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第64話 ナギの寮にて ナギ視点

仕事が終わり、寮で遅めの夕飯を食っているとスマホがメッセージの着信を知らせてきた。

みやびからの「会いたい」と簡素なメッセージ。

仕事のシフトなどの簡単なスケジュールをお互い教え合ってるから、今この時間なら仕事を終えているとわかってたんだろうが。

しかし確か今日はみやびは実家に帰ってるはずだ。

今日は会えないなと寂しさを感じつつ今朝やりとりしたが、それが今この時間に会いたいとは。

飯を食う手を止めてすぐさまに「今どこ?」と返す。

すると「庁舎の前」と予期せぬ答えが戻ってきた。

俺が住んでいる寮は庁舎の敷地内にあり、周辺にこの時間に空いてる飲食店はさほどない。

寮母に「すぐ戻る」とだけ言い残して、寮を出る。



門の脇にある詰所に控えてる警備員の警戒している視線の先、わずかな明かりの電灯の下に捨てられた子猫のようなたたずまいで彼女が立っていた。

俺の姿を見つけ、泣きそうな顔で「ゴメンね、急に」と謝る。

すぐさま駆け寄り、抱きしめて数回頭を撫でる。

こんな寂しい所で待たずとも警備員に話を通せば寮に通してもらえただろうにと思ったが、以前にも「俺の番いだ」と自称する女が面会を求めて騒動になったというのが数回あった。

なので事前に俺から詰所に連絡しなければ、年齢問わずに俺の客だという女は確認も取らずに追い返すことになっている。

忌々しい。


「ちょっとだけでも会いたかっただけだから。すぐに帰るから」と弱々しく俺を振りほどこうとする。

実家で何があったのかわからないが、こんな状態で一人で帰せるか。

寮は異性立ち入り禁止だし、こんな夜更けに空いてる周辺の飲食店は10分ほど歩いたファミレスくらいだ。

迂闊なことに財布を持ってくるのを忘れた。

かといってずっとここで待たせるわけにも行かないから、門前の詰所で待ってもらい、寮に戻り財布を持ってきてみやびを家まで送りそこでしばらく共に過ごすか、と思案していたら「貴公子ちゃん、あんたなにやってんだい。とっととうちに連れてきなよ」と寮母の静寂を打ち破る声が響いた。

「だが寮は異性立ち入り禁止なのでは」

「はっ!!何が規則だい!!いいかい?あそこではアタシが法だよ!!!!!!!!!!」

言い切られてしまった。

尚も俯いてるみやびの考えが読めないが強引に彼女の手を取り、寮へと向かう。

警備員は俺の行動に終始驚いたようだ。


「貴公子ちゃん、その子あんたの部屋に連れていきな」

「流石にそれは」

規則をそこまで破るのは、まずいのではないか?

