夜も更ける中、楽しくしゃべっていたのだが、紅雨の頭がかくん、と下がり、そのままずるずると黒朱の腹をすべって尻尾を枕にしてしまった。
そして、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
黒朱は紅雨を起こさないようそっと動き、その大きな身体でそっと包み込んで支えた。
『ワシらも休むか』
『そうやね。……しっかし、おもろい子やな』
『せやねん。思わず契約してもうたわ』
『分かる。普通あんたを見たら、びっくりして逃げるか叫ぶか、嫌がるかするもんねぇ』
『どーせ蛇は嫌われもんや』
『そうやなぁ。烏もあんまりええ顔されへんこと多いねんけどな。蛇よりはまだかわいげあるし需要あるかなぁ』
『でも、今まで契約せえへんかったんは自分の意志やで?選ばれへんかったんちゃうで!?誇り高い蛇としてやなぁ』
『はいはい』
静かに、しかし賑やかに。
そんな空気の中、紅雨は安心しきって爆睡したのだった。
眩しいと感じて起きると、腕時計はちょうど朝の六時を指していた。
なんとなく温かい、と周りを見ると黒い鱗に囲まれていた。
身体はどこも地面には触れておらず、黒朱が布団代わりになってくれていた。
術が施されている上着もいい仕事をしたようだ。
「んんーっ!」
ぎゅうっと両手を上げて背中を伸ばすと、さすがに姿勢が悪かったのかバキバキと背中の骨が鳴った。
『お、起きたか。おはようさん』
「おはよ、黒朱。夜天もおはよう」
『おーはよ……』
黒朱は起きていたようだが、夜天はまだきちんと目が開いていない。
頭をフラフラさせている夜天は、黒朱の上でまるで烏のロボットのような動きをしていた。
「黒朱、ありがとう。ぬくかったわ」
『蛇を布団にするとか、図太いなぁ』
「いやぁええ布団やったわ」
そう言いながら、紅雨は立ち上がって制服の汚れを掃った。
ずるり、と動いた黒朱から落っこちたことで、やっと夜天の目が覚めたようだった。
『いたぁ。紅さんおはよ』
「おはよう。……あれ、夜天って目が青いんやね。なんか、色が濃いからアウイナイトみたい」
『せやで。ええ青やろ?アタシも気に入ってるねん。てか、アウイナイトって何?』
「夜天の目の色みたいな宝石や。めっちゃキレイやで」
『へぇー。見てみたいなぁ』
「うちのお母さんが宝石好きやねん。今度実家帰ったら見せてもらおか」
『それええなぁ。楽しみやわ』
夜天と話しながら、手荷物を確認した。
忘れ物もなさそうなので、紅雨は集合場所へ向かうために一歩踏み出した。
『あ、紅雨、ちょい待ち』
すぐ黒朱から呼び止められたので、紅雨は立ち止まって後ろを見た。
すると、頭の位置が徐々に下がっていって、黒朱が草むらの向こうに入ってしまった。
「え?黒朱?」
『ほいほい』
黒朱が見えなくなった草むらの下から、五十センチほどの黒い蛇が這い出てきた。目の色は赤で、黒朱と同じ色味である。その大きさなのに、声は変わらない。
「え?黒朱?ちっちゃくなれるん?」
『せや。元の大きさやとさすがにみんなびびらしてまうし、バスとか乗られへんし、省エネやし、今から山降りるの大変やからな』
「確かに。……うわ、ちび黒朱めっちゃ手触り良い。すべすべ!でもモチモチ!硬めのスクイーズみたいやわぁ。これ止まらへんわぁ」
するり、と撫でてみると、ちび黒朱は非常に滑らかで触り心地が良かった。
そっと押してみると弾力があり、きゅうっと握るともう堪らない。
『うぉっ?!やめぃ!ワシは玩具ちゃうで!!紅雨程度の力で握ったところで潰れはせんけどな!?』
そう叫びながら、黒朱はするりと紅雨の手の中から逃げ、素早く服の上から右腕に巻き付いてしまった。
「えー、もう終わり?ケチやなぁ」
『セクハラ!紅雨かて、唐突に二の腕握ったり揉まれたりしたら嫌やろが』
「それはあかんやつ」
『せや!今のはワシに対するセクハラや!!』
「なるほど……それはごめん」
『もうせんとってや』
「わかった。触りたくなったら言うてから触る」
