寮での朝飯を食い終え、寮内の食堂で麦茶を飲みながら天方と軽く仕事の打ち合わせをしていたら、シオンが声をかけてきた。
シオンにしては珍しく、何かを言いよどんでる感じだ。
そういえば、彼女の家に泊まってつい先ほど帰ってきたんだったか。
弐番隊もこれから仕事だろうに、精力的な事だ。
恋人の家に泊まる、か。
羨ましいな。
「あの、ナギ・・・今日、みやびさんがどこか遊びに行くとか聞いてますか?」
どういう意図の質問だろうか。
「ああ、友達と遊びに行くとは聞いていた。どこへ行くのかは聞いてないが」
あまり束縛もしたくないので彼女の予定を聞いた時に「そうか」と軽く返事をしておいた。
会えなくて寂しいが、彼女の交友関係まで口を出したくない。
今は特に高校生活最後の夏休みだから友達と色々と遊びたいだろうし。
シオンがほっと息をついた。
「なんだ。知ってたんですか、良かった。みやびさんも男友達と遊びに行くくらいしますよね」
今なんて言った?
男、友達・・・?
俺の顔色が変わったのを見てシオンが「しまった」という表情になった。
「あ、そこは知らなかったんです・・・ね・・・」
聞いてない。
「女友達だと思っていた。女性名の友達の話しか聞いたことが無かったから」
ハルカとかなえ、だったか。
生まれて初めて出来た友達だ、と漏らしたことがあってそこから彼女の孤独な子供時代が窺い知れた。
「・・・キリヤ、だったりします?」
「いや・・・」
そんな名前の友達は聞いたこともない。
「ま、まぁ待てよ。名前がそうだったからって男とは限らないだろ?な?シオン」と天方が凍った場の空気をとりなそうとする。
「いえ・・・その、見ました。待ち合わせしていた二人を。みやびさんと同年代の男で活発そうな金髪でした」
「ひ、人違いかもしれないし、な?」
「いつもと髪型は違ってましたが、間違いないです。男はみやびさんを藤原と呼んでいたし、彼女も「なにやってんの、キリヤ」と親し気に話してて、男が彼女の頭に触れようとして、みやびさんは軽く蹴りを入れてました」
「お、俺が悪かったからもうシオンみなまで言うな。ナギのコップ持ってる手が震えてるじゃねーか」
言われて見たら意識してなかったが、麦茶をこぼしてテーブルを濡らしてしまっていた。
慌てて寮母がやってきて布巾で拭く。
「すまない」
こんなにも動揺するだなんて。
「いいってことよ。貴公子ちゃん、安心しなよ」
「寮母・・・」
そうだな、俺が彼女を信頼しなくてどうする。
「いくらあんたの番いだといっても若いからね、遊びたいんだろうさ。なぁに色んな男の元を渡り歩いても、最終的にはあんたのところに帰ってくるからどーんと待ってな」
「ぐふっ・・・」
それは安心していいのか?
「乙女さん!!ナギにトドメ刺さないでください!!」
シオンが慌てて寮母を厨房へと押し返す。
束縛はしたくないが、できれば彼女には俺一人だけを見てもらいたい。
託宣を受けた人間が過去に番いを幽閉したという気持ちがわからなくもない・・・。
しかし彼女を大事にしたいし、嫌われたくない。
悲しませたくない。
どうすればいいんだ。
「そんなに心配なら電話してみたらいいじゃねえか」
思い悩む俺に天方が助言してくれた。
「電話、か」
「こんな調子じゃ今日仕事にもならねえだろ、スパっと聞いてすっきりしろよな、な?」
「そうだな・・・」
案外「勘違いでした」で済むかもしれない。
登録していた番号に電話を掛けると数コール後、愛おしい声が聞こえた。
「こんな朝早くに珍しいね?なにかあった?」
いつもと同じ口調だ。
外だからかざわつく音が耳障りだが、特に俺に隠し事してたり、やましい思いを抱えてる感じの声色ではない。
安心したが、念のために遊びに行く面子について聞こうと「今日は友達と遊びに行くと聞いていたんだが、誰と」と声をかけたところで、俺の声を打ち消すように「ちょっと!!今電話中なんだから」という彼女の声と聞き覚えのない「え、噂の彼氏~?俺に代わって」と茶化すような男の声がした。
続いて「やめて!変なとこ触んないでよ」という声も。
変な所って、どこだ・・・?
