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02 遠いはずの不可思議に踏み込む 2

「制服はこちらのサイズから選んでください。ある程度は着るときに調整できますので、よくある制服のオーダーはないんですよ」

奨学金などについての手続きの書類を書き終えると、緑山先生は次に制服のサイズ一覧を出してきた。

はたして、そこにあった見本の写真は。


「袴?ですか」

白い袷の上着に、えんじ色の袴だ。

どちらにも特に模様はないが、袴の裾の方に同じ布でパイピングのような飾りがついている。


「えぇ。もちろん正装のものではありませんので、簡単に着られますよ。どちらかというと、剣道や弓道で着るものに近い作りです。膝まである上着の袷を紐で留めて、帯はせずに袴を着けます。意外と歩きやすいですから、安心してください。着物の半襟に当たる部分の色は、学年ごと変わります。これは縫い付けて、三年間同じものを使います。入学・転入のときには先に縫っておいてくれますよ。来年度なら一年は緑、二年はこげ茶色、三年は黄土色です。名札はこれです。左側の胸元に安全ピンで着けます。この名前プレートの上に、学年ごとの色をしたクラス名のプッシュピンをつけます」


クラスは、普通に壱組、弐組となって、今は三学年とも組までだという。

体操服は普通のジャージだった。

ただし、それぞれの学年カラーなので、紅雨はこげ茶色だ。


学費の支払い先や制服の受け取りなどを確認して、父が書類に判を押した。

一応ほかの県にある学校が良ければそちらを選ぶこともできると聞いたが、近いならきっとその方が行き来するのも楽だろうと、そのまま弥魔拾学園に入ることに決めた。




四月に入り、紅雨は大きなトランクを引いて奈良駅を降りた。

観光客の多いJRの方ではなく、近鉄の方だ。

始発だったせいか、周りには人がいない。


改札を出ると、緑山先生が待っていてくれた。

「おはようございます」

「おはようございます。早朝ですみませんね、あまり人に見られながら説明するわけにはいかないもので。普段なら別に時間は気にしないのですが」


「いえ、大丈夫です。先生こそ、こんなに朝早くからわざわざありがとうございます。ここからは近いんですか?」

「すぐそこです」

緑山先生は、自分の後方を軽く手で示した。多分、そちらの出口なのだろう。

「あの、Gogleゴゴールマップ見ても全然どこか分からへんかったんですけど」

「もちろん、普通には存在しませんよ。こちらです」

開店前のカフェの横を通り過ぎ、出口らしい階段の方へと向かう緑山先生。

ついて行くと、ロッカーの前を通り、角を曲がってそのまま壁の前に立った。


「学園からお渡しした通行札はお持ちですね?」

「はい。鞄に入ってます」

制服などと一緒に、不思議な模様が描かれた木札が送られてきた。入学のときには、それを持ってくるようにと指示があったのだ。


「ではこちらです」

「えっ」

ポスターなどがあるのとは逆側にある壁。緑山先生と一緒に、角から一メートルほど通路を進んだあたりに立つと、壁のレンガの隙間から何やら白い煙のようなものが出てきた。



瞬きしたときには、広い坂道の途中に立っていた。


両側に満開の桜や緑が美しい紅葉が交互に並び、緩く登るカーブを描くのは土を固めた道で、道端にはタンポポやぺんぺん草が咲いていた。

後ろを振り向くと、二メートルほどの高さの石垣があった。

もう一度前を向いて坂を見上げると、コンクリートらしい建物の上部がちらりと見えていた。


学園の校舎は、山の中に突然出現した普通のコンクリートの建物だ。

十円玉の裏側のような、いかにもな和風建築ではないので拍子抜けしてしまった。


先生によると、五十年ほど前まではそういう校舎だったが、もっとしっかりしたコンクリートで建て替えたそうだ。

敷地も有効に使えるので、その方が便利らしい。

中・高・大学とそれぞれ敷地が隣り合っており、グラウンドも別々に取ってあった。


校舎からちょっとした小川を越えて五分ほど歩くと寮があった。

こちらも学校単位で大まかに分かれた寮は、木造四階建ての大きなアパートのようなものだ。

いくつも棟があるので、きっと授業が終わるとこのあたりは賑やかになるのだろう。


敷地内には、公園のようなスペースもあった。

ベンチがいくつもあり、今からの時期は気持ちがいいだろう。


部屋は一人一部屋、四畳半の和室だ。

トイレやお風呂は建物内で共用となり、掃除は弥魔術で行うが持ち回りだそうだ。

一棟で七十二部屋あるらしいので、大体二か月に一回担当になるくらいだろう。

掃除の方法は、また今度棟長(建物ごとにリーダーがいるらしい)に聞くことになった。

順番の入れ替えなどは、棟内で調整することができるという。


緑川先生とはそこで別れ、制服に着替えて持って来ていた朝食をとって休憩した。

少ししたら、寮の中がざわざわとにぎやかになった。

言われた時間になってから校舎へ向かったが、登校時間よりも少し遅いこともあり、ほかの生徒の姿は見えなかった。


まずは職員室へ行き、そこにいた校長先生と担任の先生にも挨拶した。

その場で、二年伍組に所属することになる、と教わって名札を受け取った。

西辻と名乗った担任の先生は妙齢の女性で、担当は英語だそうだ。


そしてそのまま、西辻先生に連れられて職員室から出て、校舎の前に停まっていた大型バスに乗り込まされた。

ほかの学生は全員半襟の色が緑色なので、紅雨以外は一年生らしい。


先生たちに見送られ、よく分からないまま紅雨はバスに揺られた。

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