目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第69話 隣の部屋の情事 ナギ視点

皿を洗い終わり、勉強をしてるみやびに声をかけようとしたら何故か硬直していた。

顔も赤い。

どうかしたのか?と戸惑っていたら右隣の部屋から女の嬌声が聞こえていたのに気づいた。

確か若い女の一人暮らしだと言っていた部屋だ。

夜、女のこの声・・・つまり今その部屋で情事が行われてるということか、と思い至った時に「ダメ!!!ナギはこの声聞いちゃダメ!!」とみやびの声で思考をかき消された。

「ダメだよ、私以外のこういう声聞いちゃやだ」

混乱してなにかとんでもない事を口走ってる気がする。

しばらくの沈黙の後、顔をさらに真っ赤にして「ちがくて!いや、違うわけじゃないんだけど」とさらに言い繕う。

俺もみやび以外の女には興味が無いが、聞くなと言われるには無理なほど女の声はデカい。

わざと聞かせてるんじゃないかと思うくらいに。

「かといって・・・どうすれば」

近所付き合いの手前、壁を叩いて「うるさい」と注意するわけにもいかないだろう。

第一、男としては邪魔をしないでやりたくもある。

「こ、コンビニ行こう!」とみやびは強引に俺の手を取り、共に部屋を出た。


道中はずっと無言だったが、コンビニでアイスを買い、人気のない公園のベンチに座ってアイスを食べ始めたところでようやくみやびが口を開いた。

「さっきはゴメンね。なんか変な事を口走った気がする」

そうだな。

あんなことを言われ、どう反応したらいいのかわからなかった。

「自分以外の女の嬌声は聞くな」ということは、つまりいつかみやびはああいう声を俺に聞かせてくれるのかと期待を抱いてしまう。

だが、この間の失態もあってこの手の話題にはあまり立ち入らない方がいいか。

好きだからキスの先まで進みたいのは確かだが、かといって彼女の合意の元ではないと嫌だ。

生まれて初めて好きになった、大事な人。


「いや。それにしても大体どれくらいで終わるんだ」

1時間くらいかかると、色々とキツい。

「大体20分くらいかな。いつも1回で終わるみたい」

やけに詳しい。

時間を計っているのか?

20分。

諸々含めてその時間というのは短いのか妥当なのかがわからない。

しかも回数まで数えてるのか?

みやびもそういう事に興味があるのだろうか。

俺の視線に気が付いて「左隣のオバさんがね!言ってたの。あっちにも聞こえてるらしくて」

女の声がデカすぎるのか、みやびの部屋を挟んでも聞こえるのか。

薄々あの部屋の壁は薄いんじゃないかと思っていたが、やはりあの部屋でそういうことをするのは難しいようだな。

隣の女の声がでかいのか、それともあれくらいが普通なのだろうか?

情事の時に女がどれくらいの声を出すのかは知らないが。


「もういいじゃない。ね、この話は終わり!」

アイスを食べ終わり持参していた袋にゴミを入れる。

俺も飲んでいたコーヒーのカップを差し出された袋に入れる。

近場を散歩するためのサコッシュには色々と小物が入ってるようで便利だ。

勉強の息抜きにこれを持ち軽く散歩をすることがあるらしい。

バイトと勉強。

確かに息が詰まる生活だな。


時間的にも頃合いだと部屋に帰ろうと促すみやびに非常に言いづらいのだが・・・。

「今晩泊っていいか?」というと目に見えて狼狽した。

「あわわわわ、ええっと、それはどういうアレなの?アレなの??ナギもしたいの?アレを」

もはや混乱しすぎて何を言ってるのかわからない。

アレ、が多すぎだ。

「ち、違う」

かろうじてそれだけ言えた。

したい?と言われたらそれはしたい。

以前拒絶されたからみやびもまだその気ではないだろうし、初めてそういう行為をする時には、きちんと時間を取ってちゃんと彼女を愛したい。

あんな壁の薄い部屋ではなくて。

いや、彼女の部屋で、というのは魅力的だが・・・。


「明日休みだし、帰るのが億劫だから泊まりたいというだけだ」と弁解する。

決してやましい想いではない、と強調する。

「そ、そっか。ナギも今日は仕事終わりで疲れてるもんね、そうだよね」と胸をなでおろす。

それはなんだか「まだその関係には進みたくない」と明確に拒絶されてるみたいで若干胸が痛い。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか「ん」とみやびが右手を差し出してきた。

微笑み、その手を取る。

俺たちは俺たちのペースで先に進めばいいか。

焦らずともまだ二人の時間は先が長いのだから。


と思っていたのだが。

このしばらく後にあんな思いがけない出来事が待ち受けてるとは思わなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?