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第56話 志島家にて「どうやら私は肉食動物だと思われてるらしい」 みやび視点

「おばさん、ご無沙汰しています」

閑静な住宅街にある志島家で今日はお泊り会。

かなっぺが「夏休みの宿題、どれから手を付けていいのわからない」と助けを求めてきたからだ。

それで大丈夫なのか受験生。

塾通いは順調らしいけど、学校の課題をおろそかにしていたら本末転倒じゃない?



「あらあら、みやちゃんよく来てくれたわね。暑かったでしょ?早くおあがりなさいな」

最初に志島家に来た時にはおばさんは私の格好を見て眉をひそめたが、今はもう慣れたらしい。

私が1人暮らしをしながら学年上位の成績をキープし続けてると知ってからは特に態度が軟化した。

何度目かの訪問の時に勧めたイヤーカフも気に入ったようで、今は色々な種類を買いあさってるらしい。

ピアス穴をあけるのは嫌だけど、これならいいわねと友達にも広めてるらしい。


「お邪魔します。あの、これクッキーです」

言いながら、百貨店の紙袋を渡す。

以前店のお客さんに私宛にとクッキー缶を差し入れされた店の物が美味しかったので、今日は同じものを買ってきた。

食べた瞬間に、クッキーの概念が変わった。

尚、その時出勤していた店の子と分かち合った後に残った分を持ち帰ってナギにもおすそ分けしたら「旨いな」と気に入って食べていたけど「お客さんに貰った」と言ったら手が止まり渋い顔になった。

そこも嫉妬の対象なのか。

うちの店は基本メイドに差し入れ禁止だけど、手作りではない店売りの食品や、高価過ぎないものなら店長を通し受け取ることが可能だ。

差し入れ主は馴染みのお客さんで「これすごく美味しかったから」と彼が食べて気に入ったお菓子を頻繁にくれる。

彼がくれるお菓子はどれもこれも美味しい。

私の番いの指輪を見た時には戸惑いながらも祝福された。

結婚しても店は辞めないで、と泣きそうな顔で言われたけど。


リビングに通されるとおばさんの話が止まらなかった。

「あらあら、ちょっと肉付きが良くなったわね」とか年頃の女にとっては微妙な話もされた。

「そうなんだよ、抱き心地が良くなってアタシとしては嬉しいけどね」とかなっぺが抱き着いてきたので適当に往(い)なす。

おばさんは「まるで姉妹みたいにじゃれついちゃって。やっぱり姉が居た方が良かったわね~。一人っ子だとお父さんも甘やかしちゃうし」と笑ってた。

実際お父さんはかなっぺのいう事ならなんでも聞いてしまうらしい。

普通の親子関係ってこんなものなのかな。

羨ましいな。


15時をまわったところで、流石に宿題しなきゃとかなっぺの部屋に移動した。

スマホの通知音が鳴ったので条件反射で確認したら「今日は会えなくて寂しい」というナギのメッセージが自撮り写真と共に来てた。

15時の小休憩を利用して送ってくるとはこまめだなぁ。

今は流石に私も写真が送れないから、涙目のキャラのスタンプと共に「私もだよ」と返信する。

こちらに背を向けて宿題の準備をしてるかなっぺからは見られなかったみたいで良かった。


それから、短時間集中そして15分の休憩を繰り返して勉強に集中した。

勉強は好きではないというかなっぺだが、地頭はいい。

幼馴染のはるっちと一緒の高校に通いたいというだけで、進学校である椿ヶ島(つばきがしま)高校に合格したくらいだ。

この調子で行けば、はるっちと同じ志望校の菊花大にいけるだろう。

染めた髪の毛も受験前には黒髪に戻すらしい。

入学時にクラスで髪色のせいもあり浮いていた私を庇うように「みやちんよりも明るく染めちゃった。どうよ、似合うでしょ」とドヤ顔していたのが懐かしい。

卒業したら離れ離れになると考えると寂しい。

永遠にこの時が続けばいいのに。


19時をまわったら夕食の声がかかった。

いつの間にかおじさんも帰ってきていたようで、すでに部屋着に着替えていた。

軽く挨拶をする。

おじさんも私の姿を見た時には「最近の子は派手だね」と苦笑してた。

志島家に初めて訪問する時には、イヤーカフとか外して少しでも大人しく振舞った方がいいかとかなっぺに相談したら「みやちんはそのままでいいんだよ。むしろ偏見持ってみやちんに接したら親子の縁を切る」と豪語していた。


「みやちゃん。かなえの家庭教師をしてくれてありがとう、大変だったでしょ?この子がこんな集中して勉強することないから助かるわ~。さぁいいお肉買ったからどんどん食べてね~」

