土曜日、両親も揃って待っていると、指定した時間ちょうどにチャイムが鳴った。
出迎えにいけば、いたって普通のスーツを着た、両親と同じくらいの年に見える男性が立っていた。
ただのサラリーマンに見える。
「お約束いただいていた、
「はい、どうぞ」
「お邪魔します」
緑山さんは
「賀茂様のご親族だとお聞きしました。賀茂様には、私が就職するときにお世話になったんですよ。先に賀茂様に連絡を取りましたら、こちらを紅雨さんへということでお預かりしてきました」
す、とリビングのローテーブルの上に出したのは、細長い木の箱。
何かが書かれた和紙が表に貼られているものの、達筆すぎて読めない。
「これは?」
「開けてみてください」
紅雨は、箱を持ち上げて蓋を開けてみた。
中に入っていたものは。
「扇子……いや扇?」
扇子よりは大き目のもの、扇だった。
箱から取り出して広げてみると、金を思わせる黄土色の地色に五色の霞模様が線で描かれており、片面には松の葉、逆の面には桜の花びらが散っている。
派手過ぎず地味過ぎない扇だ。
「それは、
じっと見たところ、手書きのようで、さらに使っている絵の具も普通のものではなさそうだった。
発色が非常に美しい。
「こんな高そうなもの、いいんでしょうか」
「賀茂様の奥様は、扇道楽だとお聞きしていますから。とりあえず一年はその扇を使ってみてください。好みのものを選ぶのは、その後にした方が良いでしょう」
「母ちゃんも、貰うもんあるから遠慮なく貰いって言うとったし。今度一おっちゃんに会うたときにちゃんとお礼言い」
緑山先生の言葉に、父も援護して頷いた。
なんとなく手にしっくりきていたこともあり、紅雨は頷いて受け取ることにした。
先生の説明によると、遅くとも来月の四月、つまり高校二年にあがるときまでに弥魔拾学園高校に編入して欲しいということだった。
一応学科試験はあるが、あくまで現状の学力を確認する程度で、合否は特にないらしい。
先に準備しておくものは、学校指定の制服と運動着、色指定のある靴と上靴。
指定がないのは扇、上着や鞄、下着、私服、授業用のノートや筆記具、寮で使う布団用のシーツ類。
布団は持って行ってもいいし、用意してあるものを使ってもいいらしい。
ベッドを持ち込んでもいいが、私室は和室の四畳半ほどで広くなく、机も置いてあるのでお勧めしないという。
学園は全寮制で、小学校から大学院まで揃っている。
とはいえ、小学生を親元から引き離すのは近年あまりよくないとされており、制御用の護符などを使って魔力を抑え、中学から入学するのが通常らしい。
そのため、ほとんどが中学に上がるタイミングで入学し、一部発覚の遅い生徒が中学の間に編入という形になる。
高校進学のときに入るのは年に数人もいない程度で、高校の途中で編入する紅雨のような遅咲きは十年ぶりだという。
「弥魔拾学園は、奈良県にあります。このほかに、北海道の五芒星学院、東京の三日月学院、長崎の壱ノ木学園があります。全国にいる弥魔術師は、小学生も含めて学生だけで四千五百名くらいになるでしょうか。全体としては七万人程度です。日本国内で二千人に一人~二人程度が弥魔術師という計算です」
「思ったより多いんですね」
「そうですね。案外、近所に弥魔術師がいたりするものなんですよ。もちろん、一般には秘匿していますので、市井で弥魔術師として会うことはほとんどないと思います」
紅雨が住んでいるのは大阪なので、きっとかなりの人数がいるだろう。もしかすると、どこかですれ違っているかもしれない。
学校についての説明を聞くと、学習要領は日本の普通の高校に沿っていて、それに追加して術の勉強もするという。
しっかり制御できるようになるため、また暴発を防ぐために、全寮制にして敷地ごと結界を張ることで管理しているそうだ。
授業は毎日七時間あり、昼食は校舎にある食堂でとる。
朝食と夕食は寮で出されて、すべての標準的な食費は学費に含まれる。
学費は私立の理系大学並みにかかるが、全寮制であることを考えたら少し安めなのかもしれない。
お菓子などの嗜好品は購買などで個人的に買えるようになっているそうだ。
長期休暇は普通の学校と同じ程度の日数で、生徒が自宅に帰ることができるのは春夏冬の長期休暇の間だけだ。
それ以外は、冠婚葬祭などの特別な用事以外では帰ることが難しい。
当然、バイトもできないという。
もっとも、学外に出られないのでバイト先がないだろう。
ちなみに、生徒は親の収入などに関係なくほぼ審査なしで奨学金を借りられるし、成績優秀であれば返済の減額や免除もあるという。
「奨学金があるんやったら助かります」
「およそ八割の方が奨学金を利用していますね。術を使う日本人は、例外なく弥魔国に所属することになります。弥魔国は秘匿された国なので当然国連には加盟していませんし、世界的な国籍はほとんどが日本です。日本政府と
それを聞いて、母が笑顔になった。
わかりみがすぎる。
紅雨も安心した。
一応、紅雨たちが大学に行くことを想定して貯金してくれているが、私立であれば下宿しない距離のところ、下宿は国公立なら生活費まで援助可能という計画だった。
それを高校二年の時点から寮に入ってバイトもできずにモリモリ使ってしまえばすぐに底をつく。
貯金額と相談して、学費の全額を借りられる奨学金に申し込むことにした。