ぷんすこと怒りつつ、黒朱は約束を取り付けて許す気になってくれたらしい。
『紅さん紅さん、アタシの羽もいい具合やで!毎日水浴びしてるしツヤッツヤや!』
ばさばさ、と飛んできた夜天は、紅雨の左肩を陣取った。鳩くらいの大きさだが、あまり重さを感じない。
「へぇ、どれどれ……ほぁあ、ふわつる!撫でたらめっちゃ気持ちいやつやこれ!」
右手でそっと撫でると、艶やかな黒い羽は非常に触り心地がいい。
『せやろ、せやろ。撫でるだけやったらいつでも触ってええで』
「ほんま?!ありがとう夜天。これは癒されるわぁ」
『自慢の羽やからな』
右腕に黒朱を巻き付け、左肩に夜天を乗せた紅雨は、腕時計を確認した。
「ほんで、二人とも降りひんの?」
『めんどくさいから運んでくれへんか』
『アタシも、この方が楽やわぁ』
「はいはい」
紅雨は、足元に気をつけながら山の中を下りていった。
途中、方向が分からなくなったときには黒朱と夜天が二人して方向を教えてくれた。
「何でわかるん?うち全然覚えてへんのに」
『え?だって紅さん、あっちの方に術力めっちゃ集まってるやん』
夜天は、その方向に軽く嘴を向けた。
しかし紅雨は首をかしげた。
「いや、それ分からへんし」
『分からへんかぁ』
『紅雨はこんだけ術力持ってるのに、おもろいなぁほんま』
「ばかにしてるんやったら揉むで」
『ごめんなさい』
楽しく会話しながら集合場所に着いた頃には、生徒は思い思いの場所に座ったりしゃべったりしながらバスを待っていた。
人数を見るに、もうほとんど集まっているのではないだろうか。
「すみませーん」
小走りに寄っていけば、教師は紅雨を認めて笑顔を見せた。
「集合時間には間に合ってるから大丈夫やで。はい、これは朝ごはんな。全員帰ってきたらまた集合やから」
「はーい」
朝食のサンドイッチとお茶を受け取り、紅雨は少し離れた場所の木の根に座った。
周りを見れば、どの生徒も茶色、黄色、緑、白など、様々な色の多種多様な動物を連れていた。
大きさは、大型犬くらいが一番大きいだろうか。
黒朱のように小さくなれるタイプかもしれないので分からなかったが、全身真っ黒の物の怪は黒朱と夜天のほかにはおらず、尻尾の先が黒い赤色の猫や、頭の先だけが黒の青い文鳥などがいた。
なんにせよ、どの物の怪もかなりカラフルだ。
どうやっても普通の動物に混ざれる色味ではないと思っていたら、普段は術を使ってコントラストを落として誤魔化しているそうだ。
それなら、遠目に見る分には問題なさそうだ。
全員戻ってきたところで朝食を配り終わり、七時半くらいから順番に呼ばれていった。
呼ばれた生徒から簡易机で書類を書く先生の前へ行き、どうやら契約した物の怪を紹介しているようだった。
紅雨は一人だけ二年生だったので、ほかの全員が終わってから先生に呼ばれた。
「それじゃあ、物の怪とその名前を紹介してちょうだい。名前はこっちに書いてな。魔術省に契約登録してもらうから」
「わかりました。こっちに巻き付いてるのが蛇の黒朱で、ここに乗ってるのが烏の夜天です」
「ん?えっ、最初からふたり?」
先生は、紅雨の言葉を聞いて驚いた。
驚きの声が聞こえたのか、バスに乗っている生徒たちがこちらを見て、物の怪をふたり連れている紅雨のことを見てざわりとしていた。
先生によると、いないこともないが最初から複数の物の怪と契約することはほとんどないらしい。
複数と契約すること自体はできるが、その都度魔術省に申請し、理由を審査されて許可が出たら筆記試験があり、試験に合格したら魔術省が許可を出している場所、この辺なら三輪山で契約してくれる物の怪を探すそうだ。
三輪山は弥魔術師と物の怪の出会いカフェだった。
使える術の得意不得意は物の怪によって違うので、複数契約することはやはり色々と有利なようだ。
バスに乗ってからじっと窓の外を見ていたが、ふと気づくと一般道に出ていて、またふと気づくと学校の敷地内を走っていた。
どこかに転移のポイントか何かがあるのだろうが、紅雨にはさっぱりわからなかった。