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第58話 初めてのお泊り ナギ視点

スマホの通知音が鳴ったのでふと見ると、電車の運行情報アプリだった。

どうやら人身事故の影響で全線ストップしているらしい。

この時間に事故が起きたら終電も絶望的だ。

どうしようかなと思案しながら、みやびにそれを伝える。


「しょうがないな」

タクシーを捕まえて帰るか、という声と「しょうがないね。ナギ、明日仕事休みだし泊る?」というみやびの声がぶつかってしまった。

泊まる・・・?

その発想は無かったが、いいのか。

思わず彼女を凝視すると「何か問題でもある?」と不思議そうな顔をしている。

問題は山積みだろう・・・。

耐えられるのか?俺の理性。


「そっか、着替えとかないもんね。近所の24時間開いてるドラッグストアなら下着とか売ってそうだけど、行く?」と見当違いの心配をしている。

いや、確かにそれも大事だな。

仕事上がりに寮で風呂に入ってからここに来ているとはいえ、夏だから汗もかいたし、着替えは必要だ。

でないと彼女と同じベッドで寝るのも気が引ける。

待てよ、同じベッドで、寝る、のか・・・?

ちらりと彼女が普段寝ているベッドを見る。

さすがにそれは許されないだろうと思っていたら「セミダブルベッドだからナギと一緒だと狭いかもだけど」と爆弾発言をしだした。

俺は男として見られてないのか、一緒に寝ても大丈夫だと信頼されてるのか、キスの先まで進んでいいと誘われてるのか、どれなんだ・・・。

「一人でしか寝られないのなら私が床で寝るけど?」

なんでその発想になるんだ。

思わず頭を抱えてしまった。

「みやびを床で寝させるくらいなら俺が床で寝る」

「でもナギ、今日も仕事で疲れてるでしょ?床だと疲れが取れないよ?」

好きな女と一緒にベッドで寝て何もできない方が色々と疲れそうだが。

「じゃあ・・・一緒に寝て、いいか?」

俺の欲求が暴走するかもしれないがいいのか?と暗に込めると純粋な笑顔で「うん」と返事された。

ダメだ・・・俺を信頼してるみやびを裏切ることはできない。

それとも葛藤に苦しむ俺を見て内心ほくそえんでるのか?

もしかしたらみやびは天性の悪女じゃないのか。


「じゃあ、行こうか?」と立ち上がろうとする。

「いや・・・一人で行ってさっさと買い物だけ終わらせてくる」

ついでに頭も冷やしたい。

「そう?場所は分かる?」

「ああ」


ドラッグストアへの道すがらスマホで「彼女の部屋に泊まるのに必要なもの」をチェックしておいた。

肌着やシャツ、部屋着用ズボン、歯磨きセット、制汗剤、シェーバー、洗顔料。

こんなもんか。

そうだ、寮母に「翌日の朝飯はいらない」という連絡もしておかないと。

こんな時間だが、すぐに既読がつき「そうかい!頑張ってきな!」なんて意味深なメッセージが返ってきた。

人の気も知らないで。


ドラッグストアで目当ての物はすぐに見つかった。

着替えが置いてあるのは非常に助かる。

流石大型ドラッグストアだ、品ぞろえがいい。

こんな時間なのに客もそれなりに居る。

日ごろ使ってる洗顔料など必要な物も購入する。

ペットボトルの水も購入しておく。

それと明日の朝飯用になにかパンでも買った方がいいのかと「朝飯どうする?」とメッセージを送ったら「明日ご飯炊くよ」と返ってきた。

なんかこういうの、同棲してるみたいでいいな。

思わず口角が上がってしまう。


買い忘れが無いか確認して、足早に彼女の元へと帰る。

「ただいま」と言うと、満面の笑みで「おかえり」と返ってくる。

早くこれが日常になればいいのに。


「外はまだまだ暑かったでしょ?シャワー浴びてくる?」と聞かれた。

そうだな、あとは寝るだけだからな。

眠れるかは疑問だが。

新たにボディタオルを卸され、軽く説明を受ける。

同じシャンプーやボディソープを使うのは恥ずかしさがあったが、自分が普段使っている物を購入して置かせてもらうのも図々しいかと躊躇われたので大人しく使わせてもらうことにする。

手早くシャワーを済ませ、買ってきたばかりの部屋着に着替える。

自分の体から普段彼女が漂わせてる香りがするというのは不思議な気分だ。


すぐに彼女がシャワーを浴びに行ったため、手持ち無沙汰なのでスマホを操作する。

フェイル名義のみやびのSNSを見に行くと、この間の花火大会について軽く書かれていた。

とはいっても「花火が大迫力だった」「やっぱり人込みは嫌いだ」などと簡単なもので写真も無ければ時期もずらして書かれていたので実際にどこの花火を見たのかはわからないようにぼかされていたが。

ふと思い出した。

あの時キス、したんだよな・・・。

我ながらぎこちなく、唇を合わせただけで不器用なキスだったが。

今夜も、キス、できるだろうか、したいなと不埒な考えがよぎった時にシャワーを浴び終え、みやびがドライヤーを使ってる音が聞こえてきた。

慌てて考えを切り替える。


以前写真で見たパジャマ姿だった。

下はハーフパンツだったらしく、すらりとした足が目のやり場に困る。

「お待たせ」と明るく笑う。

「・・・ああ」

もしかしたらキス以上の事が出来るのだろうか、という俺の下心は「じゃ電気消すね。明日ゴミ出さないといけないから早めに起きないとだし」という色気が全くない言葉にかき消された。

これは・・・キスすらないな。

まぁこの状況でキスしたら我慢できそうにないからちょうどいい、のか?

なんだか釈然としない中、みやびはさっさと床についたのだった。


そして俺は案の定眠れない夜を過ごした。


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