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08 不可思議の図書館にて 2

「こっち……で右か」

『左や』

紅雨は断じて方向音痴ではない。

Gogolマップ(ゴゴールマップ。世界的に使われている地図アプリ)のように、自分の進行方向に自動的に向いてくれないのが悪いのだ。


そうして黒朱に案内されながら到着したのは、「術力」という札がつけられた棚だった。


「あったわ。黒朱、ありがとう。って、え?多い多い。こんなん探せるかなぁ」

天井までの高さは三メートルを超えているだろう。

その天井まで到達する本棚だ。

そして、一つの本棚の幅は五メートル以上ありそうに見える。

それが三つ分、もちろん本は棚の裏表に整然と並べられている。


『その用紙もう一回見てみ。真ん中の棚に印ついとるやろ』

「え?あ、ほんまや」

『そのへんっちゅうことやろ』

「あ、っぽい!うわ親切ぅ。めっちゃ助かる」


地図にはもう少し細かく位置が描かれていたのだ。

その地図どおりの場所に立つと、目の前にはそれらしいタイトルの本がいくつも見られた。


「“親の準備!~子どもの術力暴発の前に~”、“術力解放が遅くても大丈夫”、“親のための術力解放記録”……なぁ黒朱、うち子育てはまだ早すぎるんやけど」

『ぶっ!はははは!いやまぁ、普通は幼児のころに解放されるから、どっちかっていえば親向けの本ばっかりになるわな。お、あの上の方のやつとかどや?』


「ん?どれやろ。あ、上から二段目のやつとか?」

『せや。ほら、“術力解放補助解説”とか“術力を解放させるために”とか』

「あれっぽいね。どうやって……あ、あの梯子か」


棚の上の方にレールが取り付けられており、そこにタイヤ付きの梯子がひっかけられていた。

横に移動できるので、それを上って上段の本を取るようだ。

これはちょっと楽しい。


「よいしょ……っと、これとこれ、あ、これも借りよ」

『あんまり大量に持ったら危ないで』

「うん、とりあえず三冊にしとくわ」


片手で手すりを持ったままゆっくり降りて、壁際の方へ移動するとテーブルと椅子のセットを陣取った。

この図書館には、壁際に点々と勉強スペースが複数用意されていた。

席数がそんなに多くないのは、図書館の一階に自習室が用意されているからだろう。


紅雨が席に座ると、黒朱もテーブルの上にしゅるりと移動した。


授業中などはさすがに腕では邪魔だろうと、黒朱はテーブルの上で教科書や黒板を見ているのだ。

授業など面白いのかと不思議に思ったが、どうやら黒朱は楽しんでいるらしい。

長生きになると、知識が娯楽になるようだ。


今回も読みたいだろうと、黒朱にも見えるように本を広げ、まずは目次を確認した。

それらしいタイトルの目次を見ては中を確認し、結局『術力解放補助解説』という硬い題名の本を読むことにした。

ほかの本にもそれらしいことは載っていたのだが、一番詳しく書かれていそうなのがこの本だった。


この本によると、術力の解放を手伝える人は、親など直接の血縁関係にあることが多いらしい。

術力にも遺伝子のような個人差があって、それが似ている人の方が成功しやすいという。

そのため、術力が暴発しそうな兆候が見られる子どもがいる場合は、親やおじ・おば、兄姉、祖父母などが対応する。


それ以外では、きちんと信頼関係を築いている養父母でも大丈夫だという例がある。

また、全くの他人でも、心の相性や体の相性が良ければ成功することがあると書かれていた。

ある程度年齢の高い子どもの場合、近しい友人や恋人が解放できた例があるそうだ。


『ふぅん。あいつ、親戚の可能性あるか?』

「えー。ないかな。数千年さかのぼったらありえる」

『それどの日本人でも同じレベルのやつ』


「日下さんとか、親戚で聞いたことないもん。あとはー、近しい友人系?でも会ったとこやのに信頼も何もあるんかなぁ。んじゃあ、体の相性がいいってこと?」

『そうやな。心はまぁ性格とか信念とかがかみ合う可能性があるな。あとは、体やから遺伝子とかか?一概には言われへんやろうから、多分やけど』


(体の相性ってなにそれエロい)


