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第57話 御厨家の墓参り ナギ視点

もうじき盆か。

例年、御厨(みくりや)家代々の墓参りをするのが習わしだ。

両親は多忙だからこの国には戻ってこないから、毎年俺が軽く墓の掃除をする。

墓に眠る祖父である御厨コウには可愛がられた記憶がある。

女遊びが激しかった祖父がのちの妻の静(しず)と出会い、彼女への溺愛が始まった。

だがそれを快く思わなかった祖父の過去の遊び相手らが祖母に対して嫌がらせをしたり暴言を吐いたりしたらしい。

それを後悔して、俺に対しては「本当に好きな女が出来るまで誘惑に負けるな」と繰り返し言っていた。

そしてそれを言う度に母が「お義父さん。ナギはまだ子供なんですよ。変な事を吹き込まないでください」と怒っていた。

祖父は全然懲りなかったが。

「静に似たこの顔立ちなら悪い虫は早期に寄ってくるだろう。だから今のうちに教えておかなければな」と祖母への重い愛も含めて何度も聞かされた。

その影響もあって押しが強い女たちには辟易させられた。

今となっては祖父の教えには感謝している。


墓参りの事を、どうやってみやびに声をかけるか、そもそもかけない方がいいのかと悩む。

彼女の了承が得られれば、いつでも結婚するつもりではいるが、共に御厨家の墓参りに行くのは時期尚早だと引かれないかと心配している。



保護猫カフェでのデート中、俺の膝に乗ってきた猫を撫でながら世間話のノリで言ってみた。

「盆休みには墓参りに行かなければ」

あくまでも「もうじき盆だから行くんだ」みたいに、ついてきて欲しいとは感じさせないようにと演出している小賢しい自分自身が情けない。

「へ~。ご両親は確か」

「仕事の関係で外国に居住していて、墓には俺の祖父たちが眠っている」

「そうなんだ。お爺さんたちとは仲が良かった?」

「祖母は父を産んですぐに亡くなったと聞いている。そのせいで祖父と父は長年折り合いが悪かったらしい」

詳しくは聞いていないが出産時の大量出血が原因で亡くなったらしい。

愛する女性が自分との子供を産んで亡くなる。

俺ももし同じようにみやびを失ったとしたら、残された子にどう接していいのかわからなくなるだろうな。

俺が生まれて、初めて対面した時に祖父は「この子は静に目元が似ている」と涙を流したらしい。

写真を見せてもらったが、確かに面影があった。

祖母と父はあまり似ていないのに、血というのは不思議なものだと子供心に思った。


尚、祖母と出会う前はかなりの遊び人だったらしい祖父は妻を亡くしてから後妻を迎えることも新たに恋人を作ることもなくそれからの生涯、亡き妻一人だけを愛し抜いたらしい。

その気持ちは痛いほどわかる。


「遠い?」

「いや、帝都内にある。いつも電車を使って日帰りで行ってる」

「ふぅん。・・・いつ行くつもり?」

俺の膝の猫の頭を撫でるために、みやびが密着しているのでその体温が伝わってくる。

じんわりと温かい。

「盆休みの最中を考えているが、明確にいつ行くかはまだ決めてない」

「じゃあ、私もついて行っていい?」

「いいのか?」

「うん。ナギのご先祖様に挨拶したいし。ただ、お墓参りって初めて行くから色々教えてね。服装からしてどういうの着たらいいのかわからないし」

「普段着でいい。掃除しやすい恰好なら尚いいかな。数珠ももし持っていなかったら別に要らない。お参りするという気持ちさえあったら。俺としては一緒に来てくれるだけでも、嬉しい」

照れながら一気に言ったその言葉にみやびは愛らしくふふって笑った。

「一緒に来て欲しい」という思いが透けてみえたのだろうか。

気恥ずかしいな。



墓参り当日。

みやびの住む家の最寄り駅で待ち合わせをした。

掃除しやすい恰好で、と伝えたからか珍しくカーゴパンツを履いている。

大体がスカートなので新鮮だ。

スタイルがいいからどんな服装でも似合う。

「あれ?軽装なんだね。なんかこう・・・桶?みたいなの持ってるかと思った」

両手で桶の形をジェスチャーする。

墓参りをしたことがなくとも、大体の知識はあるようだ。

「ああ、手桶などは墓所で借りるし、仏花も近隣の店で毎年買ってるからな。とはいっても掃除用具や線香は持ってきてるが」と鞄を軽くたたく。

盆だから電車が空いていたので、隣り合わせで座り雑談する。

ほぼ毎日会ってるが、話題は尽きない。

どんな些細な会話でも彼女となら楽しい。

最寄り駅に着き「じゃあ行こうか」と手を差し出したら、みやびは少し迷ったようだがその手ではなく俺の腕を取り「えいっ」という声と共に自分のそれと絡める。

俺の反応を気にしてるのか、上目遣いで見上げてくる。

どうしよう、可愛い。


途中で仏花を購入し、少し歩いて墓所に到着する。

みやびと共に周辺の雑草やごみを除去し、墓石の汚れを落とす。

掃除を終え、柄杓で墓石に打ち水をして清める。

花立に花、水鉢に水を入れ、持ってきた最中(もなか)を供える。

生前、祖父は「静と初めて茶屋で食べたのが最中だった。静も喜んで食べてくれていた」とよく惚気ていた。

祖母は裕福ではない家庭の長女として生まれ、両親の手助けをして弟妹達の世話をしてきたらしく甘味はさほど口に出来なかったという。

菓子を貰っても弟妹らに譲って自身が食べることはほとんどなかったらしいと祖父は何度も同じ話をしていた。

静は本当に心根の優しい女だったと繰り返し聞かされていた。

それから供え物は最中になっている。

俺もそうだが、御厨の血筋は愛する人に対して執着が強すぎやしないか?



みやびにとって初めての墓参りなので説明する度に「へぇ~」と声をあげるのが愛らしい。

そういえばみやびは母一人子一人らしいが、藤原の家は誰が墓守をしているのだろう。

実家とは縁が切れているのだろうか。

だとしたら母親は苦労して彼女を育て上げたんだなと思いを馳せる。


掃除を終え、最後に線香をあげ、合掌。

祖父に「あなたの教えを守ったおかげで、後悔無く最愛の人と毎日楽しく過ごせている」と心の中で報告する。

みやびにも合掌を促す。

彼女は俺の先祖に何を思ってくれるのだろうか。

俺と共に人生を歩むつもりだと思ってくれていたらいいな。

今度墓参りに来る時には、俺の妻になってくれたらいいのだが。

そう考えていたら目を開けたみやびが振り返った。

「終わったよ。あとはどうしたらいい?」

「じゃあ行こうか」と供えた最中を鞄に入れる。

「ん?もう終わり?」

「ああ、仏花はそのまま置いていていいからな」

「へぇ?お寺の人?が片付けてくれるんだ」

墓参りの知識が無いから、言葉の中に時折「?」が入るのが可愛い。

丁度、周囲に誰もいないこともあり、みやびの腰を抱いて体を引き寄せる。

「ちょっと!ご先祖様の前で何やってんの」

みやびの額に軽く口づけ「これが正しい墓参りなんだ」と嘘をつく。

「そんなわけないでしょ!もう!」と笑いながら軽く胸を叩かれてしまった。




祖父が妻と過ごせたのは短い間だったらしいが、俺は祖父の分まで愛する女性を慈しむ事を誓った。


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