次の日から、紅雨は弥魔術の練習本を読んでは次々と実践していった。
ほかの場所よりも人が来ないので、失敗する可能性を考えて屋上を選んだ。
涼介たちのたまり場でもあるらしく、そういった意味でもほかの人が来にくいのかもしれない。
とはいえ、涼介たちも毎日来るわけではなかった。
放課後に屋上で練習するときには、黒朱は左腕に巻き付いて助言をくれる。
夜天はたまにやってきては楽しそうに見ていることもある。
この日も、夜天が来ていたので話しながら練習していた。
『え?ほんなら、紅さんの解放はその男に
夜天には解放できたときのことを詳しく伝えていなかったので、改めてその経緯を話した感想がこれである。
心なしかその青い目が煌めいたように見えた。
「そうなんよ。不良グループっぽい子やけど、普通にいい子やったわ」
『子!え、じゃあ一年ってこと?』
「うん、一年の男の子たち。出身地が関東方面同士で集まったみたいやわ」
紅雨はうなずきながら教本を見た。
『年下!そらまた優秀な男やねぇ。他人の解放を手伝えるって、よっぽど技術が熟練してやんと難しいって聞いたことあるで』
『あぁ、それもあるなぁ』
「そうなん?実技はめっちゃ得意って聞いたけど、ほんまにすごいんや」
そう言いながら、紅雨は広げた扇をゆるりと回転させた。
すると、扇のあたりから桜の花びらがひらひらと零れ落ちた。
これで、どうにか中学一年生の一学期の実技は終わりである。
「いったん終わり!子ども向けから中学の一学期分まで、一人でやって一か月半で終わってたら優秀ちゃう?!」
『まぁ、半月は解放で四苦八苦しとったから、正味一か月やな』
『偉い偉い。ほな、今日は終わり?』
紅雨が肯定すると、夜天は散歩してくる、といって飛んでいった。
いつもならもう少し練習するのだが、一区切りついたのでそういう気分でもない。
紅雨は、ふと思いついて図書館へ行くことにした。
黒朱は左腕に巻き付いたままである。
『何探すん?司書に聞いたら多分早いで』
「んー、ちょっと術力と扇の開き方の関係が気になっとって。あとは、テスト対策」
『ほな、それ司書さんに言い。テスト対策って、テストなんかあるんか?』
紅雨は、図書館へと歩きながらうなずいた。
「そうやで。来週一学期の中間テストや。学科はともかく、弥魔術はまだまだ追いつかれへんから、図書館で去年のテストとか見ようと思って」
『へぇ、そんなんあるんや』
「うん。うちは全然知らんから、せめて過去問で勉強しとかんと。先生が図書館にあるって教えてくれてん。さすがに、赤点は嫌やから」
『あぁ、そういや高校っちゅうたら毎回合格点みたいなやつあるんやったな。そらやっとかなあかんわ。まぁ先取りや思て覚えたらええんちゃう?』
「覚えられるとこはそうするわ。って、図書館めっちゃ大きいなぁ」
高校の校舎から歩いて数分。
大学の校舎との間に建っている図書館は、高校の校舎と同じくらいの大きさだった。
『せやろ。ここの図書館は弥魔国でもちょっと有名やで。弥魔術の本やったらほぼ全部揃とるっちゅうてな。その分、蔵書量が多すぎて探されへんって』
「え、探されへんとこまで含めて有名なん?」
『せやで。地下にもかなりの閉架図書があるんやって。あと毎年迷子も出るらしい。紅雨は時間を無駄にせんよう、すぐ司書さんに聞き』
紅雨は迷子になりやすいという自覚がある。
非情にためになる助言だ。
「そうするわ」
両開きの自動ドアから中に入ると、目の前に受付と貸し出し窓口があった。
「あの、すみません。本を探したいんですが」
「はい、高校二年の方ですね。どういった本をお探しですか?」
「えっと、扇を使った術力の解放についての解説が書かれた本があったら読みたいのと、高校二年の一学期中間テストの過去問題集を」
「はい、少々お待ちください」
受付のお姉さんが着ている制服は、高校のものよりはもう少し正式な袴のようだった。
