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第42話 引き裂く権利なんてなくない? みやび視点

家を出て夏期講習へ向かうところで、見知らぬ男に話しかけられた。

「お前がやつの番いか」

「・・・あなた誰」

私がナギの番いだと確信を持ってるってことは、彼の知り合いか。

体つきを見ると鍛えられてるから護国機関の人間って所かな。

高圧的な雰囲気を醸し出してる20代の若い男と、護衛であろうガタイのいい男のセット。

「俺は警護隊参番隊の五行(ごぎょう)だ」

いかにも「話に聞いたことくらいあるだろ?」みたいな態度だけど、参番が居るってのも知らなかった。

実際、何番まで存在してるんだろ。

基本ナギは仕事の話はあまりしないし、そもそもが多分この五行って人にも大して関心を抱いてないと思う。

五行ってことは、五行財閥の血筋かな。

この偉そうな態度と口調からいって間違いないと思うんだけど。

成人してそうな男の人に護衛がついてるというのは違和感があったけど、確か資産家殺人事件がここ数年起きてるんだっけ?

五行家も確か被害に遭ったと当時騒がれていたっけ。

評判の悪い当主だったらしく、ネットでも散々「犯人グッジョブ」と称えられていたけど。

その書き込みを見ると、実際にそのお爺さんと関わったことのある人なんだろうなとは感じた。

どれだけ悪行三昧だったんだ、その人は。

その資産家殺人事件を未だに警戒しての護衛なのかも。


「これから夏期講習なので用事があったら手短にして」

歩みを止めずに相手の顔も見ずに歩く。

この人からは面倒くさい雰囲気しか感じられない。

この手合いは関わらないのに限る。

「巫女の託宣だかどうか知らんが、番いとやらに強制力はないんだ。とっとと別れろ」

うーん、ストレートに切り出してきたな。

というか、やっぱり強制力って特にないんだ。

世の中に刷り込まれた「番いは引き離してはいけない」というイメージは、権力者が相手を囲い込むための方便と思ってたけど、やはりそうなのか。

じゃあ「番い」って何なんだろ。

確かに一生人を好きになることはないだろうなと漠然と思ってた私がこんなにもナギに惹かれるってのはなにか運命的な何かを感じるけど。

でも相手がナギだしなぁ。

彼みたいな人に「好きだ」って言われたらどんな女でも惚れるんじゃないのかな。

あれ?好きだって直接言われてない気がする。

「番いだ」と引き合わされてから自然に惹かれあったからなぁ。


「私はナギが好きだし、ナギもそう思ってくれてると信じてる。あなたに引き裂く権利なんてなくない?」

この人、護国機関所属なのに巫女様の託宣は信じてないのか。

護国機関も一枚岩じゃないのかな。

それともこの人が特殊なだけなんだろうか。

「今は御厨(みくりや)も浮かれてるだけだ、お前さえ消えたらまともになる」

なんか酷い言い草じゃない?

「そうは思えないんだけど。私が居なくなったからって即「じゃあ次の相手を見つけるか」ってタイプじゃないでしょ」

というかこの人は誰かを好きになったことないんだろうな。

人の気持ちって理屈じゃないんだけど。


「お前の事情なら調べているから知ってる。金なら言い値をやるからとっとと消え失せろ。それで優待制度などという貧乏くさい縛りから解放されろ。そしてどこか遠い地の学校にでも通いなおせ」

うーん・・・財閥のお坊ちゃんらしい考えだな、金ですべてが解決できると思ってるとか。

人の事言えないけど、この人もあんまりまともな育ち方してなくない?

