ナギから渡された宮清(みやせ)高等学校時代の教科書を使って勉強していたらかなりの時間が経過していた。
「とりあえず自分で解けるところまで解いてみる」と挑んで集中していたけど、やはり偏差値1位の高校はレベルが違った。
ひと段落ついたところで、椅子に座りながら背伸びをする。
長時間、集中していたせいで体が固まったみたいだ。
脳がフル稼働している感覚は嫌いじゃないけど、疲労感が強い。
その間ナギをずっと放置していたと反省してすぐ振り返ると、ベッドに座って本を読んでいたナギが・・・寝ていた。
ベッドの淵ギリギリに体を横たえてる。
不意に来た眠気に抗えなかったんだろうけど、身じろぎしたらベッドから落ちそうで見てると怖い。
かと言って疲れも溜まってるだろうし、起こすのもなぁ・・・と途方に暮れる。
ほぼ毎日仕事が終わってから私のバイト先まで迎えに来てくれてる。
「慣れてるから大丈夫だよ」と断ったこともあるけど「夜道が心配だから、俺の為だと思って受け入れて欲しい」と言われたらそれ以上言えなかった。
それにしても気持ちよさそうに熟睡してるな。
椅子から下り、ナギの正面に膝立ちして彼の寝顔を見る。
男の人の寝顔って初めて見るけど、なんか可愛いな。
軽く人差し指で頬をつついてみる。
一瞬しかめっ面になったけど、ちょっと触ったくらいじゃ起きなさそう。
悪いと思いつつ、ナギの形の良い薄い唇を人差し指でなぞる。
この唇とキス・・・したんだ、と思うと今自分がやってることがとてもはしたないことのように思える。
生まれて初めてしたキスは、ぎこちなく触れ合うだけだった。
その不器用なキスはナギも初めてなんだとわかって安心した。
普段誰かと接しない部分が触れたという気恥ずかしさと、自分が本当にナギの恋人なんだって気持ちがないまぜになって嬉しかった。
いけないとわかってるけど、眠ってる彼の唇に自分のそれをそっと重ねる。
吐息がくすぐったかった。
未だ起きる気配がない彼の頭を軽くなで続け、ふと悪戯心が湧き上がってきた。
ナギの隣に座り、じりじりと距離を詰め、そっと彼の頭を持ち上げ膝に乗せる。
いわゆる膝枕だ。
彼の頭の重さすらなんだか愛おしい。
実行したのはいいけど手持ち無沙汰だったので、スマホを見る。
丁度、白の貴公子公式SNSが更新して新しい写真をアップした所だった。
今日の写真はトレーニング中のものだった。
ぱっと見はジムみたいだけど恐らく護国機関内部だろう。
それにしても、いい器具が揃ってるな・・・。
トレーニングも仕事の一環らしく、彼の体は引き締まってて筋肉質だ。
スマホの中の凛々しい彼が今私の膝の上で子供のように寝てるというのは不思議な気分だった。
相変わらず凄いスピードでRTやいいね、コメントがつく。
大半がナギの容姿を褒め称えるものだけど、たまに「こんないい男を独り占めにする番い許せん、消えろ」などそれに同調する過激なものも目に入った。
しかし次にリロードしたらその書き込みは消されてた。
以前聞いた、護国機関所属のネットを巡回しているという人たちかな。
仕事が早いな。
気を取り直して自分のアカウントで軽くこの間見た映画のレビューを書く。
「最近は海に出る鮫映画が増えた」と書き込んだら即座に「海に鮫が出るわけないじゃないですか。・・・ホンマや」などとノリツッコミのコメントが付いた。
よく絡む人なので「意外と良作でした。今はまだポイント消費しないといけないですがお勧めですよ」などと返信した。
同じ動画配信サービスを使ってる人だとこういう情報交換がしやすい。
軽くコメントの応酬をしてると、ナギがかすかに動いた。
彼の動向を見ていたら自分が置かれてる状況が把握できないようで、もぞもぞと動いてこちら側へと向きを変えた。
どうしようかなと思ってたらナギと目が合った。
「起きた?」とナギの髪の毛を軽く撫でる。
よほどビックリしたのか、声にならないようだ。
まだ完全に覚醒していないのかそれ以上は会話もなく、しばらくしてから頭の位置をあちら側に変えようと動いたけど、くすぐったい。
変な声が出そうになったのでナギの額を軽くぺちんと叩いて「こら、くすぐったいでしょ」とごまかした。
つい勢いのまま叩いてしまったけど、もしかして同じ体勢で寝ていたから体が痛くなったんだろうか。
それだったら申し訳ないなと「どうする?起きる?」と声をかける。
すると「・・・もうちょっとこのままで」という返答が小さく返ってきた。
そうかあ、そんなにも疲れていたかあ。
労う意味も込めて再度ナギの頭を撫で続けスマホに視線を落とす。
丁度、さっきやり取りした相互フォロワーさんがサメ映画ではないけれど、こちらではまだ上映されてないが本国では絶賛されているというアクション映画のURLを貼ってくれていた。
面白そうだったので、そこのサンプル動画を見に行く。
愛する妻を殺された男の復讐劇。
割とよくある設定で、これまではあまり感情移入できない題材だったけど、今ならわかる。
もしナギが誰かに危害をくわえられたら、と思うと自分の人生をすべて捨ててでもそいつに復讐したくなる。
復讐劇でよくある「あの人は復讐なんて望んでいない」と第三者がしゃしゃり出ることがあるけど、アレは昔も今も嫌いだ。
護国機関の警護隊という仕事柄、異能力者と対峙することもあるらしく負傷した隊員の話も時折ニュースで流れる。
もっとも、相手が異能力者とは明確に情報が出されてないけど。
しばらく相互さんと書き込みのやり取りをしていたけど、自分の足の違和感に気づいた。
流石に足が痺れてきたようだ。
目を瞑り微動だにしないナギに「ゴメンね、もう足が限界みたい。しびれてきた」と告げる。
体を起こしたナギはやや不満げな顔をしてた。
本当はもうちょっと寝させてあげたかったんだけど。
また機会があったら膝枕するから、と心の中でそっと誓った。