次の日も空き教室で勉強していると、足音が聞こえてきて教室の前で立ち止まった。
ときおり誰かが通りかかるので紅雨は特に気にしていなかったのだが、その人は声をかけてきた。
「紅雨?何してんだこんなとこで。勉強か?」
「あ!姐さんだ。それ数学?うわ難しそー」
教室に入ってきたのは、涼介たちだった。
今日は、黒朱だけでなく夜天も教室にいた。
『紅さん、この子が前に言うてた子?紅さんの術力解放手伝ってくれたってゆう』
「そうそう、涼介くんね。あと、海斗くんと悠真くん、陸くんと駿くん。みんな一年生やからうちの後輩」
『へぇ。ほなあんたらも勉強会?』
夜天は、面白いからと紅雨の机の上に乗って問題集を見ていたのだが、ばさばさと羽音を立てて海斗の肩に飛んでいった。
肩にとまった夜天に目を瞬いた海斗は、軽く首を引いて彼女を見た。
「え?あぁ、まぁうーん」
「弥魔術の訓練をしに行くところだ」
煮え切らない返事をする海斗の代わりに、涼介が答えた。
『ほな、学科試験は完璧なん?』
「……無駄なことはしない主義なんだ」
青い目を向けられた涼介は、ふいっと顔を背けて答えた。
それはつまり、勉強はしないということだ。
『は?なぁなぁ、この子勉強めっちゃできるん?』
夜天に聞かれた海斗は、小さく顔を左右に降った。
「いや全然。学科は捨てて、実技で点取る感じ」
その答えを聞いた夜天は、心底不思議そうに首をかしげた。
『えぇー。まぁそら、弥魔術はよう使えそうな感じしとるけど。勉強しとかんと視野が狭なって、悪い大人に騙されたりええように利用されたりして損するで』
「世知辛い」
「物の怪なのに人の世界の薄暗い部分を知りすぎじゃない?」
夜天の言葉に、陸と悠真が反応した。確かに、物の怪たちは人のことをよく知っている。
『そら、うちかてそこそこ存在しとるし、普通の烏のフリして色々見てきたからなぁ』
「そういうものなんだ」
『せやから、子どもはちゃんと勉強せなあかんで?ほら、紅さんの後輩なんやったら、教えてもろたらええやん。紅さん、学科の勉強はまぁ得意な方やろ?試験勉強とかゆうても、ほぼほぼかるぅく復習してただけやもんな』
バサバサ、と海斗の肩で羽を広げた夜天は身振り手振りで机や紅雨を示しながら言った。
それを受けた紅雨は、一瞬逡巡してから答えた。
「まぁ、それなりに勉強はしてきたで。あの中学やったからなぁ。どうにか這い上がらんとあかんと思って。その癖で、学科の予習復習はいつもやってるし」
「なら、姐さんに試験に出やすいところを教えてもらえば、ちょっとはマシかもってこと?」
「それはいいかも。え、姐さん教えてくれるんすか?」
駿と海斗が、期待を込めた目を向けて紅雨を見た。
「うん、ええよ。つきっきりで教えるっていうのは無理やけど、出やすいとこと間違いやすいとこを教えるくらいはすぐできるし。去年のんやったら大体覚えてるから、その程度でええんやったら」
「マジ?それなら頼めますか?」
「ちょ、だったら教科書持ってきます!ここで一緒にしていいですか?」
「お願いします」
「っす」
海斗、悠真、駿、陸がそれぞれ言い、涼介はそんな彼らを呆れたように見ていた。
「騒がんといてやー」
「「「「はいっす!」」」」
走っていった友人を見送った涼介は、肩をすくめてため息をついた。
夜天は、これまた面白そうと言いながら海斗の肩に停まったままついて行った。
「涼介くんは?一緒にやるやろ?」
「いや、でも」
「大丈夫、勉強しといて損することはないから。これに関しては、何賭けてもええで。な、術式解放とか弥魔術の練習に付き合うてくれてるお礼やし。教科書もっといで」
紅雨は、シャーペンで斜め前の席を指した。
「別に俺は」
「あ、教科書は海斗くんたちが持ってくるからええか。ルーズリーフはここにあるし、待っといたらええわ」
「俺は弥魔術の成績だけで」
「はいはい、そこ座ってええよ」
紅雨はさっと席を立って、断ろうとする涼介の腕を引き、先ほど指した椅子に座らせた。
涼介は、無理に腕を振りほどくこともできずにされるがままにしていた。
そんな彼を、黒朱は面白そうなものを見る目で眺めていた。
戻ってきた後輩たちに、紅雨は去年の記憶をもとにポイントとなる部分を教えた。
大体、定期テストにおいては教科書に書いてあることと問題集の内容がほぼすべてなのだ。
実力テストとは違い、授業をきちんと聞いていれば対応できることばかりなので、教科書のポイントとも問題集を繰り返しておけば対処できる。
よく最後に出てくる応用問題は難しい場合もあるが、これは途中まで解くだけでも点数を貰えることがあるので、百点を狙うわけではないのならなんとかなる。
英語は、単語などを覚える必要はあるものの、それ以外は文法というルールがわかれば問題を解ける。
数学は、文章とは別の法則だがこれも基本ルールさえ理解できれば該当する公式を利用するだけ。
国語は、授業での先生の解説を聴いていれば答えられるものが多い。さすがに漢字は覚えるほかない。
化学も知識とルール。
地理は基本的には記憶するものだが、関連情報を合わせて覚えることで歴史や風土の理解につながり、今後の学科に役立つ。
弥魔術のペーパーテストは、知識の復習。
そう説明すると、後輩たちは紅雨に胡乱な目を向けてきた。
一度にすべてをする必要はないと説明しつつ、よく出るところを順番に教えていくことにした。
過去の弥魔術の問題集は図書館にあると言うと、駿がまたしても走って取りに行った。
元気である。
その駿を追いかけて、また夜天が飛んでいった。
彼ら五人の中では、駿は比較的成績が良い方だと海斗が教えてくれた。
成績はだいたい、駿、悠真、海斗、陸、そして涼介という順番らしい。
駿と悠真はかろうじて赤点ではない程度で、海斗と陸、涼介は赤点常連組だそうだ。