衝撃のあまり言葉が出せないまま無言の俺に「ゴメン。電車乗るから電話切るね」と告げ、無情にも電話は切られた。
しばし呆然と立ち尽くす俺と、俺に対して何と声をかけていいのかわからない天方と「あなたが余計なことを言ったから」と天方に対して非難の目を向けるシオン。
出勤のために自室から出てきた加賀宮がそんな俺たちを怪訝そうに見ていた。
その日、仕事が手につかない俺を天方がうまく補佐してくれた。
やつが居てくれてよかった。
こんなにも自分が嫉妬深い人間だとは思わなかったが、どうしても朝聞いた男の声から悪い考えが脳裏をよぎり仕事にならなかった。
その後、昼飯時や午後休憩の度に何度もみやびに電話をしようか悩んだが、結局できなかった。
もしまた男の声が聞こえたら俺は耐えられそうにない。
だが、このもやもやした思いを抱えたままというのも辛い。
思い切って軽くメッセージで「会いたい」と送ったら「晩御飯は外で食べるから遅くなる」と返された。
引くべきか、しつこい男だと思われないか、どうしようかと思ったが「家で待っててもいいか?」と聞いたら「いいよ」と返答が来た。
ひとまず良かった。
適度な時間を見計らい、彼女の家に行き窓を開けて部屋に籠った熱気を払う。
空気を入れ替えた後、エアコンをかけ帰ってくる彼女を待つ。
持ってきていた本を読もうとするが、文字が頭に入ってこない。
しばらくして、みやびが帰ってきた。
が、いつもは髪の毛を自然のままおろしているのに今日は緩い三つ編みだった。
確かにシオンが言っていた通り、いつもとは髪型が違う。
それはそれですごく魅力的だが、男の為かと思うと胸が痛い。
「ただいま」
「・・・おかえり」
笑顔の彼女は可愛いが、真正面から顔が見られない。
「エアコンつけてくれたんだね、ありがとう。汗かいたから、ちょっと顔洗ってくる」とさっさと洗面所に行ってしまった。
気のせいか、いつもはしない柑橘系の香りがした。
洗面所から戻ってきたみやびを有無を言わさず正面から強く抱きしめてしまった。
やはり柑橘系の香りがする。
男の好みなのだろうか。
「どうかした?朝も電話かけて来たし」
子供をあやすように軽く背中を叩かれる。
「うん・・・。俺に不満があるのなら言って欲しい。なんでも直す」
「・・・は?え、ちょっと待って意味が分からない」
みやびが俺の胸から抜け出そうともがく。
だが、力は弱めない。
このまま強引に唇を奪いたいくらいだ。
「シオンが見たって。みやびが男と一緒に居るのを」
「・・・・は?え、いつ?どんな男?」
複数人思い当たるのだろうか。
「金髪。キリヤって言ってたらしい。男を名前で呼ぶような仲なのか?それにこの香りと髪型。そいつの好みなのか?」
つい冷たい口調になってしまった。
俺の腕の中のみやびが激しく脱力した。
「キ~リ~ヤ~~~~、あいつはホントに。ね、説明するからとりあえず離して」
「わかった」
名残惜しいが彼女から身を離す。
「まず、キリヤ。これは名前ではなく苗字。桐の谷と書いてキリヤ。あいつはただの同級生。空気が読めないやつで人の電話にも茶々入れてくるやつ。あいつが集合場所を間違えて迎えに行ったところを見られたんだと思う。私とキリヤ含めて6人居たからデートとかじゃない」
良かった。
倒れるようにベッドに座りこむ。
そんな俺の両手をみやびが慈しむように取った。
「この香りは以前夏期講習で同級生のイツキがつけていたやつで、私がこのオードトワレを気に入ったって言ったら帰りがけにくれたやつ。電話中にちょっかいかけてきたのはイツキ。電車に乗り遅れそうだからと嫌がらせしてきただけ。ちなみに女の子」
「変な所を触ったと言ってた時か」
「バックハグされお腹を触られただけだから」
相手が女子だとわかっていても妬けるな。
後で俺が上書きしよう。
なんだか今日一日悶々としていたのが馬鹿らしく思えてきた。
良かった・・・。
心の底から安堵する。
「で、最後がこの髪型だっけ?これは遊園地内のプール行ってきたから邪魔にならないように結んだだけだよ」
「なんだ、プールか。・・・プール?」
思わず声が大きくなってしまった。
「うん、それが?」
「俺とは一度も行ってないのに?」
「・・・おっと・・・」
みやびが軽く目をそらした。
誘おうかと思ったこともあるが、みやびの水着姿を他の男も見ることになるのはどうしても許せなかったので誘わずじまいだった。
なのに、プール?
俺以外と?
そのキリヤとかいう男は水着姿を見たのか?
俺はまた別の嫉妬に身を焦がす羽目になった。