「お母さん、今度友達家に連れてくるからご飯用意しといて。日にち決まったらまた言うから」
朝ごはんを食べながらお母さんに告げる。
「ハルちゃん?いいわよ」
「あ~・・・はるっちじゃなくてみやちんの方なんだけど。こないだ肉パーしようぜって約束したから極上の霜降り肉買っといて」
「アンタ勝手に約束するんじゃないわよ、というか何よ肉パーって」
「みやちんが学年1位取ったお祝いなんだよ。いいじゃん」
「なんでうちがやらなきゃいけないの。そういうのって家でやるもんでしょ。親御さんはどうしてるの?」
「あ~・・・今一人暮らししてるから」
「・・・どういう子なの」
お母さんの声のトーンが変わる。
「子供の頃からお父さんが居なくて、お母さんと二人暮らしだったんだけど、事情があって今1人暮らししてるってさ」
あまり家庭の事情は語りたがらないからお父さんはいつから居ないのかとか一切聞けていないけど。
入学式の時にちらっと見た、あのお母さんとの2人暮らしって息が詰まるだろうな。
「ああ、かわいそうな子なのね」
哀れみを含む声に「何それ」と、カチンときた。
「かわいそうってどういう意味?はるっちにはそんなこと言わないじゃん」
「だってハルちゃんはご両親が弁護士でご立派だもの。でもその子は・・・ねえ」
ねぇ、ってどういう意味?
片親だから?
「アタシの友達だよ。親は関係ないじゃん。みやちんは頑張ってる子なの!かわいそうだなんて言い方しないで」
腹が立ち、食べかけの食パンを乱暴に皿に置く。
もう話なんてしたくないと、傍らの鞄を持ちさっさと家を出る。
「ちょっと!かなえ!お弁当!」
「いらない!」
いつもの、生徒会室前の誰も通らない廊下の片隅。
人気(ひとけ)のない所が気に入ってる。
たまに生徒会役員が通りかかって怪訝な顔をするけど知ったこっちゃない。
ちょっとした穴場だ。
みやちんを未だ異分子のように見るあの教室でなんかご飯食べたくない。
「珍しい。かなっぺ弁当無いじゃん。なんかあった?」
「ちょっと親と喧嘩してね。ってことでみやちんそのナポリタンパンちょっと頂戴。ってかナポリタンパンって変なの食ってんなぁ」
「いいじゃん、美味しいんだよ。ナポリパン」
なんだその略称。
多分全世界でナポリタンパンをそんな風に言うのってみやちんだけだよ。
相変わらずネーミングセンスが壊滅的だ。
しかも、焼きそばパンじゃなくナポリタンパンを選ぶ所がなんかみやちんらしい。
「アタシの弁当ないのみやちんのせいだもん。責任取って」
「え、意味わからないんだけど」
「いいじゃーん。ね、一口でいいから」
「ん」
渋々といった感じだけどナポリタンパンを差し出してくれたので、遠慮なく食べる。
「やっべ、これめっちゃ旨いじゃん」
意外にも美味しい。
というかナポリタンとパンだから不味いわけがないか。
これ普通に売ってもイケるんじゃない?
購買でしか見たことないけど。
「そうだよ、美味しいんだよ。というかメインのウインナー食べないでよ。うっわ最悪、結局半分取られた。う~~」
返したナポリタンパンを握りしめてわかりやすく落ち込む。
「美味しいのか、ナポリパン」
はるっちが疑わしいとばかりに呟く。
さりげなくみやちんに倣ってナポリパンなんて言ってる。
まぁ語呂はいいけど。
「むぅ。今日、これしか買ってないのに。・・・よし、ちょっと購買行くかあ。かなっぺも行く?それとも代理でなんか買ってこようか?」
「赤貧チルドレンなめんな。飲み物買う金すらないよ」
今月は色々と出費がかさんだ。
みやちんとお揃いでイヤーカフを買ったり、美容室行ったりしたから。
ちなみにお母さんは髪の毛を染めたことに未だに激怒している。
それまで渡されていた理容料金は一切くれなくなった。
「それくらい持っときなよ。幼稚園児か」
「きょうび、幼稚園児の方がお金持ってんじゃない?んじゃ、行ってくる」
そう言いながら立ち上がるとスカートの皺を軽く伸ばす。
「この時間だからロクなの残ってないんじゃない?」
「まぁ味にはこだわりないからなんでもいいけど」
めちゃくちゃこだわりあるくせに全然認めようとしない。
子供か。
以前「きのこの山の方が美味しい」と言ったら、脇腹に軽くパンチされた。
殺意高すぎだろ、たけのこの里派。
「んで、なにがあったのさ」
みやちんの姿が見えなくなったらはるっちが小声で聞いてきた。
バレバレかー。
はるっちとは長い付き合いだしね。
「お母さんにみやちんの事馬鹿にされた」
「なんて?」
「片親で、しかも未成年なのに1人暮らしするほどだなんてかわいそうな子だって」
「おばさ~ん、それ言っちゃいけないやつじゃん」
はるっちが眉間に皺をよせながら、片手で顔を覆う。
だよね。
「世間的にそういう価値観があるってのは分かってたんだけどさ、みやちんの事あんな風に言われたくなかったし、なによりお母さんがそんなこというのって嫌だったんだよ」
「わかる。まぁみやちんなら見た目は派手だけどちゃんとしてる子だからおばさんの誤解も解けるんじゃない?」
「だといいんだけどな~」
そんなことを話していたら意外と早くみやちんが帰ってきた。
迷う程種類が残ってなかったんだろうな。
「ちょっと~聞いてよ~ナポリパン売り切れてたよ!腹立つ~~」
まだナポリタンパンを買おうとしてたのか。
どんだけ好きなんだ。
売れ行きいいな、ナポリタンパン。
密かな人気商品か?