「談話室にこの子放置しとくわけにはいかないだろ。やじ馬どもの好奇の視線に晒せるわけにはいかないよ。あんたもさっさと飯食べておくれ。片付かないんだよ」

「いや、もう飯は」

「あんた!アタシの作った料理が食えないっていうつもりじゃないだろうね!?」

恫喝されてしまった。

「すぐに温めなおすからちゃんと食いな!」

「すまない」

「あの・・・ありがとうございます」

みやびがペコリと頭を下げるが、寮母はそれを手で制して「いいってことよ。だけどね不純異性交遊だけはダメだからね」と釘を刺してきた。

いくら好きな女が自分の部屋に初めて足を踏み入れたとしてもこんな状態ではそんな気にはなれない。

騒ぎを聞きつけた隊員らがちらほらとこちらに視線を投げつけてきたので、彼女を庇うように間に立ち、部屋へと案内する。



「あいよ、言っとくけどかっこむんじゃないよ。ちゃんと噛んで食いな。アタシの料理をぞんざいに食ったら承知しないからね」

みやびを部屋のソファに座らせ戻ってきた時に丁度夕飯が温められていた。

言葉遣いはアレだが、少し頭を冷やせという意図も含められてるんだろう。

俺にお茶を入れながら「で、あの子なんかあったのかい?」と直接的に言ってきた。

「今日は実家に行くとは聞いてたが、そこで何があったのかはわからない」

「親御さんとなんかあったのかね?」

「折り合いが悪いとは聞いてる」

「結婚の反対でもされたのかね」

何気なく呟いた寮母の言葉に、味噌汁を飲んでいた手が止まる。

「あんた、向こうの親御さんに挨拶行ったのかい?」

「以前、みやびには結婚はまだ無理だと断られてしまった。挨拶も早いからと止められた。今は学生だからかと重く考えてなかった」

求婚を断られたが、積極的に就職活動はしないみたいだから卒業後には俺との結婚を視野に入れてくれてるのかと一縷の望みを抱いていたが。

「ふ~~~~ん」

「彼女が学校を卒業する頃合いを見計らってもう一度きちんとプロポーズして母親に挨拶に行こうとは思っていたんだが」

「母親?親父さんは居ないのかい?」

「死別したか、離婚したか、そもそも結婚もしてないのかも聞いてない」

あまり踏み入るのも傷つけそうで怖かったから。

「その辺りが関係してんのかね」

「聞いてない?なにもか?」

いつの間にか傍に来ていた加賀宮がテーブルに置いていた麦茶ポットを手に取り、コップに麦茶を満たしそれを一息に飲み干した。

「ああ。家庭の事情の話はあまりしてない」

一刻も早く部屋に戻りたくて箸を動かしながら話をする。

「加賀宮ちゃんあんた何さりげなく話に混じってんだい。あっち行ってな」と寮母が、しっしっと犬を追い払うように手を振る。

「ちっ」

舌打ちを残し、渋々加賀宮は去っていった。



「で、あんた。お母さんの了承が取れなかったらあの子との結婚をあきらめるのかい?」

「求婚を受け入れてくれ親が結婚を認めてくれない時には、彼女を掻っ攫おうかと思ってた。勿論彼女自身がそれでいいというのなら」

護国機関にも居られないのなら、辞職して国外へ出てもいいと思っている。

向こうで暮らす俺の両親も快く受け入れてくれるだろう。

「かっさらう気だったのかい」

「彼女が居ない人生はもう考えられないし、耐えられない」

「あんた、さりげなくそういう恥ずかしいセリフを臆面もなく言うよね。以前のあんたからは考えられないよ」

事実だ。

「ご馳走様」とカウンターへとトレイを持って行くと、寮長が2人分の紅茶を入れてくれていた。

「コーヒーと紅茶、どっちにするか悩んだが無難に紅茶にしといた」

普段口数も少ない寮長からの心配りをありがたく受け取り、部屋に戻る。


自分の部屋だが一応ノックする。

みやびはソファに寝そべっていたが慌てて身を起こした。

髪の毛が顔に貼りついていて何を考えていたのか表情が読めない。

紅茶をテーブルに置き、彼女の隣に座り髪の毛を払うと顔を背けられてしまった。

「色々とありがとう。迷惑かけられないし、これ飲んだら帰るから」

心なしか声が震えてる。

「なにかあった?」

彼女の手をそっと自分の手で包む。

「ん~、なにも?実家行って疲れただけ」

みやびは何か言いづらいことがあったり、ごまかしたい時には「ん~」と言う癖がある。

こちらを向いて無理して笑う笑顔もいつもと違って悲しそうに見える。

この間会話した時には「母親には折を見て俺との交際を打ち明ける」と言っていたが・・・。

どうだったのか、そもそも会話にも出していないのかとは、聞ける雰囲気ではないな。


ふと見ると彼女の柔らかな手がやや赤くなっていた。

腫れてはないようだが。

「痛い?」

労わるように手の甲をさする。

実家でなにがあったんだ。

「あ、これは問題ないから。ちょっとお母さんに稽古つけてもらってただけだから」

前から思っていたが、娘に対して護身術を教えることが出来る母親ってどういうことなんだ。

しかも五行を殴った映像を見た時に感じたが、みやびはかなりの手練れだ。

あいつは決して弱い男ではない。

相手が女の子だと油断していたとはいえ、みやびのオーバーハンドフックは完璧な動きであいつのこめかみに入っていた。


「ね、しよう、か」

しばしの沈黙の後、俺の肩に甘えるように自分の頭を乗せ、そんなことを言い出した。

それがキスの先を意味している言葉だとなんとなく感じられた。

自分の部屋で、愛する人と睦あう。

蠱惑的な誘いだ。

「それ、は」したい、だが弱っている今の彼女に付け込むようで躊躇う。

返事の間が開いたのを拒否だと思われたようで「ゴメン、今日の私変だ。さっき寮母さんにも駄目だって言われてたしね。帰る」と言い鞄を持って俺から身を離し出ていこうとする。