卓上コンロの上でくつくつといい音をたてるすき焼き。

何故か志島家では毎回肉が出る。

しかもめっちゃいい肉。

とろける肉。

どうやら私は肉食動物だと思われてるらしい。

「ありがとうございます」


しばらく歓談しながら食事していると、私の左手の指輪を見ておじさんが「いや~しかし番いの事は知ってたけど、知り合いの子が選ばれるとは思わなかったね。その指輪、番いの証だっけ?初めて見るよ」とビール片手に上機嫌で話し始めた。

「私も自分が選ばれるとは思わなかったです」

数か月前は平穏に暮らしていたのに。

・・・あの生活を平穏と言っていいのかわからないけど。

「でもほら、番いの託宣を頂戴する人ってエリートとか何かに優れてる人なのよね?そうでないと巫女様とやらには会う事もできないらしいし。みやちゃんのお相手もそう?」

護国機関所属です、とは言えない。

「・・・詳しくは言えないけど公務員ですね」

「ほお、官僚とかかな」

「ねぇ、ねえ!年は!背丈は?見た目はどうなの?」

おばさんは身を乗り出して聞いてくる。

「22歳で10月で23歳になります。背は高いですね。180超えてるかと。見た目は・・・恰好いいです・・・」

最後は気恥ずかしさから小声になってしまった。

おばさんは乙女のようにひときわ高い声で「きゃー!!!!」なんて叫んでる。

意外なことにかなっぺは無言だ。

乗じて冷やかしてくるかと思った。

黙々とすき焼きを食べている。


「やっぱり卒業したらすぐに結婚?それとももう今のうちに婚姻届け出してもいいわよね、赤ちゃんできても学校なんて辞めたらいいんだから」

むせそうになったが必死に耐える。

「いえ、それはまだ・・・早いかと」

色々早いでしょうが。

「えー、どうして?卒業したら結婚するんでしょう?なら今のうちに籍を入れて彼と一緒に暮らしたら家賃とか気にしないで済むし、バイトも辞められるわよ」

私の人生を勝手に決めないで、と声にしそうになるが、ぐっと堪える。

「ん~・・・今はまだ二人でまったりと過ごしたいから子供とか考えられないですね」

それ以前の問題だけど。

また一線を越えてません、なんて言ったらそれこそ「どうして?」「彼氏を待たせちゃ悪いわ」と言われそうだ。

「そうはいうけど、赤ちゃん早めに産むのも後々楽っていうわよ。相田さんも早めにお子さんに恵まれたけど、息子さんもう家を出て今は夫婦で旅行とか行って楽しんでるわよ」

誰よ、その相田さん。

かなっぺのお母さんは基本善人だけど、話を聞いてくれない。

困ったけど、笑うしかない。

食欲は完全に失せた。

尚も止まらないお母さんの話を打ち切るように、かなっぺは「ごちそうさま」と席を立った。

そして私の腕を取り「みやちんは誰にも渡さないんだから。お母さんそんな話やめてよ」と私を引きずるように部屋に戻った。


私があの手の話を苦手とするから、かなっぺが強引に連れ出してくれたんだなってわかった。

部屋に入った途端に背中を向けたままかなっぺが「ゴメン」と謝ってきた。

「別に・・・みんな思ってる事じゃないの?あれくらい」

進路指導の先生にも言われた。

今進路に悩んでいるくらいなら、結婚すればいいのにって。

番いなんだから将来的には結婚するのなら今のうちにしちゃえ、って。

親元を離れて、無理して連日バイト詰め込んで、優待制度の為に勉強もして、毎日へとへとになってお前の青春はそれでいいのか、って言われたこともある。

ナギはたぶん私が「一緒に暮らそう」と言ったら喜んでくれるだろう。

彼の事は好きだし、傍に居たい、離れたくない、ナギがいつも寮に帰るときには寂しい、一緒に暮らしたい。

でもだからといって私の人生を決められるのは嫌だ。

それにただでさえ食生活でサポートしてもらってるし、これ以上甘えたくはない。

「お前は人に甘えるのが下手だ。どーんとオトナに甘えたらいいのに」って進路指導にも言われたな、と心の中で苦笑する。


でもナギと暮らすにしてもお母さんを説得しなきゃ。

私が一人暮らしをするのを難色を示していたお母さん。

多分、いや、絶対に許されないだろうな。

お母さんとの元々の約束もあるし。

どうしよう。



そして「・・・すき焼き、食べ損ねた・・・」と気づいて若干後悔した。



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