この情報と自分の感想まで教えたら、きっと涼介は照れて暴言を吐くだろうと予想できて、紅雨は思わず頬を緩めた。


本によれば、術力の解放は魂と術力のつながりを作る作業らしい。

蓋を開けるというよりは、魂と術力の間にある膜のようなものに穴を開けてつなげ、魂を通して術力を取り出し、弥魔術に変換して使うと解説されていた。


魂は、自分たちが生きている三次元空間に隣接した別次元にあり、その魂からさらに隣接したところに術力が存在すると考えられている。

いわば、魂は3.1次元に、術力は3.2次元にあるというイメージなんだとか。


三次元はわかるが、小数点を使われると意味が分からない。

とりあえず、カーテン一枚向こうにある感じの、つながった異次元だと無理やり納得することにした。


一度穴を開けるとつながったままになり、取り出すことで弥魔術を使える。

幼い子どもや解放直前の状態、非常に術力が多いなど、場合によっては術力が漏れ出てくることもあるらしいが、基本的には少ない。

常時大量に漏れてしまう場合は、専門の病院で治療が必要になるらしい。


紅雨の術力が漏れていたのは、かなり術力が多いからだろうと黒朱に言われた。

解放できた現状では、むしろ漏れなくなっているらしい。

残念ながら、まだ紅雨はうまく術力を感じ取れないので伝聞だ。


気になるところを一通り読んだ紅雨は、ぱたんと本を閉じた。

『もうええのんか?』

「うん。大体わかった。理論はよくわからへんけど何となくわかった感じがする」


『それはわかったんか?まぁええわ。せやったら、本戻して帰るか?』

「ううん。せっかくやし、ここで過去問ちょっとやっていく」

本を閉じた紅雨は、ホッチキス止めされた紙を机の真ん中に置いた。


『あいよ。ほな、その本ワシが返してくるわ』

「え、いける?結構重いけど」

『紅雨、ワシは物の怪やで?術くらいちょちょいのちょいやがな』


そう言った黒朱は、体をくねらせて本を背中のあたりに重ねて乗せ、そのまま特に押さえもせずに机を下り、本棚を上っていった。

背中にくっついた本は落ちる気配すらない。

どういう術なのかはわからないが、黒朱の背中にくっつけて移動できるらしい。

図書館の中では術が制限されていると聞いたが、こういう術なら使えるようだ。


ぽかんと見ていると、黒朱は尻尾も使って器用にひょいひょいと本を戻した。

「すご。てか、さっきも黒朱に取ってきてもらったらよかったんちゃうん」

『お、せやな。そういうヒトが難しいことを物の怪がサポートするのもよくあるやつやで』


「えー。全然思いつかんかった」

『サポート受けずに自分でやりたいやつもおるからな。好きにしたらええし、ワシも気分が乗らんかったら手伝わへんこともあるで』

しゅるしゅる、と黒朱がテーブルの上に戻ってきた。


「そっか。ほな、難しかったら頼むかも」

『はいよ』

そう言って広げたプリントを見下ろす黒朱は、どこか得意げに見えた。




テスト前なので、学科の勉強も重要である。


図書館は割と静かだし人も少なかったので良い場所だったが、いかんせん少し距離がある。

そして、紅雨にとって学科の勉強はそこまで難しいものではなく、教科書と一緒にそろえた問題集や私物として持ち込んだ高校二年生用の問題集があればなんとかなりそうだった。


だから紅雨は、空き教室で机をつなげて教科書や問題集を広げ、試験勉強をしていた。


知らない人が多いところでは気を使って集中しにくく、かといって寮の自室ではリラックスしてしまって気が散る。

黒朱や夜天は友人枠なので気にならない。

あまり移動もしたくないということで、空いている教室を使うことにしたのだ。


昔はもっと学生が多かったのか、各階に数部屋ずつ空き教室がある。

紅雨は階段からすぐの空き教室を占領して使わせてもらっていた。

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