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第51話 忘れられない夏の思い出になるだろう ナギ視点

「おい、ナギ、今どこだ?」

左耳に装着しているワイヤレスイヤホンから天方(あまかた)の声が聞こえた。

俺名指しとは珍しいな、何か厄介な事でも起きたのだろうか?

「A地区、旧正門前で体調不良者発見。救護隊が到着するのを待っているところだ」

「そうか、できるだけ早く詰所に戻ってきてくれ」

「わかった」

到着した救護隊に現場を任せ、人込みを縫うように詰所へと向かう。

途中俺の姿を見つけた人間が口々に何かを言いながらスマホを抱えて勝手に写真を撮ったり、悲鳴のような騒がしい声が聞こえる。

鬱陶しいことこの上ない。


詰所に戻ると何人かの隊員らが興奮気味に何かを話していた。

気のせいか浮ついた雰囲気だ。

入ってきた俺に対してにやにやと好奇の視線を送ってくる。

何事だと思っていたらやつらの中心に居た天方が俺の方に駆け寄ってきた。

「ナギ、今、3階のA会議室にお前の番いちゃんが来てるぞ」

「・・・は?」

全く想像してなかった発言に脳の処理が追い付かない。

みやびからはここに来るだなんて一言も聞いてなかったが。

「俺が巡回中に男らに強引にナンパされてた女の子を助けたらその子がお前の番いちゃんだったんだ。ほら、藤原って言ってたろ。茶髪でちょっと派手な女の子」

またナンパされていたのか。

そいつらの気持ちはわからんでもないが、左手に番いの指輪を嵌めている子にちょっかいをかけるとかどういうつもりなんだ、そいつら。

「天方助かった。礼を言う。そいつらは今どこだ?ちょっと川に沈めてくる。そこのロープ使っていいよな?」

「しれっと殺人予告するんじゃねえ」

焦った天方にロープを取り上げられてしまった。

まぁ後でそいつらから直々に事情を聴くとするか、詳細に。


それはともかく、みやびはどうしているだろうか。

また以前のように暴言を吐かれてなかっただろうか。

心に傷を負ってないといいが。

男らに詰め寄られていた時の事を思い出す。

あの時の彼女の冷めた瞳を。

早く会いたい一心でエレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け上がる。

何はともあれ、会えると思ってなかったから嬉しい。


ノックをして返事を待てずに、扉を開けると机に顔を突っ伏した状態のみやびが居た。

なにがあったのだろうか。

男らに殴られた、とかじゃないよな?

焦りつつ俺の気配を感じて顔を上げた彼女の頬に触れる。

怪我などはしていないみたいでよかった。

「みやび・・・」

「ゴメンね、仕事の邪魔しちゃって」伏し目がちに小声で謝る。

謝らなくていい、と数回頬を撫でる。

「構わない。わざわざ会いに来てくれたのか」

人込み苦手だろうに来てくれて嬉しい。

愛おしい。

色んな感情が押し寄せる。

「ちょっとでも姿が見れたらいいなって思ってたんだけど、なんか想像以上に大事になっちゃって。反省してる」

悪いのは祭りの雰囲気に当てられ気分が高揚して迷惑行為をする馬鹿な男たちであって、彼女には責任はない。

「俺は嬉しい、みやびが来てくれて。会えて」

俺の手に自分の手を重ねみやびは照れくさそうに「会いたかった」と言ってくれた。


しばし沈黙が続いたが、ノックの音で我に返った。

隙間から顔をのぞかせた天方が「悪い。邪魔するぜ。ナギお前休憩まだだろ?丁度もうじき花火だから屋上で見て来いよ」と鍵を投げてよこしてきた。

「天方。悪いな、礼を言う。行こうか」とみやびの手を取ろうとするが「でも」と小声で躊躇う。

「俺はみやびと一緒に花火を見たい。休憩をとってなかったのは事実だから問題はない」

萎縮している彼女に「一緒に行こう」と強調する。

こうでも言わないと彼女の性格からいって「迷惑だろうし、もう帰る」と言い出しかねない。

少し逡巡した後に「ん」と言いながら俺の差し出した手を取り立ち上がる。


屋上に到着するとすぐに大輪の花火が夜空を染めた。

音に驚いたのか打ちあがる度に小声で「ぅわっ」と可愛らしい悲鳴が聞こえる。

「花火って直接は見たことなかったけど、凄い迫力。TVで見るのとは大違い」とはしゃいで言う。

あまりにもその様子が可愛いからずっと見ていたら「もう!私じゃなく花火見なよ!」と強制的に顔を空へと向けられてしまった。

花火に集中している間も「きれい・・・」という呟きが聞こえる。

恋人同士で花火を見るという行為をなぜ行うのか理解不能だったが、特別な時を特別な人と過ごしたいという気持ちが分かった。

空を彩る花火の下、それを高揚して見入るみやびがとても可愛い。

好きだ、という感情があふれる。


そして、ふと思った。

もしかすると気持ちばかりが先行して、気持ちを言葉にしてなかったのではないか、と。

「そういえば、まだ言ってなかったな」と彼女の左手を取り、そこに光る指輪に軽く唇を落とす。

何事?と不思議に思う彼女を正面から見つめる。

「俺はみやびが好きだ、愛してる」

丁度打ちあげの合間だったので、俺の声が響いた。

驚いてこちらを凝視するみやび。

一呼吸おいて「ふぁっ!?」と小声で叫んだ。

好意は伝わってると思ったがこれほど驚かれるとは。

やはり大事なことは声に出して言わないといけない、ということなのか。

頬を紅潮させ、わかりやすくうろたえながら、それでも「わわわわわっわ、わ、私も、好き・・・だよ」と答えてくれた。

段々と小声になっていくのが、勇気を振り絞ってくれたんだなと思うとたまらなく思う。

そのすべてが愛らしい。

「ん?今何か言ったか?声が小さくて聞こえなかったのでもう一回言ってもらっていいか?」と少し意地悪してみたら「嘘だ。絶対に聞こえてたでしょ」とふくれっ面で軽く腕を数回叩かれてしまった。

「ははは」

子供が拗ねたみたいな態度すら可愛い。

愛おしく思う。

殴る手が止まったかと思うと真面目な表情になって「私も、ナギが好き。見つけてくれてありがとう」そう言って軽く抱き着いてきた。

彼女の柔らかな髪を撫でる。

ふわりと彼女の香りが漂う。


色んな感情を抑えることが出来ずに俺は膝を軽く折り、彼女の頬に手を添え、俺たちは生まれて初めてのキスをした。

それは、唇を軽く合わせるだけの不器用で稚拙な口づけだったが、俺たちはこのキスを生涯忘れないだろう。


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