どういう道を進んだのか、気づいたら田舎道を走っており、民家もちらほら見えた。
そうこうしているうちに大きな鳥居を通り過ぎ、なぜか山道に入っていた。
道中が一切わからなかったのが謎である。
そして停まったところは、木々に囲まれた何もない砂利の広場。
大型バスが三台停まってもまだまだ余裕がある広場の端には、小さな木造の小屋があった。
ばらばらと下りてきた生徒は、大体百人ほどだろうか。
生徒が全員バスから降りて集まったのを見て、引率の先生が声をかけた。
メガホンなどは使っていないのに、不思議とよく通る声はざわめきに負けずしっかりと聞こえた。
「このまま
先生がそう言い終わると同時に、一緒に来ていた一年生たちは我先にと山へ向かった。
具体的な説明は何も受けていなかったのに、紅雨にはなんとなく「大丈夫」という安心があった。
理由もなく他の人の気配がない方へと進み、どんどん奥へと登っていくうち、足が疲れてきてしまった。
太陽が真上に近いので、二時間近く登ってきたらしい。
お弁当は昼食と夕食の二つ用意されていて、鞄は意外と重い。
まずはどこかに座って昼食をとろうと考えた。
見回すと、少し先に丁度良さそうな石が見えたのでそちらへと足を進めると。
『イテッ』
不思議な感じの、空間に響くような低い声が聞こえた。
突然聞こえた謎の声に驚きすぎて言葉も出ない紅雨がきょろきょろしていると、頭の上の方からもう一度声が聞こえた。
『何すんねんこの小娘がっ』
顔を上げると、見えたのは瞳孔が縦に割れた赤い瞳。
「ぅわぁ、おっきい」
真っ黒な鱗の、漫画にでも出てきそうな大きさの蛇だった。
顎を外して口を開けたら、紅雨くらい余裕で一飲みできるだろう。
ぐっと持ち上がった頭はそれだけで二メートルは超えていそうで、身体は藪の向こうへと消えていた。
『お前、尻尾踏んだやろ!っつーか今も踏んどるやろ!!』
シャーッ!!と大きな口を開けて言われたので足元を見ると、確かに黒くて太い枝のようなものが靴の下にあった。
パッと足を上げると、艶やかな鱗の上に、見事な靴跡が付いていた。
登山道ではないが、土の道を歩いて登ってきたので、靴はかなり土だらけである。
尻尾というだけあって、顔から見えている胴体よりも細い。
「あらら」
紅雨は懐に入れていたハンカチを取り出し、靴跡を拭き取った。
「ごめんな。折れてない?大丈夫?」
『……』
「え?痛む?感覚ないくらいヤバい?うちソコソコ体重あるからなぁ」
紅雨は、自他ともに認めるぽっちゃりである。
おろおろしながら踏んでしまった部分を確認していると、巨大な黒蛇は突然爆笑した。
『ふ、は、はーぁっはっはっはっはっはっはっ!!ひぃーっはっはっ!!!いやいや、ないない、おもろいな自分、なんでやねんほんま。こんなでかい蛇の骨が、自分程度の体重で折れるかいな』
笑いに合わせて黒蛇がくねくねと動くと、周りの木々がざわめく。
その大きな笑い声に、近くにいたらしい鳥たちが一斉に飛び去った。
何がなにやらさっぱり分からないし、朝から怒涛の展開でもはや感覚がマヒしている紅雨は、黒蛇の笑いが収まってくるのを待ち、話が分かりそうな相手とみて愚痴ることにした。
「二年からの編入やし、入学式にも出てへんから、基本的な説明全部すっとんでるんやんか。ここで何かするっていうのは分かるけどさ、何するんか全然知らんねん」
『そうなんか』
「ほんで来るときに説明して欲しいって言うたら、それは行ってからのお楽しみやん、みたいな返事しかあらへんし、ここ着いたらもうさっさと行けって感じやねんで?」
『それは大変やな』
「しかも、今、四月やで?四月。三輪山ってことは奈良県なんやろけど、絶対まだ夜はめっちゃ冷えるやん。山の上やし。せやのに、寝袋すらないわけ?え?ガチのサバイバルやん。現代人やから火おこしもでけへんし、風邪ひくっつーの。下手したら凍死やん」
『まぁ、正確には三輪山とあっちと混ざってる場所やけどな。あと、死ぬとこまで行く前に、誰かセンセーが来るんちゃうん』
「あー、そんなこと言うてはった気がする」
混ざってる、の意味がよく分からないが、多分彼らの世界的なものか、魔法的な世界のどちらかが、人間世界と混ざるという意味だろう。
聞いたところで何も変わらないので、紅雨は聞き流した。
その様子を、黒蛇は面白そうに眺めていた。
黒蛇の身体を背もたれにして、切り株に座ってお昼のお弁当を広げてひたすらしゃべった。
一度、お弁当を分けようとしたのだが
『おおきになぁ。せやけど、
と断られた。
そのときに初めて、目の前の大蛇が『物の怪』といわれるものらしいと知ったくらい、紅雨には知識がなかった。
『それ、この近くの学園の制服やろ』
「うん」
『ほな、何とかなるんちゃうか?確かに自分から弥魔術の力は感じるし。ちょっとくらい自分の周りの空気を温められるやろ』
黒蛇は、尻尾の先をゆらゆらと動かした。
しかし紅雨はぱちくりと瞬きをして、ふるりと首を横に振った。