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05 不可思議を学ぶ場所 1

九時過ぎに、バスが寮の前に停まった。


「じゃあ、これでいったん解散!部屋に帰って、お風呂に入って休むこと。今日は、授業はないけど、昼休みの後、一時十五分!ちょうど五時間目の授業開始には各教室に座っとくこと!分かった?!教科書の受け渡しとか、選択授業の説明とか、あとホームルームで役員決めたりするから!いいね?!ほな、ほんまに解散!!」


バスの添乗員もしていた先生が、軽くざわつく車内に伝達した。

先生の合図とともに、みんな席を立ってぞろぞろとバスを降りていった。

紅雨が外に出ると、先生に呼び止められた。


「あ、星無さん。あなたは二年伍組やんね。高校の校舎は知ってるやんな?あっちの、飾りレンガが青い建物。あそこの、四階は一年、三階は二年、二回は三年の教室があるから。昼休みが終わる五分前くらいまでに、一階の職員室で担任の西辻先生探して。二年生も今日はまだちゃんとした授業はなしで、午前中に簡単な復習したら五時間目にホームルームで終わりやからね。明日から授業やから。ほな頑張ってね」


一年のどこかのクラスの担任らしい、若さのある男性教師は、軽く説明してから紅雨を解放してくれた。

この後の予定がちゃんとわかってありがたかった。

しかし、始業式がなかったのは不思議である。


『着いた?!ほな、アタシはちょっとお空の散歩いってくるわー!』

「えっ?ちょ、夜天?!」

『夕飯のころまでには帰るわー!』


夜天が飛び立つ勢いで左肩が押され、一歩後ろに下がって耐えながら呆然と見送ってしまった。

「え、契約?してたらずっと一緒ってわけでもないもんなん……?」


春らしい爽やかな青い空に向かって小さくなる黒い点を見上げながら、紅雨はぽろりと零した。

右腕に巻き付いていた黒朱がしゅるりと動き、ぐっと頭をもたげて紅雨の視界の右下に入り込んできた。


『一緒におるやつも、呼んだときだけくるやつもおるで。ワシはどっちかっていえばオモロそうやから紅雨と一緒におるつもりやけどな。どうしても来てほしかったら、適当に名前呼んだら飛んでくるわ』

「ふーん。そういうもんなんや」


紅雨が思っているよりも物の怪の在り方は自由らしく、契約によって物の怪を縛り付けるようなものではなかったようだ。見回りみたいなものだろう、と納得した紅雨は、荷物を置いただけの自室へと帰った。


お風呂はいつでも入れるようにしてあったらしく、黒朱を部屋に置いて入浴することにした。

身体を洗ったら、どこかに引っかかっていたらしい細い葉っぱが流れ落ちていった。


洗い場は十六人分あり、湯船もたっぷりとした広さだ。

一応昨日は寝られたが、やはり身体は休まっていなかったのだろう。

お湯に浸かってほっとしたら眠気がきたので、早々に上がって一休みすることにした。


二時間ほど眠って黒朱に起こしてもらい、洗い替えの制服に着替えて校舎へ向かった。

洗濯に関しては、洗濯機があるので自由に使えるそうだ。

まだ夜天は帰って来なかったので、右腕に黒朱を巻き付けただけで初登校である。


少し歩くとはいえ、同じ敷地内なので不思議な感じがした。



「失礼しまーす。西辻先生いらっしゃいますか」

「あ!星無さん?こっちこっち」


職員室に入って声をかけると、昨日ぶりの西辻先生が手を上げて呼んだ。

何も言わずにバスに乗せてくれた先生である。


そちらに歩いて席の斜め後ろに立つと、昼食を食べ終わったところらしい先生は椅子をくるりと回して食器の乗ったお盆を持った。


「バタバタしてごめんね。改めて、私が担任の西辻です。ちょっと待ってて。壁の方にベンチあるから、座って。食器返したら、渡すものあるし」

「はい」

西辻先生はそのままお盆を持って立ち上がった。


暇になったので周りを見てみると、先生方は職員室で昼食を摂ることが多いようだ。

職員室の廊下と逆の壁側、腰丈のあたりから作られた開口部があり、そこが給食室とつながっているのが見えた。

面白いつくりである。


「はい、お待たせ。これ、ちょっと重いけど教科書ね。ノート類とか筆記用具なんかは、足りへんかったら購買部に売ってるから。購買部は、職員室のあっち側にあるで。授業が始まる前から終わって一時間くらいは開いてるかな」

「ありがとうございます」


渡されたのは、新しい教科書が大量に詰め込まれた紙袋だった。

クラスメイト達は、昨日のうちに受け取っているらしい。


「昨日始業式やってんけどね。年始の始業式は、一年生は物の怪の契約しに行く日やから出ぇへんの。入学式は一昨日あったんよ。ただ、星無さんは編入やからねぇ。ほんま珍しい」

どうやら、昨日のうちに始業式が行われていたらしい。

こちらに着いてすぐバスに乗ったので知らなかった。


「高校の途中から編入ってやっぱり少ないんですか?」

「ほとんどないなぁ。私は三十年くらい教師してて、ここで二校目やけど、いままでに星無さんが二人目ちゃうかな」

「そうなんですね」


そこで、西辻先生は紅雨の右腕に目をやった。

「黒の物の怪をしょっぱなから使役する子もなかなかおらへんけどね。蛇も珍しいか」

『黒はともかく、蛇をわざわざ選ぶやつは珍しいかもしらんな』

「あ、これは黒朱です」


紅雨が紹介すると、西辻先生は面白そうにふたりを見比べた。

「はい、よろしくね。しっかし、言語がスムーズ。これはなかなか高位の物の怪と契約してきたねぇ」

「物の怪にも序列によって差みたいなんがあるんですか?」


「あるよ。くらいが低いと、意志疎通が普通の動物のペット並みやったりするから。高位になるほど、言葉が達者やわ」

「へぇー。そう考えると、黒朱は高位なんですね」

『せやで!』

ふふん、と胸?のあたりをそらして頭をもたげる黒朱は、ミニチュアで可愛らしかった。


西辻先生もそれを見て目を細めた。

「そうそう。あと、最高位に近いと、テレパシーみたいな、念話みたいなこともできるって聞いたことあるな。私のパートナーは青と灰色の猫やけど、小学生みたいなしゃべり方やで。思考は違うらしいけど」


「猫さん。今はいてないんですか?」

「うちの子は自由やからなぁ。呼んだら来るけど、普段は塀の上とかで日向ぼっこしたり敷地内を見回りしたりしてるわ」

「猫っぽいですね」

「動物の形を取ってるから、そのもとになった動物の本質みたいなものが共通らしいんよ。たまぁに変わり種はおるらしいけど」

「そうなんですか」


そんな雑談をしているうちに、昼休みが終わりに近づいて来た。

「ほな、そろそろ移動しよか。二年伍組は、ここからやとちょっと遠いから」

「はい」


職員室を出てすぐにあった階段を三階まで上り、そこから五つ目の教室が伍組だった。

ざわつく教室の扉をがらりと開き、西辻先生は紅雨を促して一緒に教室へ入った。

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