫌いが無いと楽だな、と定食の一品のカニクリームコロッケを見てみやびとの会話を思い出す。
「コロッケはね!やっぱりノーマルのが一番だよ。クリームコロッケはダメだな。あいつはダメだ」と熱く語っていた。
好き嫌いは特にないと言っていたが、こういう細かい所では譲れないものがあるらしい。
なにがどうダメなのかはわからなかったが、クリームコロッケに対するヘイトが強い。
以前一緒に食事した時に、彼女が注文した定食にクリームコロッケが混ざっており、それに気づくと何も言わずにそっと俺の皿に移したこともある。
そんなに嫌いか。
まるで子供みたいな言動や行動が愛らしいとさえ感じた。
出来上がった料理を受け取り、天方らが待っている席へと向かう。
すでに天方らは大半食い終わっていた。
「会議、いつもより時間がかかったな」
「ちょっとな。ややこしい案件があったり、敬神に番いの事で苦情言われた。俺のせいで番い託宣の依頼が殺到してるらしい。それと弐番が持ってきたノラネコの情報を共有しておきたいから後で各自タブレットを見てくれ」
付け合わせのキャベツにドレッシングをかけながら言う。
番い、という単語に隊員らが一斉に「あ~~」という声を漏らしながら納得したように頷き合った。
「散々、呪いだとか、俺の彼女への溺愛が怖いと言われた」
それは時折自分でもそう感じる。
彼女がバイト中に他の男を接客してる姿を見ると激しい嫉妬に駆られる。
あの愛らしい笑顔を独占したい。
かといって彼女を傷つけるようなことはしたくないし、嫌われたらと思うとそれだけで心が痛む。
こんな気持ちは生まれて初めて抱く。
箸を進めながら、隊員らの会話に耳を傾ける。
会話は尚も番いについての事だ。
彼女との交際の進展具合は明確に語ってないが、俺の態度からまだキスも交わしてないというのが知れ渡ってるらしい。
散々「まだしてなかったのかよ、遅いな」だとか「中学生のおままごとかよ」とか「彼女は待ってるんじゃないのか?」だの「俺もまだしたことないけどな、というか彼女が居たこともねーわ」と会話が盛り上がってる。
俺も早く彼女とキスをしたいんだが、したら歯止めがきかなさそうで自分が怖い。
それ以上を求めそうだ。
万が一にも拒絶されたらと思うとそれも恐ろしかった。
天方が入れてくれた麦茶を飲み、最後に残ったカボチャのキッシュを口に含む。
隊員らはすでに食べ終わり、各々トレイをカウンターに戻しに行った。
そんな時、空いた俺の前の席に五行(ごぎょう)が座った。
その内に来るとは思っていたが、このタイミングで来たか。
「俺に何か用か?」
素っ気なく話を切り出す。
「俺が遠征に行ってる間にお前に番いが出来たと聞いてな。どういうつもりだ」
「どういうもなにも、俺にはもう運命の人が見つかったというだけだ。彼女以外とは添い遂げるつもりはない。お前の妹との事はもう諦めてくれ」
以前「仕事について相談がある」と呼び出され行った店で見知らぬ少女と顔合わせをさせられた。
五行は尊大な態度で「五行本家の正当なる血筋である俺の妹を嫁に迎えることを認めてやる」と得意げな顔で言ったが、用件がそれだとわかると俺は即帰った
その後も度々絡まれたが、その内に長官直々の命令で参番に遠征命令が下ってしばらくは平穏だったのだが。
「そんなどこの馬の骨とも知れん女は俺は認めん」
「俺の恋愛にお前の許しが要るのか?」
やはり、五行との会話は不快なだけだな。
「胡散臭い巫女に担がれてるだけだろうが」
「その発言は護国機関の人間としては見過ごせないな。敬神の会への侮蔑は辞めろ」
事実、仕事でも神の加護を付与されて俺たち警護隊は異能力者と渡り合える。
シオンみたいな術師も稀に居るが、基本警護隊に所属している隊員らは異能を持たないただの人間だ。
敬神の会の力添えがあって俺たちは戦えてる。
「ふん」
五行は不愉快だとばかりに鼻を鳴らす。
「とにかく、俺たちの事は放っておいてもらおう。彼女にも一切近づくな」
話は終わりだとばかりに食べ終わったトレイを持って席を立つ。
こんな甘い警告で済ませるんじゃなかった、と数日後に俺は後悔する羽目になる。