「ここの問題がよく出るやつな。全部を丸暗記する必要はないねん。ルール覚えたら当てはめるだけ。ゲームと一緒、クイズみたいなもんやわ」
数学が一番みんなが苦手だと聞き、紅雨はある程度ポイントを教えた後にそう言った。
「いやぁ、ゲームとは違うと思うっす」
「さすがにそこまでは割り切れませんって」
「遊びとは違うっす。めんどくさいっす。だって勉強ですもん」
「覚えられません」
「もういいって」
紅雨の説明に、後輩たちは口々に反論した。
涼介にいたっては机につっぷしている。
『根性ないなぁ。アタシでもわかるってその問題』
『お、夜天でもでけるか。ワシもいけるでこれ』
「うぇっ。マジ?え、物の怪に負けてる感じ?」
「ほんとにできるんすか?」
先輩である紅雨の物の怪だからか、悠真が丁寧語のような言葉で聞いた。
『あのな、こないだも言うたけどほとんどの物の怪ってあんたら人間より長いこと存在するんやで?言葉の得手不得手とか好みはあってもな、ずぅっと寝てたとかやない限り、色々見てきた物の怪はようでけるで。暇やから』
「暇って……。こういう数学とかもっすか?」
悠真が目の前の問題を一つ指さした。
『せや。この三番は因数分解の基礎やろ?なんか同じやつをかっこでくくってまとめるやつ。これおもろいよな。色々コンパクトになって』
「マジか」
目をむく海斗の前にある問題を見下ろし、夜天はシャーペンをくちばしに挟み、字は大きいもののルーズリーフにさらさらと答えを書いていった。
まさか文字をかけるとは知らなかった紅雨は、思わず海斗の机を覗き込んだ。
ほかのメンバーも、同じように机を取り囲んで見下ろした。
「うわぁ……。え、できてる。できてるよね?」
「あー。これ、合ってるっぽい」
「うん、合うてるわ。さすが夜天。完璧やわ」
『ふっふっふ。アタシな、算数とか数学は得意やねん。おもろいやん、決まったルールどおりに計算していったら全員が同じ答えになるんやで』
シャーペンを机に置いた夜天は、胸元の羽根を膨らませて胸を張った。
その様子を見た紅雨は、目元を緩ませて夜天の背中側をそっと撫でた。
「めっちゃすごいやん。ほな、黒朱は何が得意?」
ふと気になって、紅雨は腕の黒蛇を見た。
『ワシはまぁなんでもでけるけどな。地学が好きやわ、石の種類とか星とか。あとは物理と世界史。世界史はな、日本以外の国のことがわかっておもろいねん。あ、物理やるんやったら数学できやんと話にならんかったか』
「やべぇ、理系の物の怪が揃ってる」
「物の怪って和っぽい存在じゃなかったっけ」
陸と駿の言葉に、紅雨も思わず首を縦に振った。
紅雨が勉強しているのを楽しそうに見ていた彼らが、まさか本当に勉強ができる物の怪だったとは。
「もう弥魔術の練習しに行っていいか?」
なんやかんやと勉強しているメンバーをよそに、涼介がそう言った。
「できたん?あ、やってるやん。ほんでできてるやん。え?なんでこれで赤点なん?」
涼介の前にあるルーズリーフを覗き込んだ紅雨は、解かれた問題を見つけた。
数学の問題集を解いた英数字と記号がいくつも並んでいた。
そしてそれはすべて正解だったのだ。
「あ?いや大体間違ってるってバツになってて」
「え、姐さんこれ読めるんすか!」
「解読できる人がいるなんて思わなかったっす」
「ちっ」
海斗と陸の言葉に、涼介は舌打ちで答えた。
確かに、悪筆としか言いようのない文字だ。
小文字のaだか9だか丸だか判別しにくいし、xだかyだかの判別もよく見ないとつかない。
適当に書きなぐっているとしか思えない。
もしかすると、本人すら後日見たら読めないかもしれないレベルといえる。
しかし、紅雨は慣れていた。
父が似たようなレベルの悪筆なのだ。
「そうなん?え、ほんならもしかして、今までも合ってたのに汚すぎてバツにされてたってこと?なぁ涼介くん、ちょっとゆっくり丁寧に書いてみてや」
「はぁ?」
「ほら、シャーペン持って。この下に、ゆっくり、同じ文字書いて」
紅雨は、机に転がっていたシャーペンを取って涼介に握らせた。
ぎゅ、と手を握られて、涼介は一瞬息を詰めた。
「っ、わかった。書くから離せって」
「ほら、ここな」
「わかったって。だから離せ」
ぐいぐいと近くで見ようとする紅雨を、涼介はそっと押した。
そして、紅雨が一歩下がったことに安堵したようにため息をつき、ルーズリーフに向き合った。
紅雨だけでなく、彼の友人たちも涼介の机の周りに集まった。
ゆっくりと、丁寧に書かれた文字を見て、紅雨はうんうんとうなずき、友人たちは顔を見合わせてからもう一度その文字を見下ろした。
「それだったら読める。え、マジ?」
「りょーすけの文字が読める!」
「適当に書きなぐってて汚かっただけってこと?嘘だろ涼介、俺たち赤点仲間じゃなかったのかよ?!」
涼介の肩を揺さぶったのは、海斗である。
揺さぶられた涼介は、めんどくさそうにその手を払った。
しかしその表情は、どこか照れ隠しするように口元をきゅっと引き締めたものだった。
「大丈夫やって。海斗くんも陸くんも、ちゃんと勉強したら赤点くらいは余裕で超えられるから。普通に、教科書の問題と問題集を解けるようになったらいけるから」
「えー」
「その普通が難しいと思うっす」
そして、勉強会は再開された。