この人は今までも金で人を動かしてきたんだろうな。

というかうちの事情を調べたというのなら忍さんがどこから金銭を得てるのか教えて欲しい。

我が家の金の流れについて一番知りたいのは私だよ。

「やだよ。お金の問題じゃないんだけど」

さて。

あまり時間をかけていたら学校についてしまうし、この人なら私の番いがナギだって周囲に言いふらしそう。

どうしようかな。

話も通じなさそうだし。

「男相手に媚びを売るバイトまでしてるくせに」

「メイドカフェ=ふしだらな店だって思い込み辞めなよ。それにただのウェイトレスだよ。生きるために働いてんの。親の金でこれまでのうのうと暮らしてきたお坊ちゃんにはわからないだろうけど」

つい苛立ちが口調に出てしまった。

あとうちの店は女給による特別なサービスは行ってないんだけど。

なんでそんなメイドカフェ=破廉恥だと結びつけるのか。

「ふん。可愛げのない女だ」

うん、よく言われる。

バイト中ならともかくこの人相手に振りまく愛想も持ち合わせてないけど。



のらりくらりと話を躱してる私にしびれを切らしたのか「女だからといって優しく接してやったが、無駄だったな。痛い目を見たくなければとっとと引け」なんて言ってくる。

え、今まで優しかったの?あれで?

というか一般人を脅迫してるよね。

大丈夫か、五行財閥。

そして大丈夫なの?これを雇ってる護国機関。

「痛い目・・・ねぇ」

立ち止まって、ちらりと護衛を見る。

確かにこっちは正面からだと面倒くさそうだな。

だけど良くも悪くも「主人の指示ありき」って感じで、自分からは勝手に動かなさそう。

こっちは動きを封じときたい所だけど、五行と名乗る男は正直ぶん殴れそうだ。

というかぼちぼちぶん殴りたくなってきた。

「じゃあ賭けしようか。私があなたを叩きのめしたらもう関わらないで」

私の提案に唖然としたようだけど、鼻で笑いながら「いいだろう」なんて乗ってきた。

ちなみに私は「私が負けたらナギと別れる」なんて言ってない。

それにすら気づかないなんて、本当に大丈夫か五行財閥。

護衛の人間は私の仕掛けた罠に気づいたようだけど、そっと唇に指を当てかすかに首を振り「黙ってて」と示す。

意図が通じ、護衛の人はしっかりと口を閉ざす。

もしかしたらこの人もこいつに振り回されて内心嫌っているかもしれないなぁ。

私だったらいくら金銭面が厚遇されていてもこんな仕事辞めてる。



さて、と。

五行の正面に立ち、間合いをはかる。

自分の腕の長さと相手の顔の位置を考えるとあと1歩踏み込んだらベストな位置だ。

「これからあなたを殴る」と言われてる割に表情には余裕というか、小馬鹿にしてる笑みすら見える。

女のパンチなんて当たるわけがない、簡単に避けられると思ってるのか。

鞄を護衛の人に預け、軽く首を回し、腕を頭上で組み背伸びしストレッチを行う。

そして、おもむろに左手の人差し指を五行に向ける。

「何事」って思ったのか、視線が指に集中してる。

ごく微かに、右、左、と動かしてみると指から視線を外そうともしない。

指を引っ込め、軽く握りこぶしを作って顔の正面で構える。

この人、本当に雑魚だな。

鞄を渡した時などから利き手は右手だってわかっただろうに、左手を警戒するなんて素人レベルだ。

私には都合がいいけど。

左の拳が注視されてるのを確認したらそのまま注意を引かせるために左手を引き、一気に距離を詰め、前足を斜めに踏み込み、膝を沈め思い切り腰を回転させ、肩甲骨を回して右の拳をこめかみめがけて振り下ろす。

ゴツっという小気味いい音が閑静な住宅街に鳴り響く。

よし、オーバーハンドフックが綺麗に入った。

けれどさすがに私の力ではノックダウンさせるほどではないか。

よろめいたところをすかさず今度は膝を曲げたままの回転で打撃を与える瞬間に膝を伸ばし体重を乗せたローキックをお見舞いしてやる。

膝のやや上を狙った脛蹴りがクリーンヒットして、相手は呻きながら痛みで立っていられなくなり片膝をつく。


「じゃ、約束だからもう二度と現れないでね。えっと、護衛の人、後はよろしく」

呆然としてる護衛の人から鞄を受け取り、学校へと向かう。

ちょっと遅れたな。

行きしにコンビニに寄る予定だったけどそんな時間がないなぁ。

あと、1発くらい殴っておけばよかった。


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