思わず腕をつかんでいた。

この状態で一人帰すわけにはいかない。


戸惑った状態の彼女をそのままソファに軽く押し倒す。

そしてそのまま唇をふさぐ。

押し付けていた唇をいったん離し「口、開いて」と囁く。

微かに開いた口を舌でこじあけ、そのまま彼女の口内に入れる。

「んっ・・・」

一瞬硬直したがそのまま俺を受け入れてくれた。

2度、3度、お互いの舌が交わり、部屋に卑猥な音が響く。

名残惜しいがこのままだと俺の理性が耐えられないので一旦離れる。

キスはしたが、今日はこの先まで進む気はない。


「・・・えっちなキスだ」

みやびが自分の唇を指でなぞり、俺から顔を背けた。

耳まで真っ赤になってる。

初めて舌を入れてみたが、なんというか、煽情的だな。

「初めてしたけど、すごく・・・えっちなキスだね。大人のキスって感じ」

なんとなくいつもの彼女の調子が戻ってきたみたいだ。

「嫌だった?」

「嫌じゃない、けど」

みやびの唇を親指で撫で「じゃあ。もういっぺん、いい?」と顔を寄せる。

「ん」

今度は最初から軽く口を開いてくれた。

お互いの唇が触れあおうという瞬間、ノックの音がした。


身を起こし、軽く襟を正し、ドアを開ける。

見るからに不快そうな顔の加賀宮が立っていた。

隣だとはいえ声は漏れてはないはずだが。

「おい、口紅ついてるぞ」と言われ慌てて手の甲で口を拭う。

「化粧してねーだろ。なにひっかかってんだ」

やられた。

「何か用か?」

2人きりでなにをしているのか察してるのなら邪魔しないで欲しい。

「・・・終電の事考えてんのか?」

「いや」

みやびが落ち着くまではしばらく傍に居たかったし、終電を逃してもタクシーを呼んででも送ればいいと思ってた。

「ちっ」と舌打ちしながら加賀宮は俺に車のキーを投げてよこした。

「俺の車がどれかは知ってるよな。鍵は明日の朝にでも返せ」とさっさと自分の部屋に戻っていく。

「感謝する」

その背に声をかけるが聞こえたかは定かではない。

不機嫌そうに大きな音をたててドアを閉め、やつはとっとと自分の部屋へと戻っていった。


みやびはソファに座り直していた。

・・・続きは出来そうにないな。

「加賀宮が車を貸してくれた。終電が無くなってもこれで送ることが出来る」というと「え?免許持ってたんだ?」とそこに喰いついてきた。

「仕事柄免許を取ってる。あまり運転する機会が無いが、定期的に訓練の一環として運転の練習もしてるからそこは安心してくれ」

「そうなんだ」

へぇ~とばかりに頷き、若干冷めてしまった紅茶に口をつける。

それから少し逡巡したかと思ったら「じゃあもう帰ろうかな」と残っていた紅茶を飲み干しみやびが立ち上がった。

「もう?」

折角の機会だからゆっくりしていけばいいのにと思う反面、完全に彼女がいつもの調子を取り戻したことに安堵する。

「うん。私も明日は朝から学校だし、ナギも仕事でしょ?」

ほほ笑む彼女の手を取り、部屋を出る。



「そういえばナギは観葉植物育ててるんだね」

駐車場への道のり、手を繋ぎ寄り添いながら雑談する。

「ああ、あれは俺の武術の師匠の弘原海(わだつみ)先生と彼の秘書の蓮見(はすみ)さんから送られたものだな。お前はなにかを慈しむ気持ちを持て、と言われた」

「そうなんだ」

蓮見さんといえば、みやびを連れて弘原海先生の所に挨拶に来てくれと言われてたな。

だが。

会話が不自然に途絶えたことに不審を抱き「うん?」と小首をかしげながらこちらを見る。

まだその時期ではなさそうだ。

彼の所だと結婚話について聞かれるだろうが、実家と問題を抱えてるであろう今の彼女には負担はかけたくない。

2人揃って先生の所に行くのは、彼女が無事に学校を卒業してからの事だな。

「いや、先生たちに心配されていた程の俺がこんなにも深く女性を愛することになるなんて思わなかったなと考えてただけだ」

「・・・ナギはたまにすごく恥ずかしいことをさらっと言うよね」

「あまり自覚はないな」


加賀宮の車を見つけ、助手席にみやびを乗せ、俺も運転席に乗り込む。

「あのね、今日は色々とありがとう。・・・えっちなキスをされるとは思わなかったけど」

「そういえばさっきお預け食らってたな」

「しちゃう?」

いたずらっ子みたいにふふっと笑う。

「したい」


そう言うとみやびと掌を合わせ、お互いの指を絡めながら、深い、深いキスを交わした。


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