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最終話「卒業」

 ◆


 3月。


 合格発表の日。


 春斗と美香は、約束通り同じ大学を受験していた。


 そして──


「やった! 合格!」


 美香が歓声を上げる。


 春斗も、自分の受験番号を確認して安堵の息をついた。


「俺も合格だ」


「本当? やったー!」


 美香は感極まって、春斗に抱きついた。


 周りの目もあって春斗は慌てたが、今日くらいは許そうと思った。


 ──許すっていうか、嬉しいけど……糞ッ


 まだ完全に抜けきっていない天邪鬼気質が軽く疼き、素直に喜べない自分がいる。


「これで、また一緒だね」


「ああ」


 桜の蕾が膨らみ始めたキャンパスを歩きながら、二人は未来の話をした。


「大学でも一緒に勉強しようね」


「しつこいな。分かってるよ」


「あと、サークルとかも──」


「それは別々でいい」


「えー、なんで?」


「四六時中一緒にいたら、息が詰まる」


 春斗の言葉に、美香は頬を膨らませた。


「ひどい」


「でも大事な時は一緒にいる」


 春斗の言葉に美香は笑顔になった。


「うん、それなら……」


 そして高校の卒業式の日。


 春斗は答辞を読むことになっていた。


 成績優秀者として選ばれたのだ。


「まさか俺が……」


「だって、坂登君すごく頑張ってたもん」


 美香が誇らしげに言う。


 式が始まり、春斗は壇上に立った。


 用意された原稿を読み始める──はずだった。


「えー、答辞」


 春斗は原稿を脇に置いた。


「原稿は用意してきたんですが、なんか型にはまった内容で面白くないので、即興で話します」


 会場がざわついた。


 先生たちは慌てているが、春斗は構わず続けた。


「この学校で過ごした2年間。正直、最初は最悪でした」


 会場が静まり返る。


 春斗は淡々と話し続けた。


「転校初日から問題児扱い。まあ自分が悪いんですが。そして不良との衝突。クラスでの孤立。私の性格がひねくれていたせいで話がどんどん大きくなっていってしまいました」


 苦笑が漏れる。


 春斗は美香の方を一瞬見てから、続けた。


「何でもかんでも突っかかり、歯向かう──そんな自分の性格が嫌いでした。でも、そんな自分を変えてくれた人たちがいました。私の本質を見抜いて、諦めずに関わり続けてくれた人が。それに、こんな私と懲りずに友達付き合いしてくれた友人たちが」


 美香が顔を赤らめる。


 クラスメイトたちは、ニヤニヤしながら二人を見ていた。


「おかげで私は少しだけマシな人間になれた気がします。相変わらずひねくれてはいますが──」


 会場から笑い声が起こった。


「これから大学に進む人、就職する人、それぞれ道は違います。でも、一つだけ言えることがあります」


 春斗は一呼吸置いて、力強く言った。


「時には、自分自身に逆張りすることも必要だってことです。できないと思ってることに挑戦する。苦手だと思ってることに向き合う。それが、成長につながります」


「最後に。この学校での思い出は、一生忘れません。ありがとうございました」


 春斗が壇上を降りると、大きな拍手が起こった。


「坂登君、かっこよかった!」


 美香が目を輝かせて言う。


 春斗は照れくさそうに頭を掻いた。


「調子に乗りすぎた」


「ううん、素敵だった。やっぱり私、坂登君のそういうところが好き」


 卒業式後、桜が満開の校門前で、春斗と美香は写真を撮った。


「はい、チーズ!」


 クラスメイトがシャッターを切る。


 写真には無表情の春斗と、満面の笑みの美香が写っていた。


「坂登、もっと笑えよ」


 田中が文句を言う。


「これが普通だ」


「相変わらずだなー」


 皆が笑う。


 春斗も、心の中では笑っていた。


 ──結局、友達もできちまった


 逆張りしか能がなかった自分が、恋人を作り、友人を得た。


「これからもよろしくね、春斗君」


 美香が初めて下の名前で呼んだ。


 春斗は一瞬戸惑ったが、すぐに返した。


「ああ、よろしく……美香」


 照れくさそうに名前を呼ぶ春斗に、美香は幸せそうに微笑んだ。


 春風が二人の間を優しく吹き抜けていく。


 新しい季節の始まりだった。


(了)

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