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第60話 もしかすると俺が一緒に寝てるのを忘れてるんじゃないか? ナギ視点

眠れない夜が過ぎ、朝になった。

いや、多分短時間は眠れただろうが、疲労が取れなかった。

好きな女と二人、初めて過ごす夜を何もしないで一緒のベッドで過ごすのがこんなに辛いとは思わなかった。

心の中で「触れるくらいならいいだろう」とか「思い切ってキスをしたらその後も受け入れてくれるんじゃないか」とか「みやびも経験ないだろうからもっと思い出に残るようなタイミングでした方がいいんじゃないか」とか「何もかも考えずに抱きしめたい」と一晩中葛藤していた。

そんな俺の気持ちを全く知らずに、みやびは可愛らしい寝息を立てていた。

信頼を裏切らなくてよかったと思う反面、なんの警戒心も抱かれてないことに自分自身が情けなかった。


寝返りを打ち、こちら側を向いて気持ちよさそうに眠るみやびの頬をつつく。

柔らかい。

指を口元に移動し、親指で唇をなぞる。

うっすらと開いた唇が艶めかしい。

2度目のキスはいつできるのだろうか、と考えていたら俺の背後からスマホのアラーム音が鳴った。

寝る前に「朝弱いから手の届かない所にスマホ置いて寝るんだ」と彼女のスマホを預かったんだった。

アラームを止めるべきか悩んでいたら、みやびが身じろぎして寝ながらスマホを取ろうと俺に抱き着いてきた。

届かないスマホに手を伸ばそうとさらに体が密着する。

というか、もしかすると俺が一緒に寝てるのを忘れてるんじゃないか?

微妙に手が届かないらしく、尚も体が押し付けられる。

俺の首筋に彼女の吐息がかかる。

下着をつけていない胸の感触が伝わってくる。

・・・これはかなりマズい。

しばらくこのままで居たかったが、スマホのアラームを止め起こすことにした。

わざと耳元で「朝だよ」と囁く。

「んにゃ・・・?」

なんだその声。

可愛すぎるだろうが。

思わずにやけそうになる。

次第に覚醒してきたのか目が開き始める。

「・・・ナギだぁ・・・」

まだ寝ぼけてるのか。

「そうだよ」と彼女の身体を抱きしめる。

「・・・しゅきぃ・・・」

俺の背中に回った彼女の腕に力がこもる。

猫がするように俺の顔に頭を擦り付ける。


このまま襲いたい・・・。


正直このままベッドでいちゃいちゃしていたいんだが話を聞いた限りここはゴミ出しのルールが細かいらしい。

近所との関係もあるだろうから、心を鬼にして彼女を揺らして起こす。

「ほら、起きなきゃマズいんだろ」と促す。

「やだぁ。あと30分」

長いな。

こういう時って大体が「あと5分」じゃないのか?

