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第48話 嫉妬の裏事情 みやび視点

みんなで遊園地内のプールに遊びに行く日。

待ち合わせの帝都駅でキリヤだけが居なかった。

メッセージを送ったら間違えて西口に行ってるらしい。

キリヤをこちらに向かわせるよりは誰かが迎えに行った方が早いとジャンケンで負けた私が代表して行くことになった。

どれだけ信用無いんだ、キリヤ。


夏休み期間中の朝早い時間ということもあり、いつもは混雑している帝都駅も人が少なかった為、西口のドラッグストア前で佇むキリヤはすぐに見つかった。

キリヤも即座に気づいたようで呑気に手を振って大声で「藤原~こっちこっち」なんて叫んでる。

通行人が数名何事かとこちらに視線を向ける。

「なにやってんの、キリヤ」

呆れて声が出た。

あんだけ「東口だな、わかった」って言っておきながらなんで西口に行ってんの。

「みんなは?」

「もう全員集まってて、私が代表して迎えに来たんだよ」

「マジかー。悪いな」と言いながら私の頭を撫でようとしたので避けて軽く蹴りを入れてやった。

ナギ以外の男に触られたくない。

「せっかく早めに集まったのに。もう!さっさとみんなと合流しよう」と先々歩く。

慌ててキリヤがついてくる。


全員でしばらくの間電車に乗り、乗り換えの為に一度電車を降り目的の路線を目指し歩こうとしてたところで電話が鳴った。

ナギからだった。

仕事前だろうに何か急用かなと思いつつ立ち止まり電話に出る。

「こんな朝早くに珍しいね?なにかあった?」

私のこの口調で電話の相手が彼氏だと気づいたようで、かなっぺたちが沸き立つ。

「ちょっと!!今電話中なんだから」

どんな会話をするのかと聞き耳をたてられても困るし、恥ずかしいなと思ったところで空気の読めないキリヤが「え、噂の彼氏~?俺に代わって」なんて大声で言い出した。

なんで代わらなきゃいけないんだ。

というか、今の声がナギに聞こえてなければいいけど。

かといって「今の声は違うから」と言い繕うのも不自然な気がする。

どうしようかと思ってたらイツキが背後から私に抱き着いてきた。

イツキのしなやかな両腕が私の腹部に回ってる。

完全にホールドされた。

どういう状況?

動転しながらつい「やめて!変なとこ触んないでよ」と声を上げてしまった。

電話の向こうでナギが息をのんだ気配がした。

これ、何か誤解されてるんじゃ?弁明しなきゃと思ったけど、イツキが耳元で「キリヤのせいで予定より遅れてるのに藤原も彼氏との電話で、なに立ち止まってんのさ」と苛立ちを含む声を出した。

そうだ、今日は集団行動だから輪を乱しちゃいけない。

ナギにはあとで説明するとして、とりあえず遊園地行かなきゃ。

「ゴメン。乗り換えだから電話切るね」とナギの返答も待たずに電話を切った。

途端にイツキの抱擁が解消された。

「みんなごめん」

「ほら、謝る暇があるのならさっさと歩く。まだ電車間に合うから」

「これ逃したら次の電車は15分後だからな」

「遅れたら藤原が昼飯奢ってくれるって?ヤッター」

「キリヤにだけは絶対に奢らないから」

などと軽口を言いながら小走りで目的の路線を目指す。


急いだお陰でギリギリだったけどなんとか目当ての電車には乗れた。

開園したての遊園地内のプールへと向かい、軽口を叩きながら全員で浮き輪を使って流れるプールで浮かんだり、かなっぺに誘われて何度もウォータースライダーで滑ったり、はるっちと展望プールでぼんやり過ごした。

園内のテイクアウトで買ってきた食べ物を、キリヤが支払った有料のレストスペースでみんなして食べる。

味が値段に見合ってないチープなものでもみんなで食べると美味しく感じられた。

多分、これがみんなで集まる最後。

私以外の全員が来年は大学生活を送るんだろう。

私は来年どうなってるかわからないけど。


折角遊園地に来たんだから、とキリヤが園内のアトラクションに乗ろうと言い出した。

絶叫マシーンや、園内を一周する機関車に乗ったり、イツキと2人一組になっておもちゃの車でキリヤの車に激突しまくったり。

景品を打ち落とすゲームではカナメが標的に全弾命中させスタッフを顔面蒼白にした。

キリヤが夏期講習で言っていたヒーローショーに行ったけど、思いがけず熱中して、全員でヒーローに対して大声で声援を送り進行役のお姉さんに苦笑されてしまった。

最後は観覧車に乗って「冬はスケートしに来よう」って約束しようとしたけど「もう冬の話とか、受験思い出せるんじゃねーよ」とみんなで買ったお揃いのキーホルダーを投げつけられてしまった。


