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04 不可思議と名の契約 2

夜も更けて、満月が木々の間から見えるようになった時間。


「しっかし、物の怪も生徒も誰もこぉへんなぁ」

『けーへんなぁ』

言葉とは裏腹に、軽い調子で紅雨が言うと、黒蛇も軽く答えた。


「使役でけへんかったらどうしよ。パートナー無しとかありえるん?」

『大丈夫やって。大概はなんとかなるらしいから。今日はわかってて来とる物の怪も多いからなぁ。一年生でもほとんど弥魔術は使えるんやろうから、気配でそっちの方行ってるんやろな』


「あー、術とかそれうちまだよく分からへん。この辺に物の怪は全然いてへんの?」

『おらんで。全員、このへん避けてるからな』

「え?なんで避けてるん?」


『ワシがおるからやな。自分より強い、使役されてへん自由な物の怪の魔力はちょっと負担になるらしいから』

「まさかの!ちょ、ほかの物の怪に会われへんのんクロのせいやん」

紅雨は、思わず背もたれにしている黒蛇の胴体をぺしっと叩いた。


『え?そうなんか?……そうなんか。あ、えっと、すまん』

黒蛇は、ぺこりと頭を下げた。

月明りに、赤い目が綺麗に光る。


大きいのに動きは素早くてコミカルだ。


「ぐぬぬ……何とかなるってなんで?うちとか、冷やかしのクロ以外ぜんっぜん会えへんやん」

『ごくたまーに、朝になっても相性のええ物の怪と会われへんかったり、納得でけへんくて名前を呼ばんかったりしたら、学校の方で相性の良さそうな物の怪連れてきてお見合いするらしいで。ワシは誰とも契約したことないから詳しくは知らんけど』


「マジかー。それ、あれやん、お友達でけへん子に無理やりお友達作る的な」

『それかもしらん』

「みんなの前で?うわ、みじめすぎる!勘弁してほしい……しかもほとんどないってことは、晒しものやん。ないわー」

ただでさえ二年生ということで浮いているのに、さらにそんな変なことで目立ちたくはない。


『まぁ、あとはあれやな、ある程度相性が良い相手のうち、ワシみたいな話の分かるヤツがしゃーないなー、言うて契約すんねん。人間の寿命は、魔術使うやつらでも寿命はせいぜい百五十年やからな。物の怪にとっては生の十分の一にもならん』

日本人の寿命は80歳を超える程度だったと思うのだが。

もしかしたら、紅雨も謎に長い気なのかもしれない。


「え?物の怪って生死の概念あるん?」

良いお化け的なイメージだったのだが、生死があるようだ。

『まぁ、多分人間のイメージするやつとはちょっと違うけどな。魔力の中から生まれて、魔力に返るねん。せやから、ワシも昔の物の怪の欠片がいくつも集まって生まれた感じやな』


「親がおって子どもがってわけちゃうんや。ヤマタノオロチとか、そういうのも元になってるかもしらんってこと?」

『せやな』

「ほな、子ども生んだり育てたりせえへんの?」

『生みはせんな。育てることはあるで。魔力から生まれたばっかりやとさすがに子どもやからな』

「不思議生物やな」

『生物と定義していいんかどうかは、いまだに業界で意見が分かれとるところや』

「やっぱり。てかどこ業界」



しばらくしゃべりつつ、黒蛇にもたれつつ思考がゆっくりになってきた紅雨は、本格的に黒蛇を枕にして寝てしまおうかと身じろぎした。


じっと紅雨を見ていた黒蛇は、まるで人間のように長くため息をついた。

『はぁあ。おい、紅雨』

「んぅー?どったの?」


紅雨は、目を閉じたまま頭を声の聞こえた方へころんと動かした。

『ワシは黒朱こくしゅや』

「へぇー、こくしゅ……」

名前を繰り返した途端、なんとなく黒蛇がさっきよりも温かく感じられた。


『黒と朱って意味やな』

「綺麗な目やもんな。てか見たまんまとか名付け親の顔が見てみたい……え?ええん?」

眠くて止まりかけていた思考が、一気に覚醒し、紅雨は目を開けた。

赤い目が、紅雨を楽しそうに見下ろしている。


『紅雨とおったらおもろそうやしな。何より、ワシを怖がらんし』

「うーん、蛇が得意ってわけでもないんやけど……クロは怖くないねん」

『いや呼び名』

紅雨は、ふふふ、と笑った。


「こくしゅって言いにくい……ってか、人前で名前呼んでええの?魔力を使って名前を呼んだら契約上書き、とかないん?」

『そうは問屋が卸さへんで。契約してへんときやったら呼んだもん勝ち、契約したらほかの奴が呼んでも何も意味がないようになるんや。紅雨が死ぬまで使役されたる。まぁ、ワシにも意志があるから、なんでもかんでも言うこと聞いたりはせえへんけどな』

