会えたらいいなって軽い気持ちだった。
折角の花火大会なのに、ナギは花火大会の警備の任務についているらしい。
奇跡的に私の方のバイトが休みなのに残念だなと思うけど、こればかりはしょうがない。
仕事の邪魔したくないけど、ちょっとだけでも姿を見たい。
今まで人を好きになったことなかったし、多分恋愛とは無縁の人生を送るんだろうなと漠然と思ってた数か月前までの私からは考えられない。
人込みは嫌いだけど満員電車に揺られて会場へと向かう。
駅を出て会場を目指すとさらに人が増してきた。
やっぱり来るんじゃなかったとあまりの人の多さに早くも後悔しだす。
というか考え無しに来たけどそもそもが「行く」って伝えてなかったから会える可能性ってほぼゼロじゃん、って今更気づいた。
かといって「今向かってる」と連絡するのもなぁ。
仕事の邪魔だし。
適当に時間潰して一人で花火を見て帰るかぁと混雑してる会場を歩いていたらやたらと騒がしい集団の声が聞こえてきた。
「高橋がナギさま見たって!!」
「うっそどこでー?」
「めちゃくちゃ格好良かったーって自慢メッセ来たわ」
「えーうちらも会いたい」
「A地区だって。探しに行こう!」
巷では「ナギさま」って言われてるのか、白の貴公子恐るべし。
白色の制服を着こなして颯爽と歩くさまは確かに貴公子然としてるけど。
わかっていたけどこんなに注目されてるんじゃ声かけられないなぁ、
けど、せめて一目くらいは見たいなあ、どこに居るんだろうか、と道の端に立ち止まり、SNSで「ナギさま 花火大会」と検索して探す。
色んな目撃情報が上がってる、怖いなネット社会。
明らかに隠し撮りだろう写真もたくさん挙げられてる。
心の休まる暇ないな、白の貴公子様。
A地区に行ったら会えそうなんだけど、この様子じゃ挨拶すら難しいだろうなと逡巡してたら目の前を3人の男がふさいできた。
うわ、めんどくさ・・・。
私が人込み嫌いな理由の一つだ。
1人で行動する女=ナンパ待ちと思われるのか、よくこういう手合いに遭遇する。
相手するのも馬鹿らしくて無視していてもやたらと馴れ馴れしく声をかけられる。
その内諦めるかと思ってたけど、予想以上にしつこい。
いい加減めんどうくさくなって「私、番いが居るんですけど?」と左手の指輪を見せ怒気を孕んで睨みつけるけど、男たちは一瞬ぽかんとしたまま大笑いした。
「ツガイってなに?w」
「何言ってんのこの子www」
マジか、道徳の授業でしつこく教えられる番い制度を知らないとか。
様々な事情で小学、中学に通わない子供たちが居るのが当たり前のこの世の中でも、この年まで番いの事を全く知らないとかありえないでしょ。
説明するのも馬鹿らしくなった。
走って撒くにしてもこの混雑ではすぐに追いつけられそう。
かといって複数の男に囲まれ困っている女が居ても周囲は見て見ぬふりだ。
今も人が遠巻きになってこちらをチラホラ見てる。
スマホまで構えてる人すらいる。
「いいからもうとっととその辺に連れ込もうぜ」なんて物騒な言葉すら聞こえてきた。
殴りたい、その下卑た笑顔。
逃げられない、助けは求められそうにない、となったら面倒だけど戦うしかないか。
私を華奢な女だと侮ってる今なら余裕だな、全員殴ったらスッキリするかな、さてどいつから殴るべきか、正面の男を腹パンして、すぐさま右隣の男の顔面をビンタしてその次は・・・と考えていた時。
「おいお前ら何やってんだ」と背後から聞き覚えのない男の人の凄みのある声が聞こえてきた。
男たちはそれだけで気圧されたようだ。
振り返ると白い制服の背の高い男性が立っていた。
やっぱり知らない人だ。
でも、制服からして護国機関の警護隊であることは間違いないみたい。
「お前ら、ちょっと詰所まで来てもらおうか」といつの間にか男たちを挟むように警護隊員がもう一人来ていた。
数では勝っていたけど、その迫力に押されたのか男たちはすごすごと従ってる。
逆らっちゃいけない人が居るっていう、そういう知恵はあるんだ。
しばし呆然としてしまったけど、慌てて頭を下げる。
「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」
「いや、仕事だし気にしないでくれ。それより怖い思いさせちゃってすまないな。もうちょっと早く気づいていれば」と最初に声をかけてきた警護隊員が人好きのする笑顔で言う。
いい人だな、この人。
握っていた拳を解く。
一瞬彼の視線が私の左手に光ってる指輪を捕らえた。
「俺は護国機関警護隊壱番隊副隊長の天方(あまかた)だが、もしかしたら君は」
「えっと、初めまして。藤原、です」
今もスマホを抱えてこちらを注視している人間たちをチラ見しながら必要最低限の挨拶になってしまう。
ってかいつまで撮ってるんだこの人らは。
天方さんの視線が私を値踏みするように感じられて若干居心地悪い。
でもあの清廉な白の貴公子様の番いがこんな見た目の女だとは思わなかっただろうから戸惑うのも無理ないよね。