ナギから「会いたい」とメッセージが来たけど、流れから晩御飯はみんなで食べると決まったので「遅くなる」と返したけどすぐに「家で待っててもいいか?」と連絡が来た。

「いいよ」と返したら、スマホを操作するのを見たイツキに脇腹をつつかれてしまった。

プールの時にはつけてなかった柑橘系の香りがした。

「お?もしかして藤原これ気に入った?」と、私の肩を抱く。

「夏期講習の時も思ったけど、いい香りだよね。好きだよ」

「アンタとは好みが合うと思ったわ。じゃあこれやるわ」とオードトワレの小瓶を私に投げてよこした。

新品同様だ。

「とはいってもアンタ飲食系のバイトだっけ?バイトの時には着けられないだろうけど」

「ありがと。学校にもつけられないから、いつつけようかな」

「今つければ?オードトワレは血管が通る場所に近いところにつけるんだよ。強めに香らせたいのならうなじとか耳の後ろとか。私はそうしてるけどね」

「へぇ」

勧められた通りに振りかける。

うん、キツすぎずいい感じだな。

「あんたならフローラル系も合いそうだけどね」

「とりあえず貰ったこれを使い切ってから次買うの考えるよ」

「そっか。その時になったらメッセージ送ってよ。一緒に店行こう」

「そだね。ありがと」

「うい」

これがイツキならではの「学校を卒業してもまた会おう」って意味なんだな、ってわかった。

不器用なんだから。



みんなして晩御飯を食べ、帰路につく。

駅に着く度に、ひとり、またひとりと減っていくのは寂しい。


さて。

ナギが家に来てるはずなので気持ちを切り替えないと。

それにしても何の用なんだろうか。


「ただいま」

「・・・おかえり」

ナギはさっと視線をそらしてしまった。

待たせすぎて怒ってしまったのだろうか。

とりあえずさっさと顔を洗いたい。

汗かいてるだろうから。


洗面所を出たらナギに正面から抱きしめられてしまった。

いつもより余裕のない抱きしめ方だ。

まるで「逃がさない」と言われてるような。

「どうかした?朝も電話かけて来たし」

「帰ってくるのが遅くなってゴメンね」という意味を込めて軽く背中を叩く。

すると思いもしない言葉が返ってきた。

「うん・・・。俺に不満があるのなら言って欲しい。なんでも直す」

その言葉にはなんだか思いつめた感じが込められている。

「・・・は?え、ちょっと待って意味が分からない」

とにかく一度ちゃんと話し合おうと彼の腕から逃れようとするががっちりと抱かれ身動きが取れない。

「シオンが見たって。みやびが男と一緒に居るのを」

いつ?

まるで思い当たらないんだけど?

「・・・・は?え、いつ?どんな男?」

今日に限って言うと、キリヤだろうか、それともカナメ?

一見男子に見えるイツキのこと?

「金髪。キリヤって言ってたらしい。男を名前で呼ぶような仲なのか?それにこの香りと髪型。そいつの好みなのか?」

今朝のあの時か。

キリヤは本当に余計な事しかしないな。

「キ~リ~ヤ~~~~、あいつはホントに。ね、説明するからとりあえず離して」

「わかった」

渋々、といった感じでナギが私を開放する。

「まず、キリヤ。これは名前ではなく苗字。桐の谷と書いてキリヤ。あいつはただの同級生。空気が読めないやつで人の電話にも茶々入れてくるやつ。あいつが集合場所を間違えて迎えに行ったところを見られたんだと思う。私とキリヤ含めて6人居たからデートとかじゃない」

そもそもキリヤの名前も知らない。

それでいうのなら、かなっぺとはるっち以外のフルネームも知らない気がする。

そう言うとナギは深いため息をつきながらベッドに座り込んだ。

今日一日やきもきさせてしまったのだろうか、申し訳ない、と彼の両手を取る。

「この香りは以前夏期講習で同級生のイツキがつけていたやつで、私がこのオードトワレを気に入ったって言ったら帰りがけにくれたやつ。電話中にちょっかいかけてきたのはイツキ。電車に乗り遅れそうだからと嫌がらせしてきただけ。ちなみに女の子」

やたらとスキンシップが激しいが、そこは言わないでおく。

以前、かなっぺもよく抱き着いてくるんだと言ったら「羨ましいな」という言葉と共に眉間に皺を寄せられたから。

「変な所を触ったと言ってた時か」

「バックハグされお腹を触られただけだから」

ただのじゃれ合いだ。

「で、最後がこの髪型だっけ?これは遊園地内のプール行ってきたから邪魔にならないように結んだだけだよ」

「なんだ、プールか。・・・プール?」

ナギが予想もしてなかった言葉を聞いたとばかりに驚いてる。

驚く要素あったっけ?

「うん、それが?」

「俺とは一度も行ってないのに?」

「・・・おっと・・・」

そうだった。

ついでにいうとナギとはまだ遊園地も行ってないな。

でも学生同士ならともかく、成人男性と遊園地ってのもどうなんだろうか。

私が誘ったらナギはなんでも受け入れてくれそうだけど。


「大丈夫、私の水着姿なんて学校でキリヤたちは見慣れてるから」

この後ナギに長時間バックハグで拘束され、ようやく解けたかと思ったら額に何度もキスされた。

言わなくていいことを言ったと後悔したけど後の祭りだった。


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