言いながら、黒朱はうんうんとうなずいていた。


「結構良心的な契約」

『せやな』

「あー……ありがとう!クロ、これからよろしく」

紅雨は黒朱を見上げて笑顔になった。

晒しものにならずにほっとしたことに加えて、なんとなく黒朱となら仲良くやっていけそうだという根拠のない予感があった。


『せやから呼び名!』

「舌噛みそうやねんもん」

『ヒトの名前にケチつけんなよ。大体、名付け親はワシやぞ。自分で決めてんぞ。黒朱ってかっこいいやんけ』

黒朱は、胸を張るようにしながらそう言った。


「言いにくいねんって。か行続いたあとにさ行やと口がしんどい。その点、クロやったら全然しんどくない」

『クロちゃうわっ』

「ええやん、あだ名やわあだ名。愛があるで」

『言いにくくないって』

「言いにくいって。ほなあれや、クーちゃん」

『悪化しとる!犬ちゃうわ!ちゃんつけりゃーええってもんちゃうで』


じゃれ合うように話していると、黒朱の渋低い声とは全然違う、可愛らしい声が上から降ってきた。


『でっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!へぶっ!!』


その声に反して、笑い声はなんとも面白いものだった。

そして物理的にも落ちてきた。

文字通り、木の上から地面へ、ぼとりと。


「うわっ?!」

驚いて黒朱にしがみついた紅雨の前には、通常よりも一回り小さく見えるカラスが一羽。


べちゃっと落ちたものの、まだ笑いが収まらないようで、ジタバタしてなかなか立つことも飛ぶこともできず。

うごうごと、月明かりのみの薄暗い中で黒いものが元気にもがいていた。


「ぷっ、っくっく、ふふふ、ふぅっ!」

紅雨は笑いをこらえきれなくなった。

黒朱も、紅雨につられてしまったようだ。


『でゃーっはっはっはっはっは!!なんやあれ、鳥が地面で溺れとるぞ!』

『あ、あんたらが、おか、おかしすぎ、るんやろっ!?はっはははは!!なんで、人間と、も、物の怪で、漫才してるんよっ!!っあーはっはっは!おかし!』

烏は、羽で地面をバシバシと打ち付けて笑い転げていた。


『お前も相当やぞ。身体張ったボケとはさすがやのー、夜天やてん

「やてん?」

『そーそー、アタシの名前。色に合っててええやろ?』


その瞬間、紅雨は何となく夜天との間につながりを感じた。


『『「……」』』

その場に、沈黙が落ちた。


『おいコラ黒朱!?何勝手にヒトの名前バラしとんねんボケェ!!!耄碌しとんか?!こんのくそじじぃめがっ!!』

夜天と呼ばれた烏は、黒朱の頭の方へと飛び上がって嘴であちこちつつこうとした。

黒朱はというと、大きな身体を素早く動かして器用にその攻撃を避けていた。


『落ちてきた方が悪いわ』

「え?もしかして、さっきのん有効なん?」

黒朱が言った言葉を、名前と認識すらせずにただ復唱しただけなのだが。


『せやで。夜天も受け入れたしな。えーやんえーやん。羨ましそうにのぞき見しとったんやしな。ワシらの仲間に入れたろうやないか』

『ちょっとー!アタシはまだ若いし、使役は様子見で気楽に過ごすつもりやったのに!!』

憤慨するカラスを見て、さすがに紅雨は申し訳なく思った。

完全にだまし討ちだ。


「ごめんな。契約ってとりやめでけへんの?」

『無理やわ』

夜天は、黒朱に攻撃を避けられ続けて諦めたらしく、ヘロヘロと紅雨の目の前の地面へ降りてきた。


『まぁええわ。姐さんたち面白いし。なんか面白くなりそうやし』

『お、占いか?』

『そこまでちゃんとしたもんちゃう。ちょっとした予感、程度のもんや。姐さん、名前は何てゆうん?』

どうやら、夜天は占いができるらしい。


「あぁ、うちは星無紅雨つきよ べにお。紅雨でええよ」

『紅さんね。ほな、よろしゅう』

「うん、よろしく」


『黒朱もついでに頼むわ』

『ワシが第一使役やからな』

『分かっとるわ。アタシは第二な。ちょっと気楽やからちょうどええわ』

何やらそういう序列があるらしい。


ぱたぱた、と軽く羽ばたいた夜天は、紅雨の肩にふわりと乗った。

「夜天って、女の子?」

『んー、一応それっぽい自覚はしてるけど、物の怪って性別あらへんからなぁ』

「そういうもんなんや。黒朱は男っぽいけど」

夜天もさっき、くそじじいと呼んでいたので多分そうだろう。


『ワシも男のつもりでおるけどな。繁殖せえへんから、男女の別とかあんまり意味ないわ』

『“物の怪”っていうもんやからな』

なるほど、と紅雨はうなずいた。

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