色味は全体的にこげ茶色と落ち着いているが、きちんと袴の下で帯を巻いている。
「お待たせしました。術力の解放に関する書籍は、こちらの案内用紙に従って進んでください。過去問は、学科のものはありませんが大丈夫ですか?はい、では弥魔術の過去問はこちらでございます」
そう言ったお姉さんは、カウンターの下からホッチキス留めされた紙を数束取り出し、紅雨に差し出した。
どうやら、学科の問題はさすがに配布されていないらしい。
「ありがとうございます」
「いいえ。あ、名札をお借りできますか?問題集のお渡しや、ほんの貸し出しの手続きには名札を使用しますので」
どうやら、名札は図書カードでもあるらしい。
安全ピンをパチンと外せばすぐに渡すことができる。
手渡すと、お姉さんは手元の機械で何やら操作し、すぐに名札を返してくれた。
自動ドアといい、何もかも弥魔術を使うというわけではないらしい。
「ありがとうございます。こちら、お返ししますね。本を借りられる場合には、こちらにお持ちいただければ手続きいたします。その場でお読みになった場合、返す場所がわからなければところどころに置いてある返却ボックスに入れてください」
返された名札を受け取った紅雨は、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。あ、契約してる物の怪はそのまま一緒で大丈夫ですか?」
「もちろんです。ただ、図書館内は本の保護のために弥魔術の使用を制限しておりますので、そのあたりはご留意ください」
「わかりました。じゃあ、探しに行ってきます」
「いってらっしゃいませ。わからない場合は、近くにいる司書に聞いてください」
「はい、ありがとうございます」
案内用紙には図書館の図面が描いてあった。
全体で四階まであり、一階が高校までの学科と一般の娯楽本、二階が大学の学科の本、三階が高校までの弥魔術関連の本、四階が大学を含む専門的な弥魔術関係の本らしかった。
用紙を見ると、該当の図書が三階と四階にそれぞれあるらしいことがわかる。
少し考えた紅雨は、まず四階へ向かうことにした。
階段で四階まで上がると、窓から見える景色が少し変わった。高校や大学の校舎の向こうにまだ少し校舎らしいものや寮の建物があり、その向こうには山が連なって見えた。どうやら弥魔拾学園は山の中にあるらしいが、実際にはここはいったいどこなのだろうか。
「なぁなぁ黒朱」
『なんや?』
「ここっていったいどこなんやろか」
『は?弥魔拾学園やろ』
「そうじゃなくて、んーと、住所的などこ?なに県?むしろ日本?」
『あぁ。えぇ?今頃かいな』
「しゃあないやん、全然気にしたことなかったんやもん。ってか、色々不思議すぎて場所のことなんか疑問に思うことすらでけへんかった感じかも」
建物の向こうに広がる山の感じから、日本ではあると思う。
『あぁまぁ、当たり前のことはわざわざ説明せえへんもんな。ここは、奈良県や。弥魔術で衛星とかからは撮られへんようにしてあるけど、奈良の山奥やな。場所的には三輪さんから南東の方やが、村も道もなーんもない、ただの山や』
そういえば、初めて学園に来たときには坂を登ったし、寮から校舎への道も割と坂になっている。
グラウンドだけは平らになっているが、それ以外はどの道も坂だ。
「へぇ。登山に来る人とかおらんの?」
『一般人は来られへんようになっとる。そういうのは弥魔術が得意なんや。なんせ、弥魔国の本島を丸ごと隠しとるくらいやからな』
「弥魔術師も、普通に登山しても来られへんのん?」
『それも弾いとるやろ。許可がないと入られへんはずや。なんぼゆうてもここは学校やからな、部外者お断りや。物の怪は別やと思うけど。あ、そこ右や』
黒朱は、紅雨と一緒に案内用紙を見ながらしゃべっていた。
紅雨は左に曲がろうとしていたので、なんなら黒朱の方が地図をきちんと読めるのかもしれない。