せめて左耳のイヤーカフはチェーン付きのものは辞めて大人しい見た目のものにするとか、複数じゃなく一個にしといたほうがいいかな、悪あがきレベルだけど。
でもまぁ、好きなんだよなぁ、じゃらじゃらしたアクセサリー。
「違っていたらすまないが、もしかしたらあいつに会いに来たのかな」
「ええ、仕事の邪魔にならないように少しだけ会えたらな、と思い来ました」
「あいつもきっと喜ぶよ。詰所まで案内させてもらっていいかな?連れは?」
「一人で来たので連絡する相手も居ないから大丈夫です」
「そうか、はぐれないように気を付けて」
連れられて行った所は簡易テントを想像していたけど、庁舎のような建物だった。
なので危惧していたあの男たちとは顔を合わせずに済んだ。
会ったら会ったで一発速攻で突き入れてやっても良かったんだけど。
エレベーターに乗り、荷物置き場として使ってると思われる無人の部屋に案内された。
「こんなもんしかなくて悪いけど」と言いながらお茶のペットボトルを渡して天方さんは部屋を出て行った。
色んな人に迷惑かけてしまったなぁと改めて自己嫌悪に陥る。
ちょっと姿を見たかっただけなんだけど、これって完全に仕事の邪魔しちゃったなぁと机に頭を突っ伏す。
やっぱ軽率だったなぁ、もっとナギの仕事の立場も考えなきゃ。
今から「用事があるので帰ります」って言って立ち去るべきなんだろうかと思案していたらドアがノックされ開いた。
「みやび・・・」
恐らく天方さんから連絡を受けて慌てて駆けつけてきたのか息が上がってる。
制服姿のナギは生では初めて見たけど、やっぱりめちゃくちゃ格好いいなこの人。
そりゃ、貴公子って呼ばれるわ。
「ゴメンね、仕事の邪魔しちゃって」
左隣に座ったナギは私の言葉を遮るように右手でそっと私の頬を触れ見つめる。
彼の視線はどこまでも優しい。
「構わない。わざわざ会いに来てくれたのか」
「ちょっとでも姿が見れたらいいなって思ってたんだけど、なんか想像以上に大事になっちゃって。反省してる」
唯一良かった点は私があのクズたちに絡まれたので、他に被害を受ける女の子が居なかった点だけだな。
「俺は嬉しい、みやびが来てくれて。会えて」
私もこうしてちゃんと面と向かって会えるとは思ってなかったから嬉しい。
色々と言いたいことはあったけど、私の頬に添えられたナギの手に自分の手を重ね「会いたかった」というのがやっとだった。
なにを言うべきか、もう帰るべきか、でもせっかくだからもう少し居たいと考えていたらノックの音がした。
天方さんが、ナギに休憩を勧めてくれた。
そうか、もう花火の時間か。
「行こうか」とナギは私の手を取ろうとしたけど、ちょっと躊躇ってしまった。
部外者である私が屋上まで行っていいのかな。
逡巡したけど、やっぱりナギと一緒に花火を見たかったから彼の手を取り、屋上へと上がった。
タイミングよく打ちあがった花火、その迫力に圧倒され小さく悲鳴が上がってしまった。
そういえば生まれて初めて生で花火を見たなあ。
お母さんも人込みが嫌いだから子供の頃はどこにも遊びに連れて行ってもらえなかった。
神社で行われるレベルの小さな夏の縁日でさえも。
興奮して花火を見続けていたら、ナギの視線を感じた。
「もう!私じゃなく花火見なよ!」と気恥ずかしさからやや頬を膨らましながら彼の顔を空へと向ける。
花火なんてテレビやネットでいいじゃないと思っていたけど、全然違う。
見入っていたら、ふとナギに左手を取られた。
指輪に軽くキスされ「俺はみやびが好きだ、愛してる」と言われた。
言葉にされたのってもしかして初めてじゃないかな。
番いだと言われ引き合わされ、自然と好きになって、お互いがその気持ちをわかってて確かめ合うことは無かった気がする。
ナギがちゃんと言葉にしてくれたから私も彼に伝えたかったけど、動転してつっかえながら「私も、好き、だよ」としか言えなかった。
生まれて初めて誰かを好きになって、好きになってもらえて、自分の気持ちを伝える。
恥ずかしくてしょうがない。
すると、ナギは「聞こえなかったからもう一度言って欲しい」なんて言う。
人が勇気を出して言ったのに、と彼の腕を軽くたたくと、声に出して笑われてしまった。
ナギは意地悪だな。
でももう一度きちんと伝えたくて勇気を振り絞って「私も、ナギが好き。見つけてくれてありがとう」と言いながら彼に抱き着く。
彼が番いの託宣を望まなかったら今頃私たちは見知らぬ他人のままだっただろう。
その時期が早すぎても、遅くとも多分巡り合えなかった。
実家に居た頃にもし番いの託宣が届いたとしたらお母さんに握りつぶされていたに違いないから。
生まれて初めて誰かに告白したのが恥ずかしくて、まともに顔が見られなかった、見せられなかった。
ふと、ナギがかがんで私の頬に手を添えた。
私たちは見つめ合い・・・。
大輪の花火が咲き誇る空の下で、私たちは生まれて初めてのキスをした。