「近所の人らに叱られるぞ」

「にゃあ・・・顔を洗って、くる・・・」

足取りが不安だったが、寝る前に準備していた自分の着替えも持って行ったから大丈夫だろう。

というか、にゃあってなんだ、にゃあって。


しばらく戻ってこないと見て、俺も着替える。

炊飯器の米がいいタイミングで炊きあがっていたので、冷蔵庫の中のタッパーの総菜を適当に選び、インスタント味噌汁用に湯を沸かす。

あの様子では朝どれくらいの量を食べられるかわからないが、追加で目玉焼きでも焼くか。

食べるのが無理なら俺が食えばいいし。

着替えて戻ってきたみやびにそれを伝えると、頭がすっきりしたのかいつもの調子に戻っていてさっさとゴミを出しに行った。

帰ってくる頃合いを見計らい、フライパンに卵を落とす。

飯の準備をしていたら、割と大きめのちゃぶ台が用意されていた。

「いただきます」と言い合い、箸を動かす。


「ねえ、私なんか変な事言ってなかった?」

「覚えてないのか?」

「うーん・・・朝は苦手なんだよね。最高血圧90だよ、90。下は60だけど」

それはかなり低いな。

「遺伝みたいで病気ではないらしいけど。お母さんも血圧低いからね。朝は揃って起きられなかったなぁ」

結婚したら俺が毎朝飯を作ることになりそうだな。

別に苦ではないが。

「変な事か、別に変な事は言ってなかったな」

「そうなんだ」

明らかに安堵してる。

「変ではないがではないが、抱きつかれて「好きだ」と言われた」

言った瞬間、みやびの箸からきんぴらごぼうが落ちた。

「ナギ、さん??」

あまりの衝撃のせいで、さん付けになってしまった。

さん付けも新鮮でいいな。

「変な事ではないだろう?」

「それは、そう・・・なの、かな・・??」

先ほど皿に落ちたきんぴらごぼうを拾い、口の中に入れながらしきりに首をかしげている。

可愛い。

「好きだと言ってもらえて嬉しかった」

正確には、しゅきぃだが。

今度は切り干し大根を食う直前で落とした。

面白いな、みやび。

「もしかして私からかわれてる?」

疑念を含んだ目で睨まれてしまった。

「嘘は言ってない」

実際に、しゅきだと言われ抱き着かれたし、好きだと言われて嬉しい。


「むぅ。もうこの話題はいいや。ね、今日何か予定ある?」

と言われても「でも夕方からバイトだろ?」

夏休みだから1日中バイトを入れるのかと思っていたが、夏休みの課題の為とかバイト先の調整とかで夕方から働くことも多いらしい。

だから一旦別れるが、夜になったら俺がまた迎えにバイト先に行く予定だ。

正直疲れるが、夜道に好きな女をひとりで歩かせたくない。

「今回急遽泊ったから着替えとか困ったでしょ?一緒に駅前の商業施設に買いに行く?次来た時に持ってきてもいいけど」

うん?それって「また泊まっていいって事か?」

「翌日仕事の日は無理だろうけど、ナギの都合のいい日にいつでもうちに泊まればいいよ。なんなら普段使ってるボディソープとかも置いとけばいいし」

ここだと睡眠はまともに取られないが、せっかくの誘いを断るわけにもいかない。

「それは助かるな」

食い終わった皿を洗い、彼女の髪を結い、共に手を取り合い家を出て駅前へと向かう。


夏休みという事もあり混雑していたが、そこで必要なものを購入し思ったよりもかさばったので一旦施設備え付けのコインロッカーへと入れ、今度は服を見に行った。

彼女の部屋で過ごすために適当に無地のシャツやズボンを見繕う。

普段男物の服売り場に足を踏み入れないみやびが「なんかデザインや色的に似たようなものばっかりだね」と小声で言った。

俺は逆に女性用の売り場を見て驚いた。

女性の服があんなに多種多様だとは思わなかった。

婦人服売り場を軽く見て回ったら、彼女に合いそうなレースのついたペプラムブラウスと黒色のレースマーメイドのロングスカートを見つけた。

ブラウスには淡いピンクのプリーツスカートも合いそうだ。

俺が勧めるとそれを見たみやびは3着とも気に入ったようで、値段も思ったより安価だったので購入を決意したようだ。

共にセルフレジに並ぶ。

俺の番になったので、彼女の籠を奪い俺のものと含めて共に素早く会計をすます。

しきりに「自分でお金払うよ!」と言っていたが「並んでる人間の迷惑になるだろ?」と狡いが飲食店で働く彼女に対して「とっととレジをすまして退かないとな」と圧力をかけた。

以前バイトの愚痴として「レジでお客さんたちが支払いでもめるのが困る」と言っていたのを逆手に取った。


夕方からのバイトの事もあり、あまりゆっくりしていられないと買い物を切り上げ複合施設内の飲食店で軽く昼食をすまし、荷物を持ち彼女と共に家に帰る。

やはりというか、案の定さっきの服代を支払おうとしてきたので、彼女を正面から抱きしめ「礼ならこっちがいい」と軽く彼女の唇を奪う。

二度目のキスは初めてのものよりも深かった。

ただ単に唇を合わせただけのものと違い、お互いの唇の感触を味わうキス。

それを2度、3度繰り返す。

「んっ・・・」

聞こえる微かな喘ぎ声が非常に色っぽい。

「好きだ」

わざと耳元で囁く。

「もう。なんか誤魔化された気がする」

「そうかな?」とお互いの額を合わせ笑い合う。


「気のせいじゃないか?」と最後にもう一度、みやびの腰を引き寄せ、ひときわ長いキスをした。






「おう、ナギ帰ってきたか」

「そ、その・・・どうだった?」

寮に着き、すぐに自分の部屋に帰ろうとしたら多目的ルームでTVゲームで遊んでいた天方達に声をかけられた。

格闘ゲームをトーナメント方式で遊んでいたらしい。

どうだったかと聞かれても、なにがだ。

寝不足の上に歩き回っての疲労のせいか頭が回らない。

「悪い。疲れたんで急ぎの話じゃなければ後でいいか?」

一旦寝て、また夜にみやびを迎えに行きたい。

「つ、疲れたのか・・・」

天方らがごくりと喉を鳴らした。

「ああ、寝られなかったからな」

とにかくベッドで一寝入りしたい。

「そ、そんなにも・・・」

「寝ずに一晩中・・・!?」

「う、羨ましい・・・」

場がざわつく。

なんだか激しく誤解されてるようだが、今はとにかくベッドに飛び込みたい。

「じゃあな」と俺は自分の部屋に戻った。


後に誤解を解くのが大変だったし、なにより「一緒には寝たがなにもなかった」と説明しなければならないのがかなり情けなかった。

天方らには同情の視線と言葉を向けられ、シオンには「かける言葉もない」とばかりに憐憫の情を向けられてしまったし、加賀宮は終始「何も聞きたくない」とばかりに渋い表情だった。



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