「で、何買ってきたの?卵コロッケパン?」
総菜パン大好きっ子か。
というかコレより先に売り切れたのか、ナポリタンパン。
元々の仕入れ数が少なかったかもだけど。
「焼きそばパンも残ってたんだけど、紅ショウガ嫌いだから」
拘りないと言っておきながら本当に細かい好き嫌い多いな、この子。
紅ショウガ避けたらいいじゃんって言ったら「何言ってんだかわからないんだけど」って顔された。
あの味が染まった赤い部分すら許せないらしい。
心が狭いぞ、みやちん。
そして焼きそばパンよりも先にナポリタンパン売り切れてたのか。
「ん」と言いながらみやちんは卵コロッケパンの1つと小さめの卵サンド、そしてカフェオレをあたしに差し出してくる。
卵被ってね?
みやちん自身がサンドイッチの中では卵サンドが一番好きだからってそのチョイスはなんだ。
尚、卵サンドに入ってるキュウリもヘイトの対象らしい。
入ってる意味が分からない、と以前言っていた。
「食感の為じゃない?」と返したら「卵サンドには食感を求めてないから」と言われた。
知らんがな。
「は?なんで?」
「なんか知らないけど、私のせいで弁当無いらしいし、今度めちゃくちゃ豪勢な蕩ける肉奢ってくれるらしいから」
こいつあの時盛大に寝ぼけてたのにお肉の話は覚えてたのか。
肉食か。
「みやちん、悪いオトナに「お肉ご馳走してあげるから」って言われてもついていっちゃだめだよ?」
はるっちが残念な生き物を見るような目をしつつ、子供に諭すように言う。
「行かないよ。でもなにその魅力的な誘い」
魅力的なのか。
ってか「お肉食べさせてあげる」なんて怪しさマックスだろ。
みやちん大分肉に飢えてるな。
以前「最後にいつ牛肉食べた?」って聞いたら「日曜に吉野家いった」と返された。
単身女子高生が牛丼チェーン店入るとか豪胆だな。
「一人でそういう店入るのって恥ずかしくない?」と聞いたら「飲食店の店員はいちいち客のことなんて気にしない。さっと入ってさっと食べてさっと帰ってくれたら最高のお客さんだけど」と返された。
そういや飲食店のバイトしてたっけ。
詳しくは聞いてないけど。
以前聞いたら、すごく嫌そうな顔をされた。
どんなバイトだ。
「みやちんさ、次のバイトの休みっていつ?その日にうちに来なよ。んですき焼きがいい?焼肉?ステーキ?」
「・・・すき焼き。豆腐大目で」
「それってもう肉豆腐でよくない?」
はるっちがツッコミを入れる。
「違うよ、肉豆腐とすき焼きはまるで違うよ!何言ってんの!?」
スマホをいじりながらも熱く語る。
めちゃくちゃ細かいこだわりあるじゃん。
「バイトのシフト送っといたから、親御さんと相談して日取り決めて」
「おっけー届いたわ。ってかエグいな、シフト」
「どれどれ・・・うわ・・・」
覗き見したはるっちも絶句するレベル。
これで学校通って、1人暮らしで学年上位の成績保ってるとかどんな生活してんのこの子。
まぁその分、食生活がずたぼろなんだろうけど。
「あ、あとさ・・・友達の家って行ったことないんだけど、注意することある?なんか手土産持って行った方がいいとかある?勝手に冷蔵庫を開けちゃダメってのはネットで見た」
「「まず服を脱ぎます」」
「なんでハモんの!そんなあからさまな嘘には騙されないよ!!」
「あはははは。ごめんごめん。すき焼き残ったら、うどんすきにするようにお母さんに頼んどくから」
「むぅ。うどん・・・なら許す。生卵も欲しい」
「許すんかい」
「ってか要求多いな、アンタ」
「いいじゃん。一人だとすき焼きなんてそうそう食べないもん。せいぜい吉野家の牛すき鍋だよ。しかも期間限定品だよ、通年食べられないんだよ」
どんだけ吉野家推しなんだ、みやちん。
そして牛すきに対する熱意が凄い。
「1人じゃないじゃん。アタシらが居るじゃん」
「今度みやちんとこでお泊り会しようぜ」
「え、やだよ、狭いし壁薄いし」
「肉持って行くよ、はるっちが」
「アタシかよ!」
「・・・肉・・・」
肉と聞いてしばし悩んでる。
「あんたどんだけ肉に釣られてんのさ」
こりゃあお母さんに肉の量を増やしてもらわないと。
いや、その前にみやちんについて誤解を解かなきゃな。
こんだけ根は素直な子だからお母さんも偏見を解くだろう。
肉好きというイメージは覆らないだろうけど。
というか初めて会った時にはこんなキャラだって思わなかったけど、意外